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 【いちご組】の親子が会議室から次々と出て行く。繭原さんのお母さんは、もう一度ゆーちゃん一家に謝るといって、千志くんを連れていそいそと部屋から出て行った。その際、繭原さんはゆっくり帰っておいでと言われていた。

そんな繭原さん、僕、珠乃、お婆ちゃんと一緒に部屋を出て行こうとしたところ園長さんに呼び止められた。


「本当に何とお礼を言っていいやら」

「あ、いえ。その……ただ思いついたことを口にしただけですので」

「いえいえ。あなたのお蔭で行き詰まりだった問題が解決したのですから」


 そうですよと、担当の先生も嬉しそうに礼を言ってくる。


「けどよぉ、まだ解決したわけじゃねえだろ、婆ちゃん」

「虎大ちゃん……?」

「だからちゃん付けは……ったく。あのよ、いい感じに話は纏まったみてえだけど、先生たちって話作り得意だっけ?」

「「……っ!?」」


 担当先生と、副担当の先生の眼が同時に泳ぎ出す。


「難しいと思うぞ。千志たちが納得できるような話を作るなんて。それに時間もそうねえし」


 陰鬱な沈黙が流れてしまう。

 確かに解決策は見つかったものの、一口に合作をするといっても不得意な人では困難かもしれない。

 焦燥感を見せた先生たちから察するに、どうやら二人ともそういう方面には自信がないようだ。


「そうねぇ。虎大ちゃんの言う通り、時間も迫ってきているし、なるべく早くお話を作れる人を見つけないと」


 するとその時、思いがけない人から思いがけない言葉が発せられた。


「あーそれならお婆ちゃん、ここにピッタリの人がいるわよー」


 伏見先生だった。

 当然のように皆の視線が彼女へと向く。


「小兎ちゃん、何を……ピッタリってどこに?」


 園長先生の問いに対し、伏見先生はその楽し気な顔に備わっている大きめの双眸を、あろうことか〝僕〟に向けていたのである。


 ま、まさか……っ!


「彼だよ彼。不々動悟老くん。この子ならきっとできると思うよ!」


 彼女の言葉に思わず僕は絶句してしまう。


「はぁ? いきなり何言ってんだよアネキ。何でここで不々動が出てくんだよ?」


 あ、マズイ。これ以上の発言を止めなければ……!


「だって、この子はもうすぐデビューする作家の卵さんなんだよ!」


 …………………………遅かった。


 伏見先生に向けて伸ばした手が、行き場を失ったようにだらりと下がる。


「……は……はあぁぁぁ? ど、どういうことだよアネキ! いや不々動、アネキの言ってることはマジなのか?」

「それはその……」

「不々動……くん?」


 繭原さんも信じられないという面持ちで僕を見つめてきている。


「そだよー! にぃやんはおはなしをつくるの、と~ってもじょうずなのぉ!」


 ほ、褒めてくれるのは大歓迎なのですが、その後押しは今いらなかったですよ、珠乃。

 普段大人しいお婆ちゃんも突然のことに動揺してしまっている。


「ゴローさん、お友達にも教えていなかったのですか?」

「あ、いえお婆ちゃん、その……」


 自分には友達と呼べるような存在はいない――と、さすがにこの状況では口にできなかった。


「今のお前のお婆さんの言葉。お前……マジで作家としてデビューすんのかよ?」

「それは……………………はい」


 嘘はつけない。つきたくない。だから話題に上がってしまった以上は認めることしかできなかった。

 僕が認めると元々知っていた人たち以外はあんぐりと口を開けて固まってしまっている。

 それに繭原さんなのは……。


「ふ、ふふふふふふ不々動くんがががががががっ!?」


 まるで電撃でも浴びているかのような状態になっている。一体彼女の身に何が起こっているというのだろうか。


「確か……ライトノベルってジャンルでデビューするんだよね?」

「ラ、ライトノベルゥゥゥッ!? しょ、しょれはほんとでしゅか不々動くんっ!」


 またも余計なカミングアウトをしてくれた伏見先生のせいで、繭原さんは興奮度をマックスにして詰め寄ってきた。


「あ、あの繭原さん……ち、近いのですが」

「そ、そそそそそんなことよりも伏見先生の言ったことってほんとなんですかっ! わ、わ、私超気になりますぅっ!」

「えと…………まあ、はい。事実です」

「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 まるでアイドルでも目の前にいるかのように目を輝かせた繭原さんの声が響く。

