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「つーか、人気者だな不々動?」

「伏見くん? ……どこがですか?」

「うわぁ、それをマジで言ってんだからなぁ、お前ってば」

「? それよりも今日は来てくださってありがとうございます」

「……まあ誘われたし、な」

「当然です。伏見くんには大変お世話になりましたし」

「そ、そっか……っ、と、ところでよ! 足の方は大丈夫なのか?」

「はい。無理をしなければ二週間程度で完治するとのことで」

「あれから大変だったよな。繭原なんて、お前の足見て気絶しちまうし」


 そうなのだ。【おおわかば幼稚園】の演目がすべて終了し、病院へ向かおうとした時、繭原さんが僕にお礼を言おうと近づいてきたのだ。

 その時に僕の足を見て真っ青になり意識を失ってしまった。


 そして彼女が起きてすぐに、両親と祖父母と一緒に僕のところへ来て感謝と謝罪をこれでもかというほどされたのである。


「あの出来事もあってか、千志なんてお前に懐いちまってよ。幼稚園でもお前を呼べ呼べうっせえらしいぞ」

「それは……先生方にはご迷惑をおかけしているみたいで……」


 ただ慕われているというのは嬉しいものがある。

 基本的に子供たちには怖がれてしまう存在なので、懐いてくれるのは喜ばしいことだ。


「ま、何はともあれお疲れさん、不々動」


 そう言って左隣に座った彼が右拳を突き出してくる。


「! ……はい、お互い様です」


 僕もまた左拳を出して、チョコンと拳同士を触れさせた。

 そういえば、と僕は過去の記憶を思い出していた。

 小さい頃、どーくんともこんなふうに拳同士を突き合わせたことがあったのだ。

 それは二人で何かを成し遂げた時にする儀式みたいなもの。

 お互い頑張ったね、という労いの証。

 まさかどーくん以外の人と行うとは思わなかった。

 考えてみれば、伏見くんにはとても世話になったものだ。

 彼が僕を信じて、僕もまた彼を信じたからこそ、珠乃たちの笑顔が今ここにある。


 …………僕はどうして、彼を信じることができたのでしょうか。


 それは理屈ではなかった。見た目こそまったく違うが、どこか雰囲気がどーくんと似通う彼なら信じることができる。そしてまた信じてもらうことができると思ったのかも……しれない。

 今まではそういう気持ちを託せたのはどーくんだけだった。

 家族以外では初めてだ。

 こういう関係は、何て呼ぶのでしょうか。


「…………友達」

「……んぁ? 何か言ったか?」

「あ、いえ、何でもありません」


 つい口にしてしまった言葉だが、どこかしっくりくるような感じがした。

 それでも面と向かってそう言うのは気恥ずかしくて、やはり胸の内にしまってしまう。

 いつか胸を張って今の言葉をいえる日が来るのでしょうか。どーくん、あなたはどう思いますか?

