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26

 ――翌日、月曜日。


 いつものように自転車を漕ぎながら、昨晩遅くまで合作の内容を考えていたために出る大きな欠伸をする。

 やはり夜更かしはいけないですね。身体も怠いですし。

 早朝に畑仕事もやっているので、十分な睡眠を取っているとは言えない。


 それに合作を任された土曜日、そして日曜日と、家から一歩も出ずに制作に時間を割いていた。土曜日は徹夜をして、日曜日もほぼ寝ていない。

 何とか形だけはできたが、それでも自分が納得できず物語を書いては消してを繰り返していた。

 正直今すぐベッドの上でゆっくりと寝たい。


 しかしできるだけ早く合作を完成させなければならない。

 学園へ到着し、自転車置き場に自転車を置いて教室へと向かう。


「あ、ハッホー、ろーくん!」


 すでに教室にいた桃ノ森さんが軽やかな挨拶をしてくるので、こちらもしっかり挨拶を返す。


「……! 何か元気なくない?」

「え? そうですか? いつも通りだと思いますが」

「え、でも……」

「本当に大丈夫です。では」


 心配させてしまうのは申し訳ない。だから早々に彼女の傍から離れる。

 桃ノ森さんは首を傾げていたが、そのまま昨日仕事が忙しかったらしく、親友の舞川さんに近づいて愚痴を零している。

 舞川さんは「あーはいはい。頑張ったわねー」と慣れた感じで応えていた。


 そして例の如く休み時間は忙しく、合作の内容を考えることに集中する。

 ノートにペンを走らせては消しゴムで消すを繰り返していく。

 桃ノ森さんも空気を読んでか、こちらを見るには見るが話しかけてはこない。


「何か今日の巨人、いつにも増して気迫あんな。目つきも何割増しで怖えし」

「話しかけ辛いよな。まあ話しかけたことなんかねえんだけど」

「だよな。あんな目で睨まれたらチビるかも……。つーかんなことよりもさー」


 などと周りから噂にされているが、そんなこといちいち気にしていられない。

 繭原さんも、桃ノ森さんと同様に僕の様子を察して一人にしてくれる。

 だがそこへ伏見くんだけは近づいてきて声をかけてきた。


「なあ、少し休んだらどうだ?」

「……え? 伏見くん」

「お前のことだからずっと合作のこと考えてんだろ?」

「はい、そうですが」

「昨日もずっと考えてたんだろ? しかも一日中。ちょっと根詰め過ぎだと思うぞ」

「ですが任された以上は真面目に取り組む必要があります。それに時間もそうないですし」

「けどな……。別にそんな凝ったものじゃなくてもいいんだぞ? ガキどもがやる劇なんだしな」

「それは……まあ」


 分かってはいるのだが、妥協をするというのはどうにも不得手だ。やるからには真剣に尽力したいから。


「いくら他の連中より体力あるっていっても、その調子だといつか倒れちまうぞ」

「お気遣い痛み入ります。ですがまだまだ大丈夫なので」


 釈然としない様子の伏見くんに頭を下げてから、またペンを走らせることに集中していく。

 そして瞬く間に時間は過ぎ、昼休憩に入った。

 僕は毎日のように屋上へ向かおうとすると、ちょっと驚く出来事が起こったのである。


「あ、あのその…………不々動くんっ、私と一緒にお昼ご飯どうですかっ!」


 突然傍に来た繭原さんが、そんなことを言ってきたのだ。


「「「「なぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃっ!?」」」」


 クラスメイトたちがその瞬間に愕然とした声を上げた。

 その反応はかつて僕が桃ノ森さんの誘いを断った時と似通っている。

 まあ、今度はその桃ノ森さんも目を丸くしたまま固まってしまっているが。


「ど、ど、どうでしょうか!」

「いえ、えと…………別に構いませんが」


 彼女の評価を下げないためにも、普通なら断るべきだっただろうが、あまりにも突拍子もないことで思わずOKを出してしまった。

