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更新です。お待たせしました!

 その日はちょうど自分が書いた原稿――『異世界の十眼使い』を、データで担当編集者である日中さんに送ったところだった。 

 すでに一月前には初稿と呼ばれる、最初に書き上げた原稿を送り、それをもとに編集者さんの意見や誤字脱字などを交えて送り返してもらう。そして再度作品の完成度を上げるために第二稿目として書き上げたものを送る。


 同じやり取りを納得のいくまで繰り返し、最終的に完璧とも思えるほどにブラッシュアップした原稿を送って、それがOKならば作家としての仕事はひとまず終了となるのだ。

 そのあとに編集者さんが厳密なチェックをして、次に校正専門の部署へと回され、さらなるチェックを受ける。

 ここでは原稿を紙に起こし、細かいところを赤字でチェックしていく。 


 一人称が間違っていないか、文の構成に矛盾はないか、誤字脱字はないかなど、一つの書として世に出して恥ずかしくない仕上がりをしていくのだ。

 そのチェックした紙の原稿――《ゲラ》というのだが、それが作家のもとへ送られてきて、最終確認として目を通し改稿などを加えていく。


 そのあとはあらすじや、著者紹介などを書いて担当編集者さんへ送れば、これで何も問題なければ本当に作家としての主な仕事は終了する。

 それからはイラストレーターさんが編集者さんと相談し、絵にする方が良い場面をイラストとして起こしていく。厳密に言うならば、《ゲラ》を送る前には、すでにもうイラストレーターさんは仕事をしているだろうが。


 最終原稿を送って、あとは《ゲラ》を待つだけになった僕だが、スマホが鳴ったので手に取って確認してみたのだ。

 すると多華町先輩からのメールが入っていた。


 こんな時間に、珍しいですね。


 時刻は午後十時を回っていた。基本的に先輩は午後九時以降にメールはしてこない。

 だからちょっと気になったのは確かだ。

 またいつものようにネット小説の更新を催促してきたのかなと思いつつ見てみた。

 だが思わず息を呑むような言葉が綴られていたのである。



 ――――――助けて、不々動くん。



「…………え?」


 一瞬見間違いかと思い目を擦って再度確認してみたが、一度目で目にした文章そのままだった。

 普段僕をからかうことを楽しみにしている先輩なので、何かしらの冗談かと思い、他の文章が下の方にあるのではとスクロールしてみたが……何も書いていなかった。


 こんなふうに直接彼女が助けを求めてきたことはない。

 パッと思いつくのは、生徒会の仕事が忙しくて頼ってきたということだ。

 もうすぐ夏休みに入るが、何かイベントでも催す予定でもあるのかもしれない。

 僕はすぐにメールで返事を出す。


『お疲れ様です。何か生徒会の方で問題でもございましたでしょうか? ちょうど今は、仕事もなく手すきではあるので、明日でもお手伝いできることがあれば言ってください』


 丁寧な文で送り返した。

 しかし十分、二十分と経っても返信がない。

 もしかしたら何か事件などに巻き込まれてしまったのではと焦って、電話でもかけてみようと思ったその時だ。

 ようやく多華町先輩から返信がきた。


『ふふふ、冗談に決まっているでしょう。ちょっと暇だったから相手してもらったのよ』


 その言葉を見てホッと息を吐く。

 やはりからかっていたのかと、いつも通りの先輩に安堵する。

 しかし珍しいですね。いつのも先輩なら、間髪入れずにメールを返してこられるのですが。

 からかっているのならなおさらだ。それにこういう少し性質が悪いからかいメールは初めてだ。

 新境地開拓といったところなのでしょうか? でしたら毎回ドキドキしてしまうので止めてもらいたいのですが……。


 まあ本人はいつも楽しそうに自分をからかってくるので、多華町先輩が楽しいならそれでいいかもしれないが。


『冗談なら良かったです。ですが珍しいですね。このようなメールを唐突にだなんて』


 そう送り返すと、今度はすぐに返信がきた。


『まあちょっと忙しくていろいろ溜まってたみたい。ごめんなさいね、ビックリしたでしょう。私もさすがに今のはどうかって思ったわ。もうしないから安心してちょうだい』


 どうやら仕事が忙しくてストレス解消というか、勢いそのままにこんなメールを送ったようだ。


『いいえ、少しでも発散ができたのでしたら何よりです。何かお手伝いできることがありましたら、遠慮なく仰ってくださいね』

『本当にあなたは優しいわね。あなたにはいつも助かっているわ。ありがとう。でも大丈夫よ。ようやくゴタゴタも今は一段落したから。こんな時間にごめんなさいね。仕事も大切だけれど、あまり夜更かしはしたらダメよ。じゃあおやすみ』


 最後には注意をもらい、僕も「おやすみなさい」と返信をして終わった。

 僕はスマホを置いて今度はネット小説の予定更新をするために操作し始める。

 しかしふと手元に置いていたスマホに視線を落とす。

 そういえば自分は仕事が忙しいと勝手に決めつけたが、彼女から仕事の話は出なかった。

 ただ忙しかったと、それだけだ。


 それに――。


 ゴタゴタ……ですか。


 今は一段落したからとも言っていた。

 ついどんなゴタゴタがあったのか気になってしまう。

 多華町先輩は非常に優秀な人だ。勉強も生徒会の仕事も完璧にこなしている。

 忙しいと音を上げたことも一度もない。少なくとも彼女と出遭ってからは。

 それなのに彼女が忙しくてと言い訳をするとは本当に珍しいと思った。


「…………まあ先輩ですから、きっともう大丈夫でしょうが」


 何といっても完璧超人とも言われる人だ。

 精神的にも肉体的にも、並の人間とは出来が違うはず。


「自分も見習って、もっと頑張らないといけませんね」


 尊敬する先輩の背を見ながら、僕はパソコンに集中したのである。







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