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「――――なるほどな」
お爺ちゃんがいつもより少し低い声を出して唸るように言った。
僕の話を聞いてくれたお婆ちゃんも、どこか不安気な様子である。恐らく僕が口にした詐欺かもしれないという言葉に対してのものだろう。
「まあ詐欺だとしたら、その時は出るとこに出ればいい話だろう。それで? お前はどうしたいんだ、ゴロー?」
ジッと僕のすべてを見抜くような眼力を放ってくる。
武闘派の目つきは、たとえ老いたといえど鋭いものがある。いや、その年輪がさらに強さを増しているような気がした。
「じ、自分は……」
つい言葉が詰まってしまうが、今の自分の考えを素直に口にしてみる。
「……許可して頂けるならば、この話をお受けしたい…………かもしれません」
「ふむ。何やら煮え切らぬ態度だな。まあ受けるとして、お前は学生だ。それでもか?」
「…………はい」
「これは遊びじゃない。金が絡む商売でもある。つまりプロとして責任を負わんといかんというわけだ。今までのように楽しく小説を書くなんてできなくなるかもしれないぞ? 本当に安請け合いして後悔しないか?」
「それは……」
確かにお爺ちゃんの言うことも正しい。
これまでは金銭が発生せずに、気軽に読者さんに向けて小説を書いてきた。
たった一人の読者さんが増えただけでも一喜一憂している状況である。
世に出れば数多くの目に晒されるはず。
その中には辛辣な感想を持つ人たちも出てくる。
いや、実際にこのサイトでも感想欄で批判などしてくる人も少なからず存在するのだ。
そのせいで書くことを止めてしまう者も珍しくない。
万人に受ける作品などはない。
きっと批判の数も、今までとは比較にならないだろう。
そんな中、読者さんを満足させるクオリティを提供しなければならない。
それがプロ――。
もし悪辣な言い分などで心が折れた時、商品だということを意識し過ぎだ時、果たして今のように楽しく小説を書くことができるか否か……。
ハッキリ言って分からないというのが現在の答えである。
「お爺さん、とりあえずその編集者さん、ですか? その方からお話を聞いてみてはいかがでしょうか?」
今まで静かに見守っていたお婆ちゃんが提案してくる。
「うむ。……そうだな。プロになるにしろならないにしろ、その人との話はきっとゴローのためにもなる。お前はどうだ、ゴロー?」
「お爺ちゃん…………はい。お話を聞いてみたいです」
今出せる最上の答えがこれだ。それに一番は、僕の作品のどういったところを気に入ってくれたのか、日中さんにそれを聞いてみたい。
すべては日中さんとの対話で今後の行き先を決めようと思った。
「そうか。真雪は何と言っとる? 一応連絡はしとるんだろ?」
「はぁ、返事はきたんですが……」
お母さんには電話よりもメールで送っておいた方が確実なので、いつもそうしているようにメールで今回の旨は送った。
ただ返事は――。
『自分のことは自分で決めちゃえ!』
――だった。
何ともフリーダムな解答で、お母さんらしくホッと息を吐いたのもあるが、それでいいのかという思いもまたあった。
「あのバカ……息子のことだろうに。いやまあ、アイツらしいがなぁ」
お爺ちゃんもお母さんの性格を熟知しているので、いろいろ諦めているらしい。
「とりあえずまあ、話を聞くってことでええな?」
お爺ちゃんに「はい」と答えて、その日の話は終了した。
とんでもない事態から少し落ち着いたところで、幼稚園バスが自宅前に停まり、そこから珠乃が先生とともに降りてくる。
時間がある時、いつもこうやって出迎えるのが僕の日課となっていた。
「お出迎えお疲れ様です、お兄さん」
「こちらこそいつもお世話になっています」
もう顔見知りなので、先生は僕を見ても驚きはせず普通に対応してくれる。
ただバスの窓からは、園児たちが「やっぱでっけー!」や「たまのちゃんのおにいちゃんおっきー」など興味津々といった感じで僕を見ているが。中には明らかに怯えている子もいるのでショックだ。