 とりあえずこの場は去るべきだと思い、繭原さんに「お、屋上へ行きましょう」と言って連れ出していく。

 急ぎ足で屋上の一角である、例のベンチまで辿り着いた。


「と、とととと突然ごめんなさい!」

「……いえ。まあ……驚きましたが」

「そう、ですよね。ははは……」


 繭原さんは不憫に思うほど小さくなって空笑いしている。

 そんな彼女は、ギュッと両腕で紙袋を抱いていた。かなり大きな袋なので、何が入っているのか気にはなったが、今は他に聞きたいことがある。


「どうしていきなりお昼の誘いを?」

「ちょ、ちょっと待ってください。えっと…………コレを!」


 件の紙袋を広げて中身から布に包まれた大きな物体を取り出し、さらに僕に向かって差し出してきた。


「? ……もしかして自分に、ですか?」


 コクコクと喋らずに何度も頷きを見せてくる。

 その顔は恥ずかしそうに歪められ真っ赤になっていた。

 受け取ってみると、布越しにほんのりと温かさが伝わってくる。


「しょ、しょれはお弁当でしゅっ!」

「お弁当……? ………………自分の?」


 僕が己自身を指差して尋ねると、またも彼女は何度も頭を縦に振る。


「……どうしてコレを?」

「それは………………少しでも不々動くんの力になりたくて、です!」

「力に? どういうことですか?」

「……私にはこれくらいしかできませんから。…………食べて、くれますか?」


 つい後ずさってしまうほど、繭原さんの上目遣いは強力で、珠乃のおねだりと同じくらいの威力を感じた。


「で、ですがコレを受け取る理由はないのですが」

「……ダメ、ですか?」

「えっと……」

「食べて……ほしいです」

「あのその……」

「うぅぅ……」

「……………………頂きます」


 無理だ。珠乃に匹敵するおねだりを断れるはずがなかった。

 僕はベンチに座ってお弁当を広げる。


「……お、おお」


 大きな二段式のお弁当の中身は、とても豪勢なものばかり詰め込まれていた。


 肉、肉、肉、肉、肉。


 焼肉やハンバーグ、からあげや生姜焼きなどなど。

 大ぐらいな男子高校生が喜びそうな料理がギッシリだ。

二段目はこれまた白米が隙間なく弁当箱を埋め尽くしている。


「や、野菜と果物はこっちです!」


 あ、まだ他にもあったんですね。

 再び袋から彼女が出してきたタッパーには、色とりどりの野菜と果物が入っていた。


「精のつくものを選んで作りました。お、お口に合えばいいんですけど」

「あ、ありがとうございます。では……いただきます」

「ど、どどどどどうぞ!」


 まず好みの一つでもあるからあげを一口。


「……んんっ」

「はわわ……!」

「これは……時間が経っているというのにこの柔らかさ。それに中から溢れてくるこの肉汁は……」


 僕は一口、また一口と食べていく。

 他にもハンバーグや生姜焼きなどにも手を出していき、瞬く間に肉が消失していく。

 そして気が付けばごまんとあったお弁当が綺麗に胃袋の中に収まっていた。


「……ふぅ」

「あ、あのコレを!」


 そう言って繭原さんが手渡してくれたのは湯気が立ち昇るカップだった。


「このニオイは……アサリのお味噌汁ですか?」

「よ、よく香りで分かりましたね!? その、アサリは精がつく食べ物の一つらしくて」


 どうやらポットに入れて持ってきていたようだ。

 まさに至れり尽くせりのメニューである。

 僕はアサリのお味噌汁をグイッと喉の奥へと流していく。

 身体全体がポカポカと温まる。薄くも濃くもないほどよい味加減で、これなら何杯もイケそうだ。


「……ありがとうございます。とても美味しく頂かせていただきました」

「そ、そうですか! よ、良かったら果物もあるのでどうぞ!」


 あ、そういえばまだありましたね。

 僕はせっかくだからと、デザートももらうことにした。







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