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「――そう。幼稚園の問題は解決できたわけね」


 僕は今、授業が終わった放課後に生徒会室へと来ていた。

 そこには多華町先輩他、柴滝姉妹もいて、問題解決に手を貸して頂いたこともあり、感謝と結果を報告をしたのである。


「はい。多華町先輩と夏灯さん秋灯さんにはお世話になりました。ありがとうございました」

「えへへ~、でもお礼言われても何だか申し訳ないような気がして一杯だよ~」

「そうですね。私たちは結局良い案を出せなかったわけですから」

「そんなことはありません。考えてくださっただけで感謝を示すには十分です」

「ふふ、本当にあなたは律儀な人ね。それから演劇の練習の方はどうなのかしら? 子供たちは上手くやっているの?」


 劇の練習を始めてまだ時間はそう経っていない。

 何せ昨日の今日なのだから。

 しかし子供たちは楽しそうに全力で取り組んでいると彼女たちには伝えた。


「それは良かったわ。寝不足で倒れた甲斐はあったというものね」

「! ……ご存じでしたか。一体誰からその情報を……?」

「ふふふ、秘密よ」


 えぇ……ちょっと怖いのですが。一体誰情報ですかそれ……。


 倒れたといえば昨日。合作の内容を記したノートを幼稚園に届けた際に、緊張が緩んでそれまで背負っていた眠気や疲労感が押し寄せたようで、つい寝入ってしまったのである。

 目が覚めると何故か繭原さんが膝枕をしていたのはビックリしましたね。

 寝心地が良いなと思っていたが、まさかそんな状態だとは思いも寄らなかった。 

 起きたら起きたらで、園児たちはニヤニヤとしながら僕と繭原さんをからかってきたし、助けも求めた伏見くんですら園児たちと一緒になって笑っていたのである。


 本当に繭原さんには悪いことをしました。


 しかし彼女は本当に優しいですね。職員さんが用意してくださった枕が固くて、寝苦しそうだったからという理由で膝枕までして頂けるとは。

 頭だけでも相当に重たいはずなのに、彼女の慈愛溢れる行為はまるで女神のようだ。

 お蔭で短い間だがぐっすり睡眠を摂ることができた。


「それにしても残念だわ。珠乃ちゃんたちが披露する当日に外せない私用が入っているなんて」

「ですよねー。アキたちも家の用事があってー」

「あの珠乃さんの愛らしい姿をカメラに収められないのは至極残念です」


 この三人。珠乃のことを好き過ぎではないでしょうか。

 確かに天使なのでそれもまあ仕方ないと言えば仕方ないが。


 ……はっ! まさか彼女たちも桃ノ森さんみたいに妹にしようと企んでいるのでは?


 本当に珠乃の可愛らしさは留まることを知りませんね。会う人全員を篭絡してしまうとは。さすがは魅力の塊だったどーくんの妹です。

 自分に似ないで良かったと心底思った。

 ただ魅力的過ぎるのも考え物かもしれない。


 これからはさらに一段階、珠乃の周囲に気をつけましょう。誰にも奪われないためにも!


「……不々動くん? どうしてガッツポーズをしながら何かを決意したみたいな顔をしているのかしら?」

「え……あ」


 気づけば右拳を固く握って胸のところまで上げていた。

 僕は「何でもありません」と拳を下ろす。

 いけない。どうやら天使トリップをしてしまったようだ。自重しなければ。


「カメラについては撮影に許可が下りたようなので安心してください。珠乃の雄姿はしっかりビデオカメラに収めてきますので」

「ええ、頼むわね。ところでこのあと少し時間あるかしら?」

「はい。何かお手伝いでも?」

「友枝先生があなたを見かけたら、いつでもいいから生徒指導室へ連れてきてほしいと仰っていたのよ」


 友枝先生が? 一体何の用だろうか?


