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 俺は凄まじい速度で老人ホームから出て行く不々動を見送った。


「あのバカ、急ぎ過ぎて事故を起こさなきゃいいけどな」


 この際、法定速度とかどうでもいい。まあバレなきゃオールオッケーってことで。


「虎大ちゃん、不々動くんがいきなり飛び出して行ったけれど……」

「んなことより婆ちゃん、職員に事情を一応伝えておいた方が良いんじゃねえの」

「そうね。時間を引き延ばしてもらえればいいのだけれど」


 婆ちゃんがそう言いながら困った様子で施設内へと入って行く。

 時間を引き延ばすといっても、いろいろ問題が生じる可能性が高い。

 明らかに【おおわかば幼稚園】の落ち度と捉えられかねないからだ。


 そうなれば同じ園の者たちはともかく、【おおわかば幼稚園】の次に演目を披露する幼稚園からクレームが入るかもしれない。

 下手をすればそれこそ本当に【いちご組】の演目を中止する方向へ向かってしまう。


 こういう時、普通ならそういう事情なら仕方ないと一致団結して待ってくれるか、先に三組目の幼稚園が二番手に披露してくれるという流れになるだろう。

 もちろんそうなれば最高ではあるが、それぞれにも予定というものがあるし、中には自業自得だということで過激な発言をする輩もいる。


 実際問題、そんな些細なことで揉め事となり、裁判にまで発展したケースも珍しくない。

 それに三番手の幼稚園は、エリート幼稚園とも呼ばれ、金持ちや格式の高い家の子たちが通う。また聞くところによるとトリでなければ参加しないと豪語した親がいたそうだ。

 そういう親は得てしてプライドが高く、自分たちの予定を狂わされることに非常に不愉快さを感じる者たちが少なくない。


 すると婆ちゃんが話をしてきたのか、こちらに戻ってきた。

 どんな結果になったのか聞いてみる。


「休憩時間を少しくらい伸ばしてくれるみたいだけど、それでも十分くらいだって」


 やっぱりそうなるか。まあそれでも良い方だ。

 ただ順番に関しては変えてもらうのは難しいらしい。何せエリート幼稚園はまだ到着していないのだから。

 我が子たちの演目だけしか興味がないのだろうか。


「一応電話で【真光学園大学付属幼稚園】の人たちに聞いてみてくださったんだけど、順番を変えるのは無理だと保護者の方から意見があったそうよ」


 はぁ~、これも予想通りか。

 ったく、日本人はあったかい心がウリなんじゃねえのかよ。


 こんな感じだとしたら十分程度なら許容範囲として待ってくれるかもしれないが、それ以上は厳しいかもしれない。

 何か特別な時間繋ぎがあれば別なんだろうが。

 するとタイミングが良いのか悪いのか、件のエリート幼稚園様のバスが到着した。

 その後ろからも続々と、高そうな車が乗り込んでくる。


 さらにその車から降りてくる保護者たちも、高級スーツや装飾品を身に着けたいかにもといった感じだ。

 中には一体何千万するんだよって思うくらいの指輪やネックレス、ブランドバッグなどを持っている親がいる。


 おいおい、たかが子供のお遊戯大会でその装いはねえだろ……。

 ここをどこぞのセレブパーティ会場とでも勘違いしてんじゃねえだろうな。


「ふぅん、そこそこに綺麗な施設ではありませんか」

「そうですか? 主人が務める病院の方が大きいですわね」

「それを仰るのでしたら、ウチのホテルの方がここよりも大きくて綺麗ですわよ」


 思わず目潰しをしたくなるほどの成金自慢が飛び出す。

 来たばっかで老人ホームをディスってんじゃねえよ。

 そう思うと同時に、こんな奴らがいるなら益々時間繋ぎは無理だと判断する。

 それでも婆ちゃんは挨拶がてら、奴らに向かって交渉しに行った。


 だが――。


「それならば【いちご組】の演目を削ってはいかが?」

「そうですわね。その分、早めにこちらが遊戯を披露すればいいでしょう」

「おほほ、ナイスアイデアですわ。それだと早めに帰ることもできますからね」


 本当に言いたい放題だ。削られる子供たちの気持ちを何一つ考えていない。


 コイツら……予定を遅らせられるのは嫌だけど、早くなる分は大歓迎ってか。


 婆ちゃんも諦めた様子で帰ってくる。

 これはいよいよマズイな。十分も予定を引き延ばしてくれるか怪しくなってきた。

 そろそろ【とりごえ幼稚園】の演目が終わって休憩時間に入る頃だ。

 こっちの幼稚園も準備をし始めないといけない。


 ……どうする。どうすれば時間を稼げる。


「…………ん?」


 クイクイと服を引っ張られる感触があり、視線を向けると珠乃が見上げていた。


「ねえねえ、にぃやんはどこいったの?」

「珠乃……心配ねえよ。すぐに帰ってくっから」 

「ほんと?」

「ああ、お前の兄ちゃんだってお前の演劇をすっげえ楽しみにしてんだしよ。ぜってえ帰ってくる。信じてやれ」

「……うん! にぃやん、しんじうっ!」


 俺は素直な珠乃に微笑みながら頭を撫でる。

 そんな彼女の髪留めに手が当たった。ずいぶんと大きめのハート形の髪留めだ。


「へぇ、でけえ髪留めだな」

「うん! にへへ~、これね、にぃやんにかってもあったの! マジカルまかろんのやつなの!」

「ほう、やっぱガキどもには人気なんだなマジカルまかろん…………!」


 その瞬間、まさに天啓が下りたような衝撃が走った。


「…………そうだ。アイツなら……珠乃っ、あんがとな!」


 俺はキョトンとする珠乃の頭を一撫でしたあと、急いである場所へと向かった。

 そこは講演ホールで、顔を視線を忙しなく動かしてある人物を探す。


「――――いたっ!」


 俺はすぐにその人物のもとへと向かう。


「……おい、おい」

「!? フ、フッシー? もういきなり声かけないでよ、ビックリすんじゃん!」

「お前にちょっと話がある。大事な話だ」

「……はい?」







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