28
――三日後。
僕はまるで裁判で判決を待つ気分で座して待っていた。
目の前には多くの園児たちと、その担当先生、そして園長先生がいる。
僕以外の全員が、一冊のノートを凝視しながら、そこに書かれている内容を読み上げていく担当先生の声に耳を傾けていた。
最後の一文を読み終わったあと、担当先生は「ふぅ」と小さく溜め息を零す。
沈黙が続く。結構長い。心臓が……痛い……。
すると――。
「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」」」」
突如園児たちが立ち上がって声を上げる。
「すっごいすっごい! おもしろーい!」
「うんうん、ぼくもそうおもう!」
「このおはなしスキーッ!」
思った以上の好感触な園児たちの反応に、僕は思わず呆然としてしまう。
そこへ園長先生がニコリと笑みを浮かべて僕に顔を向けてくる。
「素敵な物語です、不々動くん。あなたに頼って本当に良かったです」
「はい。とても心が温かくなる良いお話でした」
園長先生に続き担当先生も絶賛の声をかけてくれた。
「それは……良かったです。これも皆さんがいろいろ案を出してくれたお蔭だと思います。それに伏見くんたちが僕が制作に集中できるように支えてくれたので」
ここ数日、彼らは僕が毎朝行っていることを代わりに担ってくれた。
畑仕事も、お弁当作りに朝食。さらには夕食作りまで繭原さんを筆頭に手伝ってくれたのである。
その分、開いた時間に休憩を挟みつつ制作に集中することができた。
お蔭で仕事との両立もできて、こうして完成させた物語を幼稚園の皆さんに読んでもらうことができたのだ。
「こんなにも早く用意してくれるとは、ありがとうございます」
「もったいないお言葉です、園長先生。いつも珠乃がお世話になっておりますので」
「あのね、あのね! にぃやんね! ずっとず~っとぉ、がんばってたのぉ!」
大手を振りながら珠乃が声を張り上げて僕の頑張りを口にする。
「タマノちゃんのおにいちゃんすごいねー。こんなオハナシかけるんだねー」
「にへへ~、も~っとたまのことほめてもいいのー!」
こらこら珠乃、どうしてあなたが褒められるのですか。まあ、可愛いからいいですが。
授業が終わってすぐに幼稚園へ駆けつけ、さっそく園児たちも交えて先生に完成した物語を読んでもらったのだ。
反応は上々だが、気になるのはやはり先程から一言も発しない繭原さんの弟さんである千志くんである。
今回の件の発端である彼が認めなければ、もう一度考え直しということにもなってしまう。
僕はゴクリと喉を鳴らし、彼に聞く。
「どうでしたか、千志くん?」
「…………にいちゃん」
「え? はい、何ですか?」
「にいちゃん、すっげぇな」
「!?」
「おれ、このアオオニ……やってみてえ!」
強張っていた表情が途端に緩む。緊張感も一気にどこかへと飛んでいく。
どうやら最大の関門を乗り越えることができたようだ。
そう思った直後、フッと意識が飛んでしまった。
※
「不々動くんっ!?」「不々動っ!?」
突然不々動くんが前のめりに倒れてしまい、私と伏見くんが同時に声を上げて駆け寄る。
「にっ、にぃやんっ! にぃやんっ!」
珠乃ちゃんも青褪めた表情で彼に縋りついている。
弟の千志も珠乃ちゃんと同じように近寄って「にいちゃん! おい、にいちゃん!」と身体を揺らしていた。
他の園児たちも何が起こったのか分からず戸惑っている。
慌てて先生たちも近づいて様子を見ようとするが、即座に動いていたのは伏見くんだ。不々動くんの首に手を当てたり瞼を開いて確認している。
そして伏見くんはホッと息を吐いて言う。
「安心しろ。寝ちまってるだけだ」
「ねてゆ? にぃやんねてゆだけ?」
「おう。だから大丈夫だ。昨日の夜も頑張ってたみたいだしな。緊張が緩んで一気に眠気が襲ってきたんだろ」
珠乃ちゃんが「そっかぁ」と頬を緩める。
私も彼女と同じく安堵した。それにしても伏見くん、そんな判断ができるなんて凄い。私もできるように勉強しよう。
それから不々動くんは、男の先生も呼んで運んでもらい、室内の端に敷いた布団で横になっている。
私はそんな彼の傍で、園児たちが先生の指導のもと、さっそく不々動くんが作った劇の練習をするのを見守っていた。
伏見くんも演技指導みたいなことをして手伝っている。
「…………不々動くん」
本当に不々動くんは凄い。たとえ寝不足でも、決して授業では寝ないし自分に与えられた仕事はちゃんとこなす。
弱音も絶対に言わないし、結果も見事に残す。
きっとこれは彼が誠心誠意全力で頑張ったからだ。
見ればとても穏やかな表情で寝息を立てている。
私はキョロキョロと周囲を見回す。
だ、誰も見ていないよね……?
確認してから何度か深呼吸をする。
そして不々動くんの頭へと手を伸ばしそっと触れた。
……硬い。
自分と違って太くて硬い毛並みだ。まさしく剛毛といえる。
けれどとても触り心地が良い。チクチクして少しくすぐったいが。
「……ん」
不々動くんが僅かに頬を動かし寝声を立てる。
思わず手を引っ込めてしまうが、どうやら起きたわけではないようだ。
私は再度彼の頭に触れ、そのままゆっくりと撫でる。
「――――お疲れ様でした、不々動くん」
私は自分を顧みず一生懸命頑張った彼に労いの言葉を送った。
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