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 ――5月31日。


 本日は待ちに待った珠乃のお遊戯大会である。

 ちゃんと朝早く起きてビデオカメラの点検をし、問題なく起動することも確認しており、これでもいつでも出発できるように整えていた。

 いつもなら園児を幼稚園に預けるのだが、今回のお遊戯大会の開催場所は老人ホームである。


 そのため希望を出せば、保護者と一緒に直接老人ホームへ向かうことが可能であり、僕たち不々動家はせっかくだからと許可をもらい、一緒に老人ホームへ向かうことになった。

 お爺ちゃんが僕でもゆったりと乗れる大きめのレンタカーを借りて、その車で目的地へ走るのだ。

 今日は日曜で、あまり遅いとすぐに混んでしまう道を行くので、僕たちは早めに家を出ることにした。


 ――【老人介護施設・にじいろ】。


 五年ほど前に建立された比較的新しい老人ホームだ。

 故に外観も内装も新築のように美しく、一流ホテルのような風格さえ感じる。

 規模も大きく居室数も70を超える大型の施設だ。

 また建てられた場所も、坂道を上っていった先にある小高いところにあり、テラスから一望できる街並みは一見の価値はあるだろう。


 白を基調とした外観と内装で清潔感があって、エントランスも広々としており圧迫感のない造りになっている。

 居住者たちへのサービスも充実したものが多く、ここでならより安らぎのあるシルバーライフを送れると、建立当初からすぐに応募が殺到した人気のある施設なのだそうだ。

 山道のようなクネクネとした道を上りながら、辿り着いた施設の中へと入って行く。


 来客も多いことから駐車場も余裕がある。

 その一つに停め、車から降りてホテルのような佇まいの玄関へと向かう。

 すでにそこには見慣れない制服を着用した園児たちが集まっていた。

 保護者たちと手を繋ぎながら、先生らしき人の説明を受けている。

 恐らく一番目にお遊戯を披露する幼稚園の人たちだろう。


 午後一時半から彼らの演目は始まる予定だ。

 それぞれの幼稚園では、三組ずつお遊戯を披露する。

 幼稚園ごとに与えられている時間は一時間であり、その間に三組が各々練習した演目を居住者の方々に向けて行う。

 もうすぐ一時になろうかというところで、次々と車がやってくる。


 そして【おおわかば幼稚園】のバスもあった。

 保護者と一緒に来るという意見が多かったため、バスに乗っている園児は少ない。

 珠乃の友達のゆーちゃんは、どうやら友達と一緒にバスで行きたかったらしく、彼女はバスから降りると珠乃の姿を発見して駆け寄っていく。

 またバスの中には園長先生たちと一緒に伏見くんも乗っていた。


「よぉ、おはよーっす、不々動」

「おはようございます伏見くん。とうとう来ましたね、この時が」

「お前が言うと何だか有名アーティストのライブにでも来たような感じだけどな。ところで繭原はまだ……みてえだな」

「ええ。彼女は自分たちと同じように家族総出で来られる予定なので」


 メールでそのようなやり取りはしていた。


「虎大ちゃん、小道具とか運ぶのを手伝ってもらっていい?」

 園長先生が伏見くんを呼ぶ。

「わーったよ。んじゃまたあとでな」

「あ、自分も手伝いますよ」

「え? 別にいいって」

「重いものもあるでしょうし遠慮しないでください」

「…………じゃあ頼むわ」


 僕は先生たちの許可も得て、珠乃をお婆ちゃんたちに任せて伏見くんを手伝うことにした。

 小道具を運んでいる時に、初めて会う子供たちや高齢者の方、それに職員の人たちの視線を僕に釘付けにしてしまったが、やはりどこへいってもこの身体は目立つようだ。


 そうして一時になると、最初の幼稚園の子たちはすでに施設内へ入って準備をし始めている。

 講演ホールという場所があり、観客席と対面するように舞台があり、そこで園児たちはそれぞれ必死に練習した成果を見せるのだ。

 そこへタクシーが一台やって来る。降りてきたのは――。


「ハッホー、ろーくん!」


 私服姿の桃ノ森さんだ。でも彼女だけではない。

 その隣には彼女の親友の舞川さんもいる。それにさらに同じタクシーから夫婦らしき人たちも降りてきた。


「……おはよ、不々動くん」

「おはようございます。舞川さんも来られたんですね」

「へ? あったり前だし、何言ってんのろーくん。理菜の妹だって出るんだよ?」

「……はい?」

「……え? もしかして知らなかった?」


 桃ノ森さんが、キョロキョロと何かを探すかのように周囲を見回す。


「ん~っと……あっ、いたいた! おーい、ゆーちゃーん」


 …………ゆーちゃん?