 ライトノベルの話になると我を忘れる彼女だが、ここでも健在のようだ。


「あれ? もしかして言っちゃいけなかったことだった? ねえ不々動くん?」


 僕の困り果てた表情を見て、ようやく僕の気持ちに気づいてくれたのか、申し訳なさそうな顔で伏見先生が尋ねてきた。


「……いえ、構いません。伏見先生はもしかして友枝先生に?」

「うん、そうだよ。何か一年生の頃から面倒を見てきた生徒が、小説家デビューするって、この前飲みの席で自慢しててね」


 友枝先生……あなたはお酒に弱いのですから気をつけてくださいよ。

 前にお世話になっているお礼として、大人っぽいという理由で、僕は友枝先生にウイスキーボンボンを放課後にプレゼントした。


 一つだけならと言って、その場で嬉しそうに召し上がってくれたのはいいが、完全に酔っぱらってしまいその後は泣き上戸のネガティブモードから、一気にテンションを上げた笑い上戸に切り替わり対応に四苦八苦したのである。

 三十分ほどで酔いは冷めたが、本人は何も覚えておらず、絡まれた僕にとっては地獄のような時間だった。

 きっとその飲みの席でも自分が何を言っているか分かっていないのだろう。


「ご、ごめんね。口止めとかされてなかったから言ってもいいのかなと……」

「ああいえ、もう気にしないでください。ですができればこのことは広めないでほしいのです。その……伏見くんも繭原さんもお願いします」


 僕が頭を下げると、伏見くんが説明しようと思ったことを口にする。


「そっか。まだデビューしたわけじゃねえし、何らかの理由でデビューができないってこともあり得るもんな。それにそういうことってタイミングとかも重要なんだろ? 出版社の意向もあるだろうし。だからおいそれと言いふらすわけにはいかねえ。そういうことか?」


 本当に伏見くんは物分かりが早いです。的確でこちらとしても助かる。


「てかおい繭原。いつまで固まってんだよ」

「ふ、不々動くんがデビュー……ライトノベル作家…………しゅごい……」

「ああ、こりゃ完全にトリップ状態だわ。おいっ、帰ってこい繭原っ!」

「にゃっ!? ……え? えっと……あれ?」

「ようやく戻ってきたな。繭原、今聞いた話は他言するなよ?」

「他言? 話? ……ああっ! そういえば不々動くんがラノベ作家デビューをするんでしたぁっ!」

「だーかーら、そのことは友達にも言うんじゃねえよ? コイツや出版社に迷惑かかるから」

「大丈夫です! 私に言いふらせるような友達なんていませんから!」


 それは助かり……ますでいいのでしょうか?

 何だか周りが繭原さんを可哀そうな人を見るような視線を送っていますが。


「……まあ俺も言いふらす友達も知り合いもいねえけどな……はは」


 そういえばここに集まった高校二年生組は、全員がぼっちだった。


「そういうことなので繭原さん、他言無用に願います」

「は、はい! もちろん誰にも言いません! それが不々動くんの望みなら!」

「ありがとうございます、助かります」

「で、ですが! その……良かったらいろいろお話とか聞けたら…………嬉しいって思うんですがあの……いかがでしょうか?」


 物欲しそうな上目遣いで繭原さんが見つめてくる。


「ええ、自分に話せることなら聞いてください」

「! ほんとですか! えへへ、やった」


 まあライトノベル好きの彼女ならば、出版社についてなども興味あるだろう。彼女の性格上、無暗矢鱈に吹聴することもないだろうし、話しても良い内容ならば伝えても構わないと思う。


