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「――ごちそうさまでした」
「お、おそまつさまでしゅた!」
相変わらず早口で喋ると繭原さんはよく噛む。もっとゆっくり話せばいいと思うが。
「本当に美味しかったです」
「えへへ。お口に合って良かったです。一生懸命作った甲斐がありました」
「これだけのものを作るにはご苦労なさったでしょう」
量も量だし、種類も豊富だ。
恐らくいつも僕が起きている時間帯くらいには起き出して調理しなければ間に合わないと思う。
「……私にできることと言ったらこれくらいですから」
「? すみません。少し聞き取れなかったのですが」
「い、いいえ! 別に何でもないですからっ! あ、あの! それよりもその…………こ、これからも作ってきていいですか!」
「……はい? 今日のようなお弁当を、ですか?」
「はい!」
「毎日……ですか?」
「はいっ! ……ダメ、ですか?」
だからそんな捨てられた子犬のような顔をしないでほしい。本当に断り辛い。
しかしさすがに毎日お世話になるわけにはいかない。
「それは……ご厚意は嬉しいのですが、さすがにそこまで甘えるわけにはいきません。合作のお礼ということでしたら、これでもう十分です」
「違います!」
「え?」
「い、いえ! 違わないですけど……違うっていうか…………! そのっ、私がやりたいんです!」
「……しかし」
「それにお弁当は千志の分も作ってるから別に負担ではないですし」
いや、さすがに負担ではないということは有り得ない。
普通のお弁当ならばともかく、僕の身体に見合った量を作ろうとするなら相応の労力と時間が必要になってくる。
「やはり止めておきましょう。食費だってかかりますから」
「食費……」
一度や二度ならともかく毎日これだけのものを作るとしたら、それなりの出費になる。
身内でもないのにそこまで甘えることはできない。
「…………不々動くんのお手伝いをしたいんです」
「繭原さん……」
「私ってば……助けてもらってばかりですから……。初めて会った時も、今回のことも……だから何か恩返しがしたくて」
「…………繭原さんはとても律儀な方なんですね」
「ふぇ?」
「普通恩を感じても、ここまでしようと思う人は少ないと思います。責任感があって、とても優しい人なんですね」
本当に見習いたいくらい素晴らしい人格の持ち主だ。
そう思いつつ彼女の目を見つめると、
「~~~~~~っ!? きゅうぅ~……」
突然顔から湯気を出したように真っ赤になって頭をフラフラとさせる繭原さん。
「繭原さん!? ど、どうかしましたか! 大丈夫ですか?」
「…………はっ!? は、ははははい! 大丈夫でしゅ! ちょ、ちょっと刺激が強かっただけですから!」
「は、はぁ……」
一体何の刺激なのだろうか……?
「そ、それに私だって下心がないって言ったら嘘になっちゃうし……」
「はい? あの、また聞き取れなかったのですが」
「い、いえっ! 今のは独り言なのでっ!」
パタパタと両手を動かして慌てふためく彼女の顔は今も紅潮したままだ。
もしかして日差しを浴び過ぎて熱中症にでも……?
でも具合が悪そうには見えない。……大丈夫ですかね?