 思わず桃ノ森さんが向ける視線を先を凝視する。

 そこには珠乃と一緒に談笑しているゆーちゃんがいた。

 ゆーちゃんも桃ノ森さんの声に気づいたようで、


「……! ももちゃん、それにおねえちゃんも!」


 タタタタタと珠乃と一緒に手を繋ぎながら走ってくる。

 そしてゆーちゃんは舞川さんの足へと抱き着きながら、その後ろにいる夫婦に向かって、


「おかあさんもおとうさんも、きてくれてありがと」


 と照れくさそうな笑みを浮かべて言った。


「……もしかしてゆーちゃんは舞川さんの妹……さん?」

「そだけど。ていうかウチもビックリしたし。まさか珠乃ちゃんのお兄ちゃんがアンタだったなんてね」


 つい先日に桃ノ森さんからその旨を聞いたらしい。

 ゆーちゃんからは、珠乃ちゃんのお兄さんはとても大きいとは聞いてたようだが、それが僕だとは繋げていなかったようだ。


「でもそう言われれば、どことなく似ていますね。目元とか」

「そ、そう? あの子の方が可愛いと思うけど」

「いえ、舞川さんも決して負けていないかと思いますよ」

「……へっ!? ア、ア、アンタ、いきなり何言ってんのさ!」

「はい? 何かおかしなことを言いましたか?」

「いやだって……」

「あーはいはい。こんなとこで大声で喋ってたら迷惑だし。それに理菜、ろーくんがこういう人だって教えたでしょ!」

「ももり…………分かってるし」

「ろーくんも、あまり気軽にそういうことは言わない!」

「は、はあ……」


 そういうこととは一体何のことでしょうか?

 人に迷惑がかかるような発言をした覚えなどないので、思わず首を傾げてしまう。

 桃ノ森さんは、僕のそんな態度を見て呆れたように溜め息を零している。

 いや、それにしても世間は狭い。

 まさかクラスメイトの舞川さんの妹さんまでも同じ幼稚園だったとは。しかもその子が珠乃の一番の友達。 


 まあ、よくよく考えれば有り得る話でもあるので、決して珍しくはないのですが。


「そういえばもうすぐ【とりごえ幼稚園】の演目が始まるよね? 観に行かないの?」


 桃ノ森さんが時計を見ながら尋ねてきた。


「そうですね。一応小道具運びなどは終わり手持無沙汰にはなっていますので、あとで観に行こうかと思います」

「そっか。じゃあ先に行ってよっか、理菜」

「OK。じゃあ結羽、応援してるから頑張りなさい」

「うん! がんばる!」


 ゆーちゃんに見送られ、桃ノ森さんと舞川さん一家は施設内へと入って行った。

 現在珠乃たち園児は幼稚園バスの前で集まって先生からの注意事項を聞いている。

 しかしそんな中、園長先生の表情がどこか優れないことに気づく。

 すると伏見くんまでも少し険しそうな表情で僕の方へと走ってくる。


「なあ繭原は来たか?」

「え? いえ、まだですが」

「そっか……。実はまだ来てねえのアイツ……というか、千志だけなんだよ」

「この時間帯は混むこともあるので、少々遅れているだけでは?」

「だったらいいんだけどよ……」


 園長先生も少し心配だったらしく、だからあんな顔をしていたようだ。

 時間はまだ一時二十分。


 【おおわかば幼稚園】の出番は、10分の休憩時間のあとの二時四十分からなので、まだ時間はたっぷりある。

 それに【いちご組】は三組中、一番最後に披露するので慌てるような時間ではない。


「お前は他の幼稚園の演目観に行っていいぞ」

「伏見くんはどうされるんですか?」

「俺はとりあえず園児が全員揃うまでここにいる」

「そう、ですか。…………ではお言葉に甘えてお先に」


 他の幼稚園のお遊戯なんて見る機会はそうないので、楽しみではあったのだ。

 僕はお爺ちゃんとお婆ちゃんと一緒に講演ホールへ向けて歩き出した。







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