「分かりました。ではさっそく向かいます。今回の件は、本当にありがとうございました」


 僕は彼女たちに一礼をして生徒会室から出た。

 そのまま真っ直ぐ生徒指導室へと向かうが、少し喉が渇いたので自動販売機で飲み物を買ってから行こうと思った。

 校舎の踊り場付近にある自動販売機が一番近く、そこにはお目当てのものもあるので早足で行く。

 だがすでにそこには先客がいて――。


「む? 伏見先生……?」

「え? あら、不々動くんじゃない。もしかして何か買いに?」

「はい。《天然水ももはす》を」

「へぇ、なかなかの通好みのチョイスね」


 ……そうなのだろうか。確かにあまり買っている人は見たことないが。


「先生のそれは…………え?」


 僕は先生が所持している缶を見てギョッとなる。


 ――《わさびコーヒー》――


 誰もが忌避し、絶対に購入しないドリンクが握られていた。しかもこの季節にホットだ。

 一体どこのメーカーが出しているのか、果たして需要があるのかサッパリ分からない。

 飲んだ冒険者の見解によると、その名の通りわさびの味と香りがするコーヒーらしい。

 ハッキリ言ってしまうかもしれないが…………不味そう。


「よ、よく飲まれるのですかソレは?」

「へ? あー初めてかな」

「初めて? で、でしたら何故そのチョイスを?」

「んーだって面白そうだから?」


 そう言いながらプシュッとプルタブを開けて飲み出す。


「んぐんぐ…………ぷはぁ」

「ど、どうですか?」

「そうだね………………………微妙?」


 小首を傾げる姿は、成人女性とは思えないほど幼さを感じさせ可愛い。


「微妙……ですか」

「うん。まあ……面白い飲み物ではあったかな」

「もしかして他にもこういった飲み物を?」

「まあね。一種の趣味、かな。《セロリサイダー》とか《チョコ水》とか《トマト紅茶》とか? あ、《トマト紅茶》は結構イケたわね」

「は、はぁ……」

「むふふ。私はいずれキワモノドリンクを制覇する女よ」


 どれも信じられないほど興味が湧かない。

 ていうかそんなものを好んで飲みまくるなんて大丈夫なのだろうか。

 この人は一応家庭科教師で、そんな調子だと味覚とか不安になってくる。

 いやまあ、実際に彼女が作る料理などで批判は一切聞かないので大丈夫ではあるはず。


「う~ん、でもトラちゃんは私の趣味、全然分かってくれないけど」


 それはそうだと思う。誰が好き好んでゲテモノを口にしたがるだろうか。

 中にはアタリがあるのかもしれませんが、ほとんどが外れのような気がしますしね。

 僕はそれでもちゃんと飲み干す彼女をよそに《ももはす》を買って喉を潤す。


「そういえば合作の件、お疲れ様ね不々動くん」

「あ、いえ。自分にできることをしただけですのね」

「ふぅん。やっぱり君は真面目さんだね。授業でも私の話をちゃんと聞いてくれるし、友枝先生も絶賛してるし」

「きょ、恐縮です」

「それにその喋り方。今時、そんな固い感じで喋る高校生なんていないわよ。そこんところはトラちゃんにも少しだけ見習ってほしいかも」

「伏見くんにはああいう喋り方の方が合っていると思いますから別段変わらなくていいかと」

「時と場合は考えてほしいじゃない? 不愛想だからいつも怒っているって勘違いされたりもするし」

「さすがはお姉さんですね。彼のことをよく見ています」

「…………んふ。それは君だってそうだよ」

「え?」

「今までトラちゃんに対し、変わらなくてもいいって言ったのは君くらいだもの。ほら、トラちゃんの見た目ってアレでしょ? だから会う人は全員、その喋り方は似合わないし、態度も柔らかい方が良いって言うのね」


 確かに伏見くんの見た目は可愛らしい女の子のようでもある。

 ガッツリ男言葉で話すのは、その姿とミスマッチしていると捉える人も多いかもしれない。


「でもトラちゃんは今のトラちゃんだから良いのよ。トラちゃんには無理なんてしないで、ありのままでいてほしい。けど周りの人たちって、どうも自分の思った通りじゃないと否定したがるでしょ?」


 それは……分かる気がする。

 誰だって〝理想〟というものが存在するのだ。

 そして人はそれを無意識ながら押し付けてしまいがちである。

 見方を変えれば、それは今の本人の在り方を否定しているだけ。

 今まで生きてきて培ったものを否定する権利は、少なくとも他人にはないと思う。

 あまり逸脱した言動をするならば、それはその人のためにも〝注意〟として伝えるのは必要だろう。

 しかしその者の背景を何も知らずにただ否定し変えろというのは傲慢だ。







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