「あ、あの……本当にごめんなさいね、不々動くん?」

「伏見先生、ですからお気になさらないでください」

「でも……」

「まったく、小兎ちゃんは口が軽いわね。直しなさい」

「うぅ……お婆ちゃん…………先生失格かなぁ……」


 園長先生に叱られ、ズーンと部屋の隅に体育座りをして激しく落ち込み始めた。

 僕は再度気にしないように言おうとすると、「ああ、そのうち勝手に立て直るからほっとけ」と伏見くんに言われた。


「んなことより不々動。アネキの暴露のせいでこんなことになっちまったけど、合作の内容とかってお前なら考えられるか?」

「え? ……どうでしょうか。考えてみないと何とも言えませんが」

「それって頼むことってできるか?」

「虎大ちゃん。さすがにそこまで迷惑をかけるのは忍びないわ」

「けど婆ちゃん、だったら誰か当てでもあるのか?」

「それは……だけど……」

「慣れてねえ奴が話を考えても時間がかかるだろうし、それに考えただけじゃなく、それをガキどもに演じさせなきゃならねえんだぞ。だったら早目に考えてくれそうな人材に当たる方が効率が良いだろ」


 まったくもって正論しか言わない彼に誰もが抗おうとしない。


「あ、で、でも小説の執筆活動とか忙しいのではないでしょうか!」


 そこへ繭原さんが割って入ってくる。


「っ……それもそっか。不々動、忙しいか?」


 正直に言って忙しいと言えるだろう。

 一応初稿――最初に書き上げた原稿を日中さんに提出する〆切も決まっている。

 時間を見て書き上げているが、それほど余裕があるわけではない。

 ただ考えてみると、合作の意見を出したのは僕自身だ。

 何だかこのまま丸投げをするのは悪い気持ちだってある。

 それに何よりこうして誰かに頼られるというのは…………悪くない。


「……珠乃」

「ん? なぁに、にぃやん?」

「珠乃は自分が作ったお話でお遊戯してもいいんですか?」

「んーとねぇ、たまはね、にぃやんのおはなしがスキだよ?」

「そう、ですか……」


 妹がそう言うのでしたら、兄としては期待に応えないといけないですね。


「……分かりました。まだまだ若輩者ですが、合作の内容を考えさせて頂きます」

「!? マジでいいのか? さっきは何も考えずに頼んじまったが、忙しいってんなら無理しなくてもいいぞ?」

「お気遣いありがとうございます、伏見くん。ですが他人事でもないわけですし。それに自分が作った話で、この子が活躍してくれるのであれば、それはとても良い思い出になりそうですから」


 執筆作業も、もう少し時間を詰めてやりくりすれば問題はないですしね。多分ですが。


 また口にしたことも心の底からそう思ったことだ。

 自分が作った物語を最愛の妹が演じるのならやりがいはある。


「ただ千志くんたちが納得いくものを本当に作れるかは正直自信ありませんが」

「んなもん当たり前だろ。自信しかありませんとか言う奴なんて逆に信じられねえし」

「もうトラちゃんたら……。あのね不々動くん、こっちから頼んだっていうのはあるけれど、そんなに気負わずに取り組んでくれたらいいと思うのよ」

「伏見先生……」

「それに別に一人で考えるんじゃなくて、私たちとかも案だったら出せると思うし」


 他の先生たちも見れば、全力で支えますと言ってくれた。

 こうまで言われたら頑張るしかない。


「……分かりました。ではさっそく今日から考えてみます。何か面白そうなネタがあったら教えてください」


 その場にいるスマホを持っている人たち全員と連絡先を交換した。

 元々数えるほどしか登録されていないアドレス帳が、ここ最近急激に増えた気がする。

 こうして僕は、【いちご組】の演劇種目である『マッチうりの少女』と『泣いた赤鬼』の合作を請け負うことになったのであった。







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