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「うっぐっ!?」
「ろーくんっ!?」
「不々動くんっ!?」
僕が体勢を崩して四つん這いになると、心配そうに桃ノ森さんと舞川さんが駆け寄ってきた。
「……! やはり無茶をしたようですね、ゴローさん。……右足、ですか?」
さすがは『剣道の申し子』――お婆ちゃんだ。
一目見て僕の身体でもっともダメージを受けた部位を言い当てるとは。
間に合ったことで安堵した直後、全身疲労もさることながら、忘れていた激痛が右足首から身体全体に走った。
とてつもない痛みだ。できればどうなっているか患部が見たくないほどに。
「まったく、無茶ばかりしよるよお前さんは」
不意に聞こえたのはお爺ちゃんの声だった。
「お爺ちゃん……」
「婆さん、手を貸してくれんか?」
「あっ、アタシも手伝います」
「ウ、ウチも!」
とはいっても、ほとんどお爺ちゃんが僕を支えてくれて、ベンチに腰をつかせてくれた。
そしてお婆ちゃんが僕の右足を確認する。
誰かが「うっ」と引いた声を出した。
ああ、やっぱり相当な見た目になっていそうだ。
見てみると、ビックリするくらい赤く腫れていた。触れるだけで相当痛い。
「まったく馬鹿者が。捻挫した足で全力疾走したツケだな」
お爺ちゃんの見立てにお婆ちゃんも「そうでしょうね」と賛同する。
「ただまあ幸いなのは折れてはいないようだ。詳しくは医者に行かんと分からんが……」
「それはダメ……です! 僕は……まだここから離れるわけには……いきません」
「そんな! 足首だけじゃなくて全身傷だらけなんだよ、ろーくん! 早く病院に行かないと!」
「そうよ不々動くん! もしかしたら骨に異常があるかもしれないし!」
「……っ、男と男の約束をしました」
「え……」
桃ノ森さんだけではなく、舞川さんも信じられないといった面持ちだ。
「男と男の約束、か。なら守るべきだな、ゴローよ」
「はい、お爺ちゃん」
「……はぁ。このお二人はまったく」
お婆ちゃんはどちらかというと女性側の意見のようで、呆れて溜め息交じりだ。
「ならとっととホールへ向かうぞ、ゴロー」
そう言ってお爺ちゃんが僕を支え起こしてくれた。
ちょっとでも力になりたいと、反対側に桃ノ森さんと舞川さんがつく。それぞれハンカチで僕の汗や血を拭き取ってくれている。
「汗臭いし汚いからいいですよ、お二人とも」
「べ、別に気にしてないし、ねっ、理菜?」
「う、うん! それにアンタのだからさ」
本当に優しいお二人ですね。舞川さんなんて、わざわざ自分に気遣った言葉まで送ってくれて。感謝しかないです。
「桃ノ森さん、ありがとうございました」
「ど、どうしていきなりお礼……なん?」
「あなたのお蔭で間に合いましたから」
「それはだって…………アタシにできることをしただけだし」
「でも本当に助かったのは事実です。感謝しています」
「それを言うならウチもだし。ありがとね、不々動くん」
舞川さんは、これでちゃんと妹の晴れ舞台を見ることができると喜んでいる。
そうして僕は、皆に抱えられながらもう目的地である講演ホールへと辿り着くことができたのであった。
「それでは【おおわかば幼稚園・いちご組】によります演劇――『泣いた赤鬼とマッチ売りの少女たち』をどうぞ心行くまでご堪能ください」
施設の職員さんが、演目の内容を発表した。
「昔々、ある日のこと。山の中に一人の赤鬼が住んでいました」
そんな【いちご組】の担当先生の語りから物語は始まった。
舞台の上には、ハリボテで作った家があり、その前に赤鬼役の子が立っている。
「赤鬼は、人間たちとも仲良くしたいと思い、自分の家の前にある貼り紙を貼ったのです。そこにはこう書かれていました。『心の優しい鬼の家です。どなたでもおいでください。おいしいお菓子とお茶を用意しています』と」
語りが終わると、赤鬼が手に持っていた紙をペタリとハリボテに貼った。
「にんげんたちと、い~っぱいおともだちになりたいなー」
赤鬼が観客席に向かって大きな声で言った。
その姿は微笑ましくて、大人たちがニヤニヤと頬を緩めている。
すると赤鬼はそのまま舞台袖まではけていき、場面は人間たちが住む村へと変わった。
「ねえねえ、きいた? アカオニさんのおはなし」
「うん、きいたじょ。いえにきてほしいって」
「う~ん、でもこわいよねー」
「しょうしょう。だかりゃほっとこうよ!」
「「「「うん!」」」」
村人役の園児たちが、お互いに向き合って練習してきた成果をバッチリ出している。若干噛んでいる子もいるが、それもまた愛嬌だ。
そのあとはまた村人たちは袖へと消え、今度は赤鬼の家の中になった。
「けれどもず~っと待っていても、誰一人人間はやってきませんでした。赤鬼はきっと自分の見た目がこんなんだから嫌がって近づいてきてはくれないのだと悲しみました」
また語りが入り、次に赤鬼が両手を目に当てて発言する。
「え~ん、え~ん。だれもこないよー、え~ん、え~ん」
涙する演技のあとに、袖から一人の子が出てくる。
――千志くんだ。
少し緊張しているような表情をしているが、歩きながら僕の方を見たので、応えるために頷きを見せた。
するとホッとしたような顔をした彼の表情から緊張は少し取れた。
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