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「こら、我儘言うんじゃないの。それにちゃんとってどういう意味なのさ?」


 千志くんのお母さんが注意がてら聞く。


「ちゃんとはちゃんとだ! コイツらおんなたちはもとのハナシとぜんぜんちがうことをやるみてえだけど、おれはもとのとおりにやりてえ! な、おまえら!」

「うん! ぼくもせんくんといっしょ!」

「はいはーい! ぼくもそれがいい!」


 さすがはリーダーなのか、彼の意見に次々と男の子たちが賛同していく。

 この流れは非常にマズイのでは……?

 さすがに短縮した時間で、ちゃんとした原作をやるのは難しい。


「う~ん、でもせんくん。もとのおはなしだと、アオオニがかわいそーだよ?」

「けどテレビじゃちゃんとしたヤツやってたじゃん。おれはアレがいい」

「そっかぁ。そーだよね!」


 ああ、そこはもう少し強く推して千志くんの意見を変えてもらいたかった。

 保護者の人たちも収拾がつかないことになりそうな雰囲気にタジタジである。


「あ、あのね千志くん。先生たちもちゃんとしたものをやらせてあげたいけど、時間が足りないのよ。それにね、最後はハッピーエンドの方がほら、楽しいじゃない? 先生たちも頑張ってお話を考えてみるから」


 担当の先生がそう千志くんだけでなく、他の男の子たちにも言い聞かせるように発言する。


「ヤだ! おれたちはちゃんとしたヤツがやりてえの!」

「そうだそうだー!」

「いいぞせんくぅん!」


 どうやら男の子たちに心変わりをさせないと、演目自体不可能になってしまいそうだ。

 親たちも我儘を言うな、と静かにするように注意するが、子供たちはどんどんヒートアップしていく。


「だあもう! うっせえぞお前ら! 時間が足りねえから無理だっつってんだろ!」


 そこへ保護者の代わりに怒鳴ったのは伏見くんだ。


「うっせ、チビトラ!」

「んだとこら千志、今何つった!」

「へーんだ! チビトラがおこってもこわくねえしー!」

「はあ? 上等じゃねえか。おい不々動、コイツらに大人の怖さってもんを教えてやれ」


 ……え? 自分ですか?


 いきなり振られて驚愕してしまう。

 ていうかそこは伏見くんが大人の凄みというものを見せつける場面では……。


「あ、あの……伏見くん?」

「んだよ不々動。いいぜ、融通の利かねえガキどもに社会の厳しさってもんを――」

「へんっ、じぶんじゃなにもできねえんじゃん」

「トラくんカッコわるいぞー!」

「トラせんせはおこってもこわくないしねー」

「あーんでも、そんな他力本願なトラちゃんも可愛いぞー」

「うんうん、かわいいかわいい!」

「チビトラのおんなおとこー」

「うっせえーよっ! 俺はれっきとした男だ! あとどさくさ紛れに参加してんじゃねえぞアネキッ!」


 うん。途中、ずいぶんと流暢な発言が聞こえたと思えば、やはり伏見先生だったようだ。

 そこから男の子+伏見先生 VS 伏見くんの不毛な言い争いが続く。


 そしてしばらくして――。


「ああ……クソだるい。もう寝たい。お家帰りたい」


 子供たちの圧倒的なパワーに押し負けたのか、伏見くんは真っ白に燃え尽きたように壁に寄り添っていた。


 お疲れ様でした、伏見くん……。

 しかし冗談ではなくこれは困りましたね。


 妥協案について、女の子たちからは反対の意見は出ていない。

 だが男の子たちは原作をしっかりと演じたいという話が出てしまい、どうすればいいか大人たちが困惑してしまっている。


 さすがに原作をそのまま短い時間で行うのは無理だ。

 となれば男の子たちに妥協してもらうしかない。

 ただ妙に頭の回転が速い千志くんが相手では、生半可なことでは納得してくれなさそうである。

 それこそ彼の意見をも取り込んで、かつ妥協できるだけの案があればいいが……。


 …………時間内に二つの劇。女の子たちは話の内容より、マッチうりの少女という役ができれば問題ない様子。そのため話を変えても反対意見はない。対して男の子たちはできることなら、あまり原作を変えるような内容はNG。いや、たとえ変えても納得できる内容が必要。

 限られた時間の中で二つの劇を行い、かつ千志くんたちが納得できる『泣いた赤鬼』の演劇が求められる。


 でもそんな都合の良い…………っ!


