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「少なくとも自分は伏見くんは今のままで素敵だと思いますが」

「! …………トラちゃんは男の子だよ?」

「はい? ……存じていますが」

「!? ……こ、これは自覚なし? もしかして不々動くんって天然ジゴロとか?」


 顔を背けてブツブツと小声で何かを言い始めたが……。

 すると伏見先生はクルリと顔を僕の方へ向け、ポンと優しく僕の腕を叩く。


「きっと君ならトラちゃんと上手くやれるかも。あの子と仲良くしてあげて」

「は、はぁ……。まあ自分が嫌われることはあっても、伏見くんを嫌いになることはないと思います」


 その返答に、伏見先生は満足そうに笑みを浮かべると、飲み干した缶を缶入れに突っ込み、そのまま「気をつけて帰るのね」と言って立ち去っていった。


 僕も用事があることを思い出し、駆け足で生徒指導室へと向かっていく。


「おおー、ひへふへはんはねー、ふふほーくん!」


 生徒指導室の扉をノックして、入室許可をもらってから中に入ると、すぐにソファに座って大福を頬張りながらまったりとしている友枝先生がいた。


「お待たせして申し訳ありません、友枝先生」

「んーん、へふひひーほー」


 ハッキリ言って何を言っているのか分からないが、大人の女性としてその姿は少々はしたないと思う。


「んぐんぐんぐ……かっはぁぁ~、やっぱり日本人は緑茶だよねー!」

「…………」

「あ、今オッサン臭いとか思った? それともオバサン臭い?」

「え? い、いえ、そんなことは……」


 思ってしまったとはさすがに言えない。


「まーいーけどねー。どーせ25なのにオバサンですよー。……独り身の」


 ヤバイ。このままじゃ、またダークサイドに堕ちてしまう。


「と、ところで友枝先生、何のご用かお聞きしても構いませんか?」

「ん? あーそうそう。いやぁ、謝らなきゃいけないことがあってねー」

「謝らなきゃいけないこと?」

「まあまあ、ほらほら、甘いものでもどうぞどうぞ」


 すでに僕を迎える準備をしていたようで、彼女が食べていたものと同じ大福が乗った小皿と湯呑を差し出してきた。


「えと……頂きます。あむ…………ん、甘いですね」

「でしょー。駅前にある和菓子屋さんで買ってきたんだよ」


 そこは僕もたまに利用させてもらう。特に珠乃が、そこの水羊羹が大好きで、ねだられるとついつい買いに走ってしまうのだ。


「ああ、あそこの。美味しいですよね」

「おお、知ってたかー。美味しいスイーツ店を知ってるのはモテる秘訣だぞ!」

「なるほど。……勉強になります」


 ただモテるということに関してはあまり信用できないが。

 最近友枝先生のことを陰で『妖怪:オトコくれ』って呼ばれてますよ。まあダークサイドに堕ちた時に、ああも大声で結婚したい恋人欲しいと言っていれば仕方ないかもしれないですが。


「それで……」

「ん? おお、そーだったね」


 先生は一度お茶で喉を潤したあとに、「ごめんね」と頭を下げてきた。

 その理由を尋ねてみると、どうも先日の伏見先生の暴露に対し、彼女に原因があることを知ったようである。


「あはは、あの時はその……ね、同級生の結婚式の招待状が届いて……さ。しかも二通も」


 うわ。それは友枝先生には確かに大ダメージかもしれない。


「それでちょっと荒れちゃってて。仲の良い小兎ちゃんにお酒付き合ってもらったんですよ。まあ……すこーし飲み過ぎちゃってぇ……」


 記憶がぶっ飛ぶほど飲んでしまい、その時に口走ったことなどもまったく覚えておらず、先日伏見先生から僕に関することを暴露してしまった事実を聞いたようで、その原因は自分にあるので謝ろうと思ったのだそうだ。


「別にもう済んだことですから。それに幸いにも周りにいた人たちは、面白半分で吹聴するような人たちではありませんでしたし」

「うぅ……それでも本当にごめんなさい。生徒の秘密を教師がバラすなんてサイッテ―だよね……」


 シュンとなっている姿は、どこか叱られた珠乃と重なる。何だかこちらが申し訳なく思ってしまう。


「伏見先生にはデビューのことは秘密だということは伝えていなかったらしいですから」


 聞けば単純に、「あのねー、不々動くんって生徒が、いつか作家デビューするんだよー」とだけ嬉しそうに言っていたそうだ。

 恐らくちゃんと意識があれば、たとえ喋っていたとしても「これはここだけの秘密にしてね」くらいは言ってくれていただろう。


「でもでも………………悪いことしちゃったし」

「むぅ……本当に気にはしていないんですが」


 それにまあ恐らくこのことが周りに広まっても、信じる者も少ないと思うし、結果的にも繭原さんと伏見くんだけで止まっているので別に構わない。


「ダメだよねわたし……。こんなことだから恋人もできないんだ。きっとそうだよね」


 あーこれはもう何を言っても堕ちてしまうかもしれない。


「あ、あの先生……自分はその、先生のこと好きですよ?」

「…………ふぇっ!? す、すすすすす好きぃっ!?」


 あれ? どうしてそんなに驚かれるのか……。

 もしかして自分みたいな無骨な男に好かれても迷惑なのかもしれない。


「すみません、いきなりこのようなことを言ってしまって」

「べ、べべべ別にその……あの、べ、別にね、す、好きとかほら、感情って止められないと思うし、それはそれでしょうがないんじゃないかな?」

「は、はぁ」

「だ、だけどその……ね? わたしと不々動くんは教師と生徒であって、確かに見た目でいえば逆に教師が不々動くんで生徒がわたしに見えるけどって、いやいや、そんな見解とか今はどうでもよくて、だからその……えと……ぁう」