 僕は隣に座る伏見くんとの距離感に心地好さを感じて、思わず頬を緩めたのであった。




     ※




 不々動くんのお家にお呼ばれされて、そこで開かれたお遊戯大会お疲れ様パーティも始まってからしばらく経った。

 最中で、不々動くんのビデオカメラで桃ノ森さんが撮影してくれた千志たちの活躍を、改めてテレビに映してみんなで観賞したのである。

 千志は自分が出てくる度に興奮して、不々動くんに抱き着いては「すごいだろー」と褒めてくれるように催促して頭を撫でてもらっていた。


 ……羨ましい。


 ちょっとだけでもいいから千志と立場を入れ替えたいと思ってしまった。

 不々動くんのお婆さんがご用意してくれた料理も、とても美味しくてほっぺたが落ちるほどの完成度だ。

 最後に桃ノ森さんたちが差し入れで持ってきてくれたケーキを、みんなで分けて堪能することにした。

 私も大好物のモンブランを手に取り食べようとした時、ふと不々動くんの姿が見当たらないことに気づいた。


 そういえば先程不々動くんのスマホが鳴って、少し出てきますと部屋を出て行ったことを思い出す。

 不々動くん、まだ帰ってきてないんだ。

 私は「おトイレをお借りします」と断って部屋を出ると、何気なく長い廊下を歩いていき、一つの部屋の前で立ち止まる。

 中には不々動くんが立っていた。スマホを耳に当てながら喋っている。


「……はい、はい。ではよろしくお願い致します」


 畏まった感じで彼はそう言うとスマホから顔を離し、ふぅ~っと軽く溜め息を吐いた。

 そこで私の存在に気づいたのか、「ん?」とこちらを見たのである。


「繭原さん?」

「あ、あわわっ! ご、ごめんなさいっ、覗くつもりはなくてですねっ!」

「別に構いませんよ。担当編集者さんと少しお話していただけですから」

「あ……そう、なんですか」


 そうだ。彼はこう見えてもデビューを控える新人ライトノベル作家なのだ。

 初めて聞いた時は目が飛び出るほど驚いたものだが、ハッキリ言っていまだに信じられない。

 まさか自分の好きなライトノベルを書くプロの作家が目の前にいて、しかもあの不々動くんなのだから。

 私は視線を泳がせながら、部屋を一望する。


「も、もしかしてここって不々動くんのお部屋……ですか?」

「あ、はい。どうぞ、興味があるのでしたら入ってみてください。何もないですが」

「い、いいんでしゅかっ!?」

「ど、どうぞ……」


 ちょっと予想外な申し出に興奮気味に答えてしまい、彼を引かせてしまったようだ。

 もうっ、少しは感情を抑えようと私ってば!


「じゃ、じゃあ失礼します」


 物凄く心臓が高鳴っているのが分かる。

 だってしょうがないでしょ。男の子のお部屋に入るのなんて初めてなんだから。

 何度かこの家には通わせてもらったが、それでも私にとって聖地のようなココだけはまだ足を踏み入れることができていなかった。


 ここが……不々動くんのお部屋かぁ。


 スーッと大きく息を吸い込む。


 ぁ……不々動くんのニオイがする。


 男っぽいニオイというより、何だかお日様に照らされた洋服や布団みたいな香りがした。

 とても心地好く、ずっと嗅いでいたいと思わせる。


「あ、あの……もしかして臭いですか?」

「ふぇ!? あ、ううん! 違います! と、ととととても良いニオイで御馳走様でしゅっ!」

「え、あ、その……お粗末様です?」


 ああもうっ、私ってば何言ってるのぉぉぉっ!

 今の言い方じゃ、ニオイを食べてるみたいじゃない! 何だかそれですっごく変態さんだよぉぉぉぉっ!