 その時、不意にある方法が脳裏に浮かび上がった。

 ……いや、確かにこれなら内容次第で男の子たちも納得してくれるかもしれない。

 ただ問題が一つ。…………だとしても今はコレが最善のような気がする。

 僕はスッと右手を挙げた。


「? 確か不々動悟老くん、でしたね。どうかされましたか?」


 園長先生の声で、皆が僕に注目する。


「僕から一つ提案があります」


 皆が静まり返り、そして園長さんが「どうぞ」と促してくれた。


「限られた時間の中、二つの劇をそれぞれ子供たちが納得のいく形で行うのは難しい。なら――」


 僕は少し間を取ったあと、静寂を破るように言葉を繋いだ。


「――二つの劇を一つに合作したものを演じるというのはどうでしょうか?」












 …………空気が重い。


 というか誰も喋らないので、まるで時間が止まった中、一人だけ意識がある奇妙な感じだ。

 そんな中、やはり皆の代表として園長さんが口火を切る。


「合作……? それは『マッチうりの少女』と『泣いた赤鬼』の、ですよね?」

「はい、その通りです」


 僕が認めた直後、一気に室内がざわつき始める。


「合作? 二つを一つ?」

「どういうこと? そんなことできるのかしら?」

「でも二つの劇を行うよりは効率が良いかも」


 などと保護者の方々がそれぞれの思いを口にしていく。

 そこへ大きな咳払いが響き、その主である伏見くんに今度は視線が集中する。そして彼は詳しい説明をしてくれと僕に催促してきた。


「今まで会議で出た話をもとに考えました。現実問題、二つの劇を短縮して行うことを子供たちは良しとしません。特に……男の子たちは」


 僕が千志くんたちに視線を送るとウンウンと唸っている。


「ここで我慢しろと注意し、原作を改稿した劇を行わせることはできますが、先生や保護者の方々も出来得ることなら、子供たち全員が納得のできる劇をさせてあげたい。違いますか?」

「……ま、まあそりゃあね」

「息子がやりたいって言ってるし、ねぇ」

「これが幼稚園で最後のお遊戯大会だからね。やっぱ……さ」


 やはり口では我儘を注意しても、内心では思う存分好きなことをさせてやりたいと思うのが親だろう。少し甘いかもしれないが、僕だって珠乃のことを思うと強く言えない。


「どうやら女の子たちは『マッチうりの少女』を原作通りにやらなくとも、少女の役目を重視しているというか、マッチうりの少女の役になれれば満足のようです」


 今度は女の子たちに視線を向けるが、彼女たちもコクンと首肯して僕の言っていることが正しいと証明してくれる。


「ですから『泣いた赤鬼』を主軸とした、まったく新しい――オリジナルの『泣いた赤鬼』をやればいいのではないでしょうか?」

「オリジナル? おい不々動、それはつまり『泣いた赤鬼』にマッチうりの少女が出てくるような内容にするってことか?」

「その通りです、伏見くん」

「へぇ……なるほどね」


 伏見くんは口元に手をやって一つ頷く。

 保護者の方たちも、「それなら……」や「確かに……」などと賛同する声がちらほら上がってくる。

 よし、保護者の方々には好感触のようですね。しかし問題は――男の子たちです。


「……千志くん」

「うぇ? お、おれ?」

「はい。千志くんはどうしても原作……もとの話通りに劇をやりたいですか?」

「お、おう。そりゃしたいけど……」

「それはどうしてですか?」

「どうしてって……アオオニがこう、こどくでカッコイイし?」


 なるほど。あの青鬼が孤独でカッコ良く見えるんですね。それはまた変わったものの見方です。

 千志くんはアニメや漫画で、主役よりも孤高な戦士とかを好きになるタイプなのでしょう。


「孤独は確かにカッコ良いかもしれませんね」

「! だよな! さすがアオオニににてるだけはあるぜ!」

「ですが」

「へ?」

「……ですが話の作り方によっては、青鬼はもっとカッコ良くなるかもしれませんよ?」

「も、もっと?」

「はい。もっとです」

「むぅ…………そんなハナシにできるのかよ?」


 何とか食いついてくれましたね。

 あとは話の内容だけに焦点を絞ることができる。


「もしできるとしたら、それで納得してくれますか?」

「………………おまえらはどうおもう?」

「う~ん、ぼくはべつにいいよ」

「りんくんはね、それおもしろそうっておもう!」

「よくわかんなーい。でもみんながいいならいい!」


 男の子たちの意見を聞き、千志くんは「そっか」と首を縦に振る。

 そしてジッと僕の眼を見つめてきた。


「――――じゃあそれで」


 ホッと息つく瞬間だった。

 まだ問題はあるものの、ひとまず無理難題だけは通り過ぎることができたようだ。

 安堵したのは僕だけでなく、先生たちは特に胸を撫で下ろしている。

 本当にご苦労様ですという言葉を送りたい。

 こんなふうに毎回子供たちからの意見に対し真剣に取り組み解決策を探し続けてきているであろう大人たちに尊敬の念を抱く。


「それでは話を纏めましょうか。【いちご組】は、『マッチうりの少女』と『泣いた赤鬼』の二つの話を合わせたオリジナルストーリーで演劇を行うということでいいでしょうか? 女の子たちもそれでいいかしら?」

「「「「はーい」」」」


 男の子たちと違って、まだ子供でもどこか現実主義者というか理性的なのかもしれない。それだけがまだ救いだった。

 仮に女の子たちまでもガッツリ『マッチうりの少女』をやりたいと口にしていたら、それはもう本当にどちらかを諦めてもらうしかなかったところだ。


 保護者の方々も合作には期待を込めた頷きを見せてくれた。

 話の内容は、すぐに先生たちが考案して園児たちに伝えることを約束して、第三回保護者会議は幕を下ろしたのである。







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