 どうしてこんなにも落ち着かない様子なのか。

 顔を真っ赤に染め上げ、恥ずかしそうにチラチラと僕を見ている。何故かその瞳は熱っぽくてウルウルと艶めいていた。


「ダ、ダメだよゆえ! いくら親からの催促が最近かなり面倒になってきたからっていって、さすがに生徒に手を出したらそれはもう反則だから! 禁則事項だから! ……あれ? でも卒業したら? それなら何も問題……ない? いやいや待って冷静になってよゆえ! ああでも不々動くんにみたいに優しい旦那さんと一緒になるのが夢なんだよね。彼は家庭的で真面目で誠実だし、きっと一途に愛してくれると思う。それに未来の大作家先生で……あれ? もしかして不々動くんて超優良物件なんじゃ……!」


 何だか今度は早口でブツブツと言い出した。

 表情もコロコロと変わり、照れ臭そうにしたかと思ったら急に目つきが鋭くなり、獲物を狩るハンターさながらの雰囲気を醸し出し始める。

 どうやら今日の友枝先生はスーパーダークサイドにまで堕ちたみたいだ。

 生徒への申し訳なさが引き金になって、さらに奥深くまで開いてはいけない扉を開いてしまったのかもしれない。


「あ、あの……友枝先生?」

「そ、そうだよ! 卒業すれば何も問題とかなくて……ああでもでも、もし彼が獣みたいにわたしに欲情したらヤバくない? だってあの逞し過ぎる身体だよ? この小さい身体で受け止められるのわたし! ダメ! 絶対壊れちゃうよ! ううん、でも好きな人のために耐えるのも彼女の役目だよね! うん、そうだよ! わたし頑張れるよ、不々動くん!」

「へ? …………何をですか?」

「確かに今は世間の目があるし、立場もあって無理かもだけど。不々動くんがその気なら、わたしだって覚悟はできてるよ。その……でもね、わたしを求めてくる時は、できるだけ優しくしてほしいなぁとかって思うけど……ああ別に激しいのが好みならそれでもいいから! わたしは彼氏のためならどんなプレイにだって――」

「そこまでですっ!」

「ふにゃっ!?」


 多少荒療治が必要だと思い、大声とともに友枝先生の両肩に力強く手を置いた。


「……ふ、ふ、不々動くん……!」

「いえ、〝ふ〟が二個多いです。自分は不々動です。それよりも友枝先生、正気に戻られましたか?」

「ふぇ? しょ、正気……って? …………はっ! わたしまたトリップしてた?」

「はい。もうガッツリと。今回は危険度Aランクに匹敵するほど危なかったでしたよ」


 これが彼女が本当にたまに陥るスーパーダークサイドだ。

 この領域に足を踏み入れてしまえば、もう強引に正気を戻すしかない。あとはこの場から逃げて、彼女の感情が冷めるのを待つくらいだ。


「はうぅぅぅぅぅっ!? よりにもよって生徒で妄想するなんてわたしのオバカァァァァァァァッ!」


 自分が何を考えていたのか恥ずかしさの限界を突破したようで、友枝先生は両手で顔を覆い蹲ってしまった。


「で、でもでもぉ! 不々動くんも悪いんだぞ! 女の子に向かって簡単に好きとか言っちゃいけません!」

「……ですが自分にとって友枝先生は、頼りになって好ましい人なので」

「…………それって人としてってことでしょ?」

「はい、もちろんです」

「………………………………はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~」


 すっごく長い溜め息ですね。二十秒くらい出ていたような気がしましたが。

 そしてジトーッと何故か先生が睨みつけてくる。


「まったくもう……そうやって勘違いさせる言動ばかりするんだから!」

「えっと……すみません?」

「絶対謝っている理由が分かってないでしょ」


 とは言われましても、事実勘違いをさせたつもりなど一切ないので。


「ま、いっか。そういうところも君の魅力の一つでもあるしね。それと話を元に戻すけど、本当に今回の件はごめんね」

「いえ、本当にお気持ちだけで」

「それと幼稚園のことも聞いたよ。力になってあげたんだってね。よくやったね、お疲れ様」


 先生がソファに座っている僕の頭に背伸びしながら手を伸ばし撫でてきた。


「あ、あの……恥ずかしいのですが」

「んふふ~、頑張ってる生徒はちゃ~んと褒めてあげないとねー」


 そうしてしばらくの間、彼女が満足のいくまで頭を撫でられ続けたのであった。







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