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家に帰ると、お婆ちゃんが家の掃除をしていたので、その手伝いをしたあとに畑の様子を見に行った。
カラスなどの外敵の被害に遭っていないかを確かめるためである。
どうやらその心配もなさそうだ。
お爺ちゃんがたまに様子を見てくれているようなので助かっている。
お婆ちゃんと一緒に昼食の準備をし、珠乃無しの三人で食卓を囲う。
二人には学園でのことを聞かれたが、特に変わったこともないことを告げる。
お爺ちゃんは「つまらん」と言い何を期待しているのか知らないが、お婆ちゃんは「また一年、怪我無く頑張るのですよ」と激励をくれた。
昼食を終えると自室へ向かいパソコンの前に座る。
今日は平日にもかかわらずたくさん執筆活動ができるので嬉しい。
僕は『小説家になれぃ!』のマイページを開き、一応今夜予約投稿していることを確認する。
しかしマイページを開いた瞬間に目を引いた部分があった。
このサイトは、小説の感想欄の他に読者が作者とコミュニケーションを取れる手段がもう一つある。
それが《ダイレクトメッセージ》だ。
感想欄は誰もが確認できるが、《ダイレクトメッセージ》は送った本人と送られた者にしか閲覧することはできないようになっている。
多華町先輩も最初は感想欄の方に感想を書いてくれていたが、今では《ダイレクトメッセージ》かスマホに直接送ってくれていた。
そんな《ダイレクトメッセージ》の欄に『一件、メッセージがあります』と記載されていたのである。
また多華町先輩かなと思いクリックして確かめてみた。
しかし相手は何故か〝運営〟からだったのだ。
「む? 珍しいですね。何も違反はしていないと思いますが」
仮に運営の規定するルールを逸脱した行為をすれば、運営からまず注意勧告が行われる。あまりにも苛烈な違反をした場合は問答無用で登録を抹消されてしまう。
しかし自分が何か違反した記憶はないのだ。
何かサイト全体の更新などの情報であれば、わざわざ《ダイレクトメッセージ》を使わずホームページにその旨を伝える文字やバナーなどが設置される。
つまりこれは個人的な要件があるということ。
僕は運営からのメッセージを開き、中身を確かめた。
『いつも小説家になれぃ! をご利用頂き、ありがとうございます。運営の井山と申します。突然のご連絡、失礼いたします。この度「株式会社激熱文庫 日中 縁里」様を名乗る方より書籍化のお申し出がございました為ご連絡いたしました』
……へぇ、書籍化ですか。…………へ?
どこか他人事のような感覚で流し読みをしていたのだが、驚くべきワードが記載されてあり思わず仰天して言葉を失う。
「しょ、しょ、書籍化? いいえ、何かの間違いでしょう。こうして目を擦り、再度ちゃんと確認してみましょう」
自分が明らかに動揺しているのが分かる。
何せあまりにも現実離れした衝撃だったから。
しかし何度読み返しても、どう見ても見間違いという想像は却下された。
「し、しかも激熱文庫って、大手の出版社じゃないですか……!?」
ライトノベルを買うなら激熱文庫と称されるほどの実績を持つ会社だ。アニメ化された作品も数多くあり、僕も何作品も読破させてもらっている。
まだ思考が定まらぬ状態のまま続きを読むと、その〝日中さん〟とやらからのメッセージが届いているらしく、ここに記述しておくとのこと。
『不動ゴローさま。初めてご連絡させていただきます。私、激熱文庫という出版社にてライトノベルを中心とした小説の編集をしております、日中と申します。突然のご連絡、大変失礼いたします』
文面を読んでいくだけで心臓の高鳴りが激しい。
『不動ゴローさまが『小説家になれぃ!』さまにてご連載されている『異世界の十眼使い』、個人的にも楽しく拝読させて頂いております』
たとえ嘘でもそう言ってくれるととても嬉しい。
『今回ご連絡をさせて頂きましたのは、こちらの作品につきまして、弊社より、書籍として刊行をさせて頂くことは可能でしょうか? ということです。』
……本当の話、なのでしょうかこれは……。
確かにこのサイトにて、出版社から声がかかり書籍化したという話は初ではない。
ただまだ数えるほどであり、まさか自分に声がかかるとは到底考えていなかった。
人気でいえば、自分の作品は累計ランキング上位にも入っていない。
最近読者さんが増えてきているのは事実だが、まさかこのような話が舞い込んでくるなど誰が思っただろうか。
『もちろん一度ご挨拶かたがたお話をさせて頂いた上でご検討、という形でも構いませんので、前向きにお考えいただければ大変幸いでございます。疑問点等ありましたら、下記のメールアドレスはもちろん、お電話でも承れますので、お気軽にご連絡くださいませ。突然のご連絡にもかかわらず、不躾な申し出で恐縮ですが、まずはご返事頂けると嬉しいです。何卒ご検討の程、宜しくお願い致します』
と、日中さんの言葉はそこまでで、あとは会社の名前や住所、日中さんの身分や連絡先などが最後に書かれていた。
すべてを十回ほど読み返したあと、僕は大きな溜め息を一つ吐く。
パソコン画面を凝視しながら、いまだに脳が沸騰しているかのように思考が定まらない。
「…………いや、こういう良い話には裏があると親も言っていましたし」
もしこれが詐欺なら、むざむざと信じてお金をむしり取られかねない。
ただもしこの話が本当なら――。
それもまた可能性としては少ないながらもある話。
「仮に本当だったとして、自分は作家としてデビューしたいのでしょうか……?」
自分はまだ学生だ。
デビューしたとて、ちゃんと仕事人としてやっていけるか分からない。
もちろん書籍化という話自体は嬉しい。
自分の本が世に出るということを夢想しなかったわけではないからだ。
もっと多くの人に読んでもらえるなら何と素晴らしいことだろうか。
ただやはり自分の今の立場ということもある。
「…………ふぅ。まずはお婆ちゃんたちに相談しなければなりませんね」
僕はそう思い、もう執筆する気力もなくパソコンをゆっくりと閉じ、その足でお婆ちゃんのもとへ向かった。
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また短編ですが、【『不死ゾーン』で100万回死んでも戦い続けてたらレベルマックスになっていた ~無能冒険者のリスタート~】を投稿しているので、よろしかったら一読ください。