「あっ! にぃやんだ! にぃやん、たらいまー!」
僕を視界に映すとタタタと駆け足で僕に抱き着いてくる。僕は珠乃の両脇に手を入れて軽々と持ち上げ抱っこした。
「おかえりなさい、珠乃」
「にへへ~、あのねぇ、きょうねぇ、たのちかったのぉ!」
「それは良かったです。ほら、先生にさよならの挨拶をしましょうか」
珠乃を下ろすと、彼女は礼儀正しく頭を下げながら言う。
「せんせぇ、さよーなら! た~まのんのん!」
「はい、た~まのんのん。また明日ね、珠乃ちゃん」
そう言って笑顔で先生は応じバスへと戻っていく。
それにしても先生の『た~まのんのん』、可愛らしいと思った。まあオリジナルには到底及ばないが。何故なら先生には照れがあった。アレは全力で無邪気にやってこそとんでもない威力が生まれるのだから。
バスを見送ると、僕は珠乃の手を繋ぎある質問をする。
「これから夕飯の買い物に行きますが、珠乃はどうしますか?」
「いくーっ!」
珠乃が持っている可愛らしいピンク色のカバンを家の玄関に置くと、そのままの格好で僕のもとへ駆け寄って手を握ってきた。
「ねぇねぇ、おかしかっていい?」
「そうですねぇ。一つだけならいいですよ」
「やったーっ! にぃやん、だいしゅきー!」
ギュッと僕の足にしがみついてくる。僕はそんな珠乃の頭を優しく撫でてやると、嬉しそうに笑い返してきた。
僕たちは近くにある商店街の方へ向かう。
途中何度か人とすれ違ったが、ご近所さんはいつものように挨拶をしてくれるが、初顔の人からは不審な目で見つめられた。
誘拐じゃないですよ?
心の中でそう言い訳をしながら、でもそう思っているのだろうと悲しくなる。
商店街へ辿り着くと、まずは精肉屋へ足を延ばす。
ここらでは僕と珠乃はすでに名物と化していることもあり、温かく出迎えてくれるので安心だ。
そうして肉、野菜などを購入して夕飯の買い出しは終了した。
珠乃も買ってあげた水羊羹を嬉しそうに持っている。
ちなみに珠乃も祖父母の影響を受けたせいで、少し好みが他の園児たちとは異なっていた。
普通はチョコやスナック菓子といったものを好むだろうが、珠乃は主に和菓子が好きで、その中でも水羊羹が大の好物なのである。
これさえ与えておけば、たとえ機嫌が悪い時でもコロリと良くなったりするのだ。
「珠乃、少し本屋に行ってもいいですか?」
「ごほん! えほんかってくえゆの!」
ああー目がキラキラしてます。これは買わないという選択肢はなさそうですね。
「一冊だけでしたら」
「わーい! はやくいこ!」
グイグイと珠乃に手を引っ張られながら、商店街にあるこじんまりとした書店へと入る。
何度も活用させてもらっている場所で、店主は四十代くらいのご夫婦がやっていた。
小さいながらも品揃えが良く、特にライトノベルが豊富なので重宝させてもらっている。
珠乃は絵本コーナーへすぐさま向かい、どれにしようか悩んでいる様子だ。
今のうちに僕も買う本を探さないと。
「……あ」
平積みにされているのは今期注目されているライトノベルたちだ。
その中にはお勧め本として、あるライトノベルの第一巻が置かれている。
書籍化……か。
もし自分の本が出版されたらこの書店にも並ぶのだろうか。
そう思いイメージを膨らませてみると、急に何だか恥ずかしくなってくる。
現実感は湧かないが、それでも自分が手掛けた作品がここに並ぶと思ったら、いろいろ複雑な気持ちが渦巻く。
嬉しさももちろんあるが、本当に僕の作品で良いのかという疑問もまた浮かぶ。
「……はぁ、いけませんね」
まだ書籍化の話を受けるとは決まっていないのに、少し脳内ではしゃぎ過ぎてしまった。
僕は今月発売したライトノベルを一冊手に取ると、珠乃がいる方へ向かう。
するとそこには珠乃と楽し気に話している一人の少女がいた。
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