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25

 ――現在、私は不々動くんと一緒に私の自宅へと向かっていた。


 幼稚園から一人で帰すのも何だからと、彼が送ってくれることになったのである。

 当然私は一人でも大丈夫だと言ったのだが、彼は「せっかくですから」と気遣ってくれた。

 私は彼とまだお話できることが嬉しいので、その提案を受け入れることにしたのである。

 ちなみに珠乃ちゃんはお婆さんと一緒に家へ帰っていった。


「で、でも驚きです。まさか不々動くんがその……ラノベ作家になるなんて。ううん、WEBで活躍していたこともですけど」


 不々動くんには『小説家になれぃ!』で活動していることも教えてもらった。ラノベを愛する者として、当然サイトのことは知っていたのである。

 今出版業界では、『小説家になれぃ!』を非常に注目しているし、そこから書籍化した大ヒット作品も生まれているから。


「もしかして作家が夢だったんですか?」

「夢……ですか。……違いますね」

「そ、そうなんですか?」

「はい。小説を書いていたのは、兄に自分が幼い頃書いた作品を褒めてくれたことがきっかけですね。それからちょくちょくいろいろな物語を書いて。その延長線上でWEB小説を始めたようなものです」

「へぇ、お兄さんがいたんですね。その、きっと不々動くんに似てか、か、かっこいいんじゃないですか?」

「自分に似ていたのは外見だけでした。中身は丸っきり違います。だけどとてもカッコ良い兄でしたよ。他の誰よりも。今でも自分の中では兄が一番尊敬する人ですから」


 良い兄……でした?


 少し彼の言い方に違和感を覚えた。

 ただ彼がお兄さんをこよなく愛していることだけは分かる。珠乃と同じように、真っ直ぐな家族愛を向けているのだ。


「でも良い人なんでしょうね。不々動くんのお兄さんですから」

「……伏見くんにも同じようなことを言われました。……もしかして会ってみたいですか?」

「ふぇ? あ、えと……挨拶くらいはしたいですね」

「……直接会って挨拶というと、それは残念ながら無理です」

「え……」


 そこから申し訳なさそうな表情で、不々動くんから彼のお兄さんとお父さんが事故で他界したことを聞いた。

 全部の話を聞き終わったあと、私は知らず知らず涙を流してしまっていた。


「すみません。こんな話をしてしまって」


 そう言いながら彼はハンカチをさり気なく出してくる。


 ああもう、どうしてあなたはそんなにも優しいんですか! 普通同い年の男子が、ここまで気遣いというかハンカチを出すなんてことできませんよ!


 というよりハンカチを所持しているのかどうかすら怪しい。

 私は彼からハンカチを受け取り涙を拭う。その際に伝わってきた不々動くんの香りが鼻腔をくすぐる。

 とても落ち着くニオイだ。例えて言うなら森で嗅ぐ清涼感のあるニオイとでも言うべきか。

 とりあえずこのニオイは――好き。


「あ、ありがとうございます。これ、洗ってお返ししますね」

「いえ。そこまでしてもらう必要は――」

「洗います! 洗わせてくださいっ!」

「は、はい」


 私の気迫にたじろぐ不々動くん。ちょっと可愛い。


 あ、でも勘違いしないでくださいね。ハンカチを家に持って帰って、じっくりニオイを嗅ぎたいとかそういう邪な考えはないですからね。…………うん、ありませんよ。


 私は誰にもコレを奪われまいと、ポケットの奥の方にしまう。


「でも本当に良かったんですか? 合作の仕事を引き受けてしまって。何だか不々動くん一人に押し付けちゃった感じになっていて申し訳がなくて……」

「問題はありません。時間に関してはちゃんと配分する予定ですし」


 私には作家さんの仕事がどんなものなのか分からない。

 でもデビューするために、彼は今全力で書籍化に向けて頑張っていることは分かる。

 平日は学生としての本分を全うし、家に帰れば珠乃ちゃんの面倒や家事もして、休日こそ彼が執筆に集中できる日なのではなかろうか。


 本当に良かったのかな……頼んでしまって。


 そもそも発端は自分が彼を頼ったからだ。優しい彼のことだ。たとえ忙しくても力を貸してくれているはずである。


「あ、あの不々動くん! 辛かったりしたら言ってください! 私も全力でお手伝いしますので!」

「繭原さん……?」

「その……執筆作業に関しては何もできないですけど、他の事なら……ほら! 珠乃ちゃんの遊び相手とか!」

「……お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です」


 ……だけど心配なんです。あなたが自分を軽く見ているような気がして……。

 辛いって、しんどいって、痛いって。

 そう言える相手があなたにはいますか?


 ついそう問いかけたくなった。

 以前不々動くんと桃ノ森さんの間でいざこざがあった時、教室でも桃ノ森さんのお友達が不々動くんに突っかかったことがあったが、その時も周囲から何を言われようと彼は桃ノ森さんのプライバシーを守るために頑なに口を閉ざしたのである。


 そして周りがあまりにも酷いことを言うから、私も耐え切れず声を上げた。

 彼が本当はとても優しい人だってことを伝えたくて。

 けれど渦中にあった彼を庇ったことで、今度は私に非難の目と言葉が向けられた。

 そこへ不々動くんは躊躇なく冷たい言葉を吐いて、クラスメイトたちの非難を私から自分へと改めて移したのである。


 あのあと、桃ノ森さんとの事情をある程度教えてもらったが、確かにおいそれと衆目に晒せるような話ではないと思った。

 ただどうして一人で悪者になろうとするのか。しかもそれを平然とできるのか理解できなかった。


 もう少し……周りを頼ってもいいと思うんだけど。

 ううん、頼ってほしい……な。


 彼の隣を歩きながら、真っ直ぐ前を見て歩く彼の横顔を見つめる。


 ……でも私も結局頼ってしまうんだよね。


「………………………………よし」

「ん? 何か言いましたか?」

「あ、いいえ! 何でもありません! それよりもここらへんでもういいですよ! 家はすぐそこですし!」

「ですが……」

「本当に大丈夫です! ではまた明日です! さようなら!」


 私は呆然とする彼に背を向けて走り出した。


 うん。不々動くんのためにも、私にできることをしよう!


 それがきっと彼への恩返しにもなると思うから。







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