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 俺は今、【いちご組】の前の【すいか組】の演目を講演ホールの入口付近で見ていた。

 舞台では子供たちが、これまでたくさん練習してきた成果を観客たちに見せている。

 演目はダンスだ。


 しかし与えられた二十分間フルにダンスを披露するわけではない。


 それを終え、自己紹介や親たちに当てた手紙などを読むのも含まれる。

 日頃の感謝の印などが刻み込まれた手紙は涙を誘い、保護者たちは涙を溜めて、我が子に温かい目を向けているのだ。

 まだ不々動は帰ってきていない。もうすぐ【いちご組】の出番だ。

 今頃舞台袖で園児たちも準備していることだろう。


「ね、ねえフッシー、大丈夫かな?」

「…………さあな」

「さあなって……」


 同じように入口付近に立っていた桃ノ森が不安そうに尋ねてきた。

 さらに彼女の隣に立つ舞川も同様だ。特に舞川の妹もまた晴れ舞台なので、やはり成功してほしいと願っている様子だ。

 俺はスマホを取り出して時刻を確認する。


「ちょっと見てくる」

「え、あ、待って。アタシも行くから!」

「ちょ、ももり! ウチも行くし!」


 俺は講演ホールを出てエントランスを通って玄関口へと出る。

 そこには不々動の祖母が待機していた。

 傍にあったベンチに腰掛け、のんびりとポットに入った茶を飲んでいる。


「ろ、ろーくんのお婆ちゃん!」

「ん? あらまあ、ももりちゃんではないですか。そんなに慌ててどうしたんですか?」

「慌ててって、ほら……ろーくんのことで」

「ああ。ゴローさんが繭原さんのお子さんを迎えに行ったことですね」


 一応不々動の保護者なので、桃ノ森に伝えてもらえるように頼んだのだ。


「何でそんなに落ち着いてるんですか? ろーくんが間に合わなかったら大変なのに。タマちゃんだって……演目が中止になるかもだし」

「フフフ、こう見えても心配はしていますよ」


 そうは言うが、少なくても雰囲気からはまったく感じない。


「ただ間に合わないという心配ではありませんが」

「え? ど、どういうことですか?」

「どうせゴローさんのことですから、きっといろいろ無茶をしていると思うので。それが少し不安なだけです」


 ……俺にも何となく想像がついていた。


 アイツが今、どうやって千志を運んでいるのかも。 

 あんなでけえ図体の奴が、身体に合わない小さい自転車を全力で漕いで行ったのだ。バランスを崩して転倒したりもしているかもしれない。


 だからこそアイツに多めにタオルを渡しておいたのだ。

 怪我を塞ぐ意味でも、千志を抱っこする時の支えとして利用するためにも。

 多分、アイツならそうすると推測できたから。


「……お婆ちゃんはろーくんが間に合うって信じてるんですか?」

「あら、ももりちゃんは信じていないのですか?」

「う、ううん! そんなことないっ! アタシは誰よりも信じてるし!」

「フフフ、その意気ですよ」

「あ……」


 大声を出したことが恥ずかしくなったのか、桃ノ森は顔を紅潮させてそっぽを向く。


「大丈夫ですよ。お爺さんも言っていました。『アイツはやると言ったら必ずやる奴だ』と。私もそう信じていますので」


 物凄い信頼感だ。家族なのだから珍しくないかもしれないが、それはきっとこれまで不々動が積み重ねてきたがあってこそだと思う。

 それに俺も、アイツならもしかしたらって思ったから……。

 不々動は不思議な奴だ。アイツが動けば何とかなりそうって思っちまう。


 不可能に思えることでも託したいって。


 まだそんなに親密な関係になったわけでもないし、俺とも性格が全然違うのに、気が付けば頼ってしまっている。

 これはもうアイツのもって生まれた人柄によるものだろう。


 ……そうだ。もうアイツを信じるしかねえんだよな。


 俺はふぅ~っと息を吐くと、覚悟を決めて施設の門がある方へと視線を向けた。

 するとその奥からこちらに向かって何かが近づいてくるのが分かった。


「フフフ、ほら来ましたよ」


 不々動の婆さんが嬉しそうに二コリを笑みを浮かべる。

 大きな足音を立てながら物凄い速度で近づいてくる存在。


 それはまさしく――。


「不々動っ!」「ろーくんっ!」


 俺と桃ノ森が同時に奴の名を呼ぶ。

 まるで鬼の形相というか、鬼気迫るといった表情でこちらに向かってくる不々動は、信じられないくらい迫力がある。

 アイツを知らなければ、間違いなく逃げ回っていただろう。


 そして奴の腕の中には、絶対落としてなるものかといった様子で抱きかかえられた小さな存在もいる。


「時間は――っ!」


 俺はスマホに刻まれた時間を見る。千志の出番までまだ三分程度はあった。


 やりやがったぜ、アイツ!


「――おっ、お待たせっ……しましたっ!」


 俺たちの目の前で足を止めたコイツを見て、全員が息を呑んでしまった。

 フルマラソンでもしていたかのような大量の汗を纏っている。いや、そんなことよりもあちこちが汚れと傷で塗れていて、特に酷いのは膝からの出血だ。

 今までモンスターと戦っていましたとファンタジーなことを言われて信じるくらいの酷い身形をしていた。

 不々動は千志を下ろし方膝をつく。まだまともに息も整えられていない。

 しかしそんな彼に真っ先に近づき、肩に手をポンと置いたのは彼の婆さんだった。


「よく頑張りましたね、ゴローさん」

「お、お婆ちゃん……で、では」


 縋るような眼差しで俺を見てくる不々動。

 俺もまた、そんな熱い眼差しを真正面から見返す。

 そしてフッと笑みを浮かべてグーサインを突きつけた。


「ナイスだぜ、不々動っ!」


 時間が間に合ったことを示すと、表情を強張らせていた不々動も緊張が解けたように頬を緩める。


 ……マジですげえ奴だよお前は。


 ギリギリ、どっちに転んでもおかしくない状況だった。いや、どちらかというと失敗に終わる可能性の方が高かっただろう。

 だがコイツは決して諦めなかった。だからこその結果だ。

 見事としか言いようがねえ。


「だけど千志、時間も時間だ。さっそくホールに向かうからついてこい!」

「う、うん!」


  俺はすぐに千志を連れて行こうとしたが、千志が「あ、ちょっとまって!」と言って不々動の方に振り向く。


「にいちゃんっ! おれ、めいっぱいやるから! ぜってえみててくれよな!」

「……! はい、頑張ってください!」


 激励を受け、大輪の花が咲いたような表情をする千志。

 よくもまあここまで気難しいというか生意気な千志の心を掴んだものだ。

 いや、それもまた必然……か。

 俺は今度こそ千志と手を繋いでホールへと向かっていった。






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