「と、ところで不々動くん!」
「は、はい。何でしょうか?」
「確かに毎日今日みたいなお弁当を作るのは、不々動くんも気を遣ってしまうかもしれません。だからその……合作が出来上がるまででいいので!」
「それは……そう言われましても」
「珠乃ちゃんのお弁当も私に作らせてください! 不々動くんはその空いた時間は休んでください! 不々動くん、昨日はあまり寝てませんよね! 目に隈があります!」
「……で、ですが」
「そんなんじゃいつか睡眠不足で倒れちゃいます!」
「とは言いましても、早朝の畑仕事とかもありますし」
「それもお手伝いします!」
「え、ええぇ……!」
何だか今日の繭原さんは普段とは違って積極的だ。
こんなグイグイくる人だとは知らなかった。
「た、大変ですよ? 数日とはいっても毎日早朝に起きて畑仕事に、お弁当作りを行うのは」
「でもそれがなくなれば、その分睡眠時間も取れますよね?」
「それはまあ……その通りですが」
「じゃあやります! もちろんお家の人にもちゃんと許可はもらいますから! 不々動家の朝食だって作っちゃいます!」
本当に今日の彼女は一体どうしたというのだろうか。
何故こんなにも……。
「どうしてそこまで親切にしてくださるんですか?」
「それは私があなたをす――っ!?」
「……す?」
「す、す、す、す、素晴らしい人だって思ってるからですっ! 尊敬できて……その、だから……そういうことで……っ」
それは彼女の勘違い……だ。
自分は決して素晴らしい人間なんかじゃない。尊敬を受けるようなこともしていない。
「……買い被りですよ。自分はそんな大した人間じゃありません」
「そんなこと言わないでください」
「え?」
「少なくても私にとっては、あなたは………………魅力的な人ですから」
微笑みながらそう言った彼女の表情は、とても晴れやかで嘘偽りの欠片すら一つも見当たらなかった。
それはまさしく彼女の心の底から出た言葉だと――。
魅力的…………自分には分かりませんね。
「ですから合作が出来上がるまでの間でいいんです。少しでも負担を減らせたらいいなって思って……」
「繭原さん……ですがそんな朝早く女性を一人歩きさせるのは……」
正直睡眠時間が取れるのは嬉しい。ただありがたい申し出だが、彼女に一人歩きをさせて何かあれば申し訳が立たない。
やはり断ろうと思ったその直後、
「――だったら俺も手伝えばいいってことだな」
不意に聞こえた声に顔を向けてみると、そこには伏見くんが、いつものぶっきらぼうな表情で立っていた。
「ふ、伏見くん……?」
「おう、不々動。さっきのお前の懸念だけどよ、俺が毎朝繭原ん家に迎えに行って、お前ん家に行けば何も問題ねえんじゃねえの?」
「それは……」
「ま、今日のお前の顔を見て寝不足なのは分かってた。多分合作の内容でも必死で考えてたんだろ? お前真面目だからな。でもそれは俺たちが押し付けちまったことでもある。このまま丸投げなんてして、万が一お前が倒れでもしたら面倒だしな。だから俺もできることはしてやる。どうだ?」
「どうだと言われましても……」
「……あー、それに俺、畑仕事って結構興味あったんだよなー。料理は繭原に任せっけど、それなら何も問題ねえんじゃね?」
「…………」
それでも自分のせいで皆さんの時間を奪ってもいいのかと思い悩んでしまう。
「――そうそう、水臭いよろーくん!」
そこへ待ってましたと言わんばかりに登場したのは桃ノ森さんだ。
「話はフッシーに聞いたよ! 大変な時には一人で抱え込むより、みんなで分け合えばいいんだし! でしょ!」
「あ、コイツ、俺がここに来た時には、すでに一人で隠れてお前らの会話を盗み聞きしてやがったぜ」
「ちょっ、フッシー! それ言わない約束だしっ!」
「んだよ。繭原が不々動に接近した時に慌てふためいていたアイドル声優さん?」
「べ、べべべ別に慌てふためてなんかないし! ろー、ろーくんが不純異性交遊とかしてないかなって思って監視してただけ! それだけなんだからっ!」
何だか物凄い賑やかになってきましたね。
繭原さんも唖然としながら二人のやり取りを見つめている。
「と、とにかくろーくん! アタシだってお手伝いくらいしてあげるしね!」
「ま、そういうこった。諦めろ、不々動。女とガキが積極的になったら男は折れるしかねえぞ。あ、これ経験談な」
僕は登場した二人から視線を繭原さんへと向かわせる。
彼女も真剣な眼差しで訴えかけてきていた。
絶対引きません――といった具合に。
…………頼っても、いいのでしょうか。
今まで自分なんかが誰かに頼ると、きっと迷惑になると思い控えてきた。
自分が頼っていたのは、そのほとんどが兄だったから。兄だけが何を言っても笑って付き合ってくれたから。
でもほとんどの人は自分が近づくと嫌な顔をしたり怯えたりしていた。だから自然と、他人に頼るということをしなくなったのである。
でもこの人たちは僕に笑顔で「頼れ」と言ってくれた。
僕は静かに立ち上がると、皆さんに向けて頭を下げる。
「それでは、少しの間だけお願いします」
「はい!」「うん!」「おう」
三人それぞれが返事をする。
僕はその時、初めて心の奥底で何かが埋められたような感覚がした。
今までポッカリと空いていた穴が、少しだけ形が変わったような……。
それが不快な気持ちではなく、どこか心地好いと感じる。
これは一体何なのだろうか……。
どーくん。どーくんならこの気持ち、分かりますか?
それは珠乃や家族に感じる家族愛ではない。ただその温かさだけは、どこか似ている。
そんな感じがしたのだった。
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