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………………………………どうしてこんなことになったのか。
今僕は、室内にある視線すべてを釘付けにしてしまっている。
別に注目されるのはハッキリ言って慣れているので問題はない。
ただその視線にもいろいろ種類があるが。
「うわぁ、やっぱたまのちゃんのおにいちゃんっておっきい~」
「まえにいったならのダイブツ? さんみたぁい」
「すっげすっげ! たまののおにいちゃんすっげ!」
などなど、現在僕は多くの幼児たちに囲まれ観光名物のような扱いになってしまっていた。
実際珠乃がバスで帰って来るので迎えに行く度に、バスの中から園児たちから好奇の視線が向けられている。
ただそのほとんどは怯えからくるものだと思って、僕もあまり関わろうとしないでおいたのだが……。
……まさか興味を持たれるとは……。
怖く、ないのでしょうか。この見た目が。
それに保護者の方々も止めに入らない。まあ、以前にもお会いしている人たちばかりなので、少なくとも僕が危険人物だとは思っていないのだろう。
「ほんとーにアカオニさんみたいだねー」
「ちっげえっての! このヒトはアオオニだ!」
「う~ん、どうちがうのぉ?」
「いいか、まずこのめつき! そっくりだろ! それにでっけぇ!」
千志くんが何故か僕の前に立ち、まるで高価な商品を売る商人のような振る舞いで皆に自慢げに語っている。
オークションに出される商品の気持ちってこんな感じなのでしょうか……?
しかしなるほど。『泣いた赤鬼』のせい、いや、お蔭とも言うべきか、あまり恐怖を持たれていないようだ。
それに日頃から珠乃が僕のことを話しているようなので、それも大きな原因だろう。
「もう! だーかーら! にぃやんからはなれて! ゆーちゃんもてつだって!」
「わ、わたしも!? え、えと……せんしくん、ダメ……だよ?」
「うっ!? ゆ、ゆうは! お、おまえにはかんけーねえだろバーカ!」
「ひっ! ご、ごめん……ごめんね……!」
「ああっ! またゆーちゃんイジメてゆ! せんくんのおバカ! だいっきらい!」
ああなるほど。こんな感じで千志くんと珠乃はぶつかっているみたいだ。
ゆーちゃんは、結羽ちゃんといって珠乃の無二の親友である。この前の珠乃の誕生日会にも当然来てくれた子だ。
とても優しく穏やかで、本を読むのが大好きなおかっぱ頭が似合う女の子である。
ただ気が弱いところもあり、相手に強く出られると小さくなってしまう性格の持ち主だ。初めて僕と会った時も失神してしまったこともあり、あれは懐かしい思い出である。
今では少し慣れてくれたようでホッとしている。
「ふ、ふん! べ、べつにおまえにきらわれてもいいし!」
「ぶぅぅぅ! そんなんだかやゆーちゃんにもきらわれてゆんだよ!」
「ゆ、ゆうはにも!? …………へ、へんっ! だ、だからどうだってんだよ!」
というには、今の発言が彼に与えたダメージは大きかったのか、明らかに動揺が目に見える。
なるほど。珠乃に聞いた当初は、千志くんがゆーちゃんに気があり、それでついついからかったり強く言ったりしてしまうのだと予測していたが、どうやらその考えは的を射ていたかもしれない。
今も泣きそうなゆーちゃんを、不安そうにチラチラと千志くんが見ているので、きっとそういうことなのだろう。
「だ、だいたいいっつもおまえはうっせんだよ! 【いちごぐみ】のリーダーはおれだぞ!」
「たまだっておんなのこのリーダーだもん!」
そう。組にはそれぞれ男子女子と一人ずつリーダーが設けられている。
みんなと相談して、この子ならと推薦されるのだ。
「ぐぬぬぬぅ、いつもいつもジャマばっかしやがってぇぇぇ……!」
「いじめっこはダメなんだかやね!」
珠乃と千志くんは二人して火花を散らしている。
男の子にもハッキリ自分の意見を言える強さを見せている姿は、幼い頃のどーくんを彷彿とさせた。
ああいう強気で友達を守ろうとする姿は僕も見習わないといけないかもしれない。
ただそろそろ止めた方が良いだろう。口喧嘩ならまだいいが、エスカレートして掴み合いにまで発展したらさすがに危険だから。
そう思い口を出そうとしたその時、
「ね、ねえ……その、ケンカ……や、やめよ?」
勇気を振り絞って口を出したのはゆーちゃんだった。
「なかなおり……しよ? ね、せんしくんも」
「うっ!? っ…………うっせえよ!」
千志くんを宥めようと近づいてきたゆーちゃんだったが、千志くんに肩を突かれて後ろに倒れそうになる。
千志くんも「あっ」となったが、ゆーちゃんはよろめいて、その先にある壁に激突しそうになった。
だがその時、咄嗟に手を差し出し僕が彼女を受け止めることに成功する。
「……