「それよりも繭原さんはどうしてここへ?」

「へ? あ、そ、そのですね! おトイレをお借りしようと!」

「ああ、そうでしたか。それならご案内を――」

「い、いえ! もうお借りしたので!」

「はぁ、そうでしたか」


 ごめんなさい、嘘ついちゃいました。だって不々動くんが気になって探しにきたって正直に言うの恥ずかしいんだもん。


「そ、そういえばコレ! お返ししなきゃと思いまして!」


 取り出したのは以前彼に借りたハンカチだ。


「ああ、そういえば。わざわざ洗濯までしてくださったのですね。ありがとうございます」


 不々動くんは私からハンカチを受け取り、そっと机の上に置いた。

 もっと早くに返すべきだったのだが、洗濯するのがもったいないって思って長くなってしまったのだ。

 いや……別にニオイを堪能したとかそういうやましい気持ちがあったわけじゃなくて…………まあ、ちょっとくらいは嗅いだかもしれないけど。で、でもちょっとだけだから。


 …………はぁ。


 何というかいろいろ自分の不甲斐なさに意気消沈していると、不意に視線が彼の右足へと向かう。


「……一つ聞いてもいいですか?」

「? 構いませんよ」

「…………どうして不々動くんは、そんなになってまで他の人のために全力を出せるんですか?」

「え? ……ああ」


 私の言いたいことが分かったのか、彼も自分の足を見て頷く。


「極端かもしれませんが、もしかしたら歩けなくなっていたかもしれないのに……」


 聞けば私たちを迎えに来てくれた時には、すでに足を痛めていたというではないか。

 私も捻挫くらいならしたことがある。といっても軽症ではあるが。

 それでも普通に歩くだけでも痛くて涙目になりそうだった。

 不々動くんは他の人より大きな身体なので、その分足にかかる負担だって大きい。


 そんな足で何十分も全力で走るなんて、普通の人だったらできない。

 できるとしたら誰かの命がかかっているとか、それくらい大事でなければ心はきっと折れてしまうだろう。

 でも彼は激痛に耐え、足が動かなくなってしまいかねないリスクを振り払ってまで、千志を抱えて走った。


「そう、ですね……。今思えばちょっと無茶だったかもしれません」


 ちょっとどころじゃないよ……。


 再会した時なんて、右足は信じられないくらい腫れているし、全身はボロボロで血で服だって染め上がっていた。相当な無茶をしなければ、ああはならない。


「ですが自分はただできることをしただけです」

「できること……」

「その時、自分にとって何ができるのか考えて、より最善だと思ったことを選択しただけです」

「じゃあもし足が動かなくなっていたら……?」

「その時は…………その時でしょうね」


 彼のその言葉はとても衝撃的だった。

 本気でそんなことを言う彼を見て、彼が自分の身体のことを重く見ていないことに気づく。

 怖かった。ある質問が思い浮かんだが――聞けなかった。


 ――じゃあもし、死んだら?


 それでも彼は「その時はその時」って答えそうな感じがして聞くことができなかった。

 不々動くん…………あなたはもっと自分を大切にしていいんだよ。

 そう伝えたかったが、何となく言葉にすることができなかった。

 彼はどうしてここまで自分の評価が低いのだろう。自分を大切にしないのだろう。

 まるで自分はどんな存在よりも価値が低いと断定しているかのようだ。


 過去に……何かあったのかな。


 彼がお兄さんとお父さんを亡くしていることは聞いた。もしかしたらそれが何か関連しているのかもしれない。

 聞きたいけど、簡単に聞けるような話題でもなさそうだ。

 もし本当にその出来事が、今の彼を作ったのだとしたら、きっと思い出させることで悲しませてしまうだろうから。

 だったら私は彼のために何ができるんだろう。

 私にとって不々動くんはヒーローのような存在だ。

 いつも私を助けてくれる大きな人。

 でもその心は繊細で、人のことを思いやれるとても優しい人物だ。


 だからこそ私は……。


「好き…………なんだろうな……」

「はい? 何か仰いましたか?」

「……ううん。何でもありませんよ。それよりもほら、皆さんが待ってますよ」


 そこへタイミング良く、「にーちゃーん! どこー!」と千志の声が響き渡った。


「ふふ、千志も探してます。行きましょう!」


 きっとこれからも彼は誰かのために無茶をしてしまうのだろう。

 ならその度に私も力になろう。

 何ができるか分からないが、知らないところで彼が傷つくのは嫌だ。


 だって――だって――――――大好きな人なんだから!




     ※




「ああぁぁぁ…………私も珠乃ちゃんの愛らしい姿を見たかったわ……」


 現在僕の眼の前では、多華町先輩がテーブルに伏して項垂れていた。

 ここは生徒会室で、先日行われたパーティの模様を知りたいと言った彼女の要望を聞いてやってきたのである。

 それとビデオカメラで収めた動画データが入ったDVDを彼女に渡すためもあった。

 是非とも珠乃の演劇が観たいとのことだったので。

 ちなみに他の生徒会役員の人たちはいない。


「……まあ仕方ないわね。今日はこのデータで我慢しておきましょう」


 先輩がデータが入ったDVDを大事そうにカバンにしまった。


「もし先輩の自宅を知っていたら、その日にでもお届けできたのですが」

「あら、それは私の自宅を突き止めたいという男としての欲望なのかしら?」

「い、いえ、そういうことではなく! ……そういえば先輩はどちらにお住みなのですか?」

「フフフ、それは秘密よ。いくらあなたでも早々教えてあげないわよ。それに私が住んでいる場所を見たらきっと驚き過ぎて腰を抜かしてしまうでしょうからね」


 おお、そんなに驚くような建物なのだろうか。

 先輩のことだから、きっと誰もが羨ましがるような高級住宅地に住んでいるのだろう。


「それにしてもあなたともあろう者が、全治二週間の怪我を負うなんて。相手は一体どんなモンスターだったの? ドラゴン? それとも魔王かしら?」

「あの、この世界はRPGじゃないんですが」


 というかさすがにドラゴンや魔王相手にして全治二週間の怪我で何とかできるとは思えない。多分…………死ぬ。


「ふふふ、冗談よ。熊と戦っても生き延びたあなただものね。きっとドラゴン相手でも勝利をもぎとれるわよ」


 あれ? 冗談なのでは? 普通に話が続いてますが……。


「あ、そういえば進路調査票は配布された?」


 いきなり話を変えるんですね。まあいいですが。


「はい。提出日は明後日ですね」

「あなたはどうするの? ラノベ作家一本というのは……」

「さすがにそこまでの冒険心はありません。まだデビューもしていませんし、売れるかどうかも定かではないので」

「聞けばそこそこヒット作を出している作家も兼業が多いらしいわね。まあアニメ化するような大ヒット作を生み出すような作家でなければ、専業で食べていくことは難しいらしいけれど」

「そうですね。売れるにしろ売れないにしろ、大学は行くつもりです」

「あらそう。ちなみにどこへ行くかは決めているのかしら?」

「いえ、それはまだ。文系であることは間違いないのですが。多華町先輩はどうなのですか?」

「ふふふ、気になるの?」


 目を細めて妖艶な笑みを向けてくる。モンスター繋がりではないが、もし彼女がサキュバスなら、多くの男性が逆らうことなく支配下に置かれそうだ。


「でもそうね……」


 何故か先輩は少し物寂しそうな表情を浮かべた。

 すると彼女のスマホが鈍い音を立てて鳴り始める。

 先輩は「ちょっとごめんなさい」と言ってスマホを操作し始めた。

 そして先輩はスマホの画面を見て表情を凍らせたのである。

 まるで見たくないものを目にしたような驚きが、その双眸に映っていた。


「……先輩?」

「っ…………ん? 何か言ったかしら?」

「い、いえ……」


 すぐに微笑を浮かべる多華町先輩。


「そんなことよりも不々動くん、最近女遊びが酷いっていう情報があるのだけれど」

「え、ええっ!?」

「さあ、隠さずにキリキリ吐きなさい。今ならお仕置き三時間で済ませてあげるから」

「い、いや、何のことだかサッパリ分からなくて!」


 狼狽する僕を見て、本当に楽しそうに笑いからかってくる多華町先輩。 

 いつもの彼女だとホッとしつつも、先程の表情が頭の片隅に貼り紙のように貼り付いて離れない。

 あんな目をした彼女を今まで見たことが無かったので印象的だった。

 それでも彼女がその表情を見せたのはそれっきりであり、次第に僕も時間が経つにすれ忘れていった。

 だが夏休みが近づいてきたある日、多華町先輩から一通のメールが入る。

 そこにはこう書かれていた。











 ――――――助けて、不々動くん。













第二部、これで完結にございます。


すみません! 6月初旬と言っていましたが、もう少し時間がかかりそうです。

なるべくすぐに第三部をスタートさせたいと思います。

少々お待ちください。


良かったらブックマーク、評価などして頂けたら嬉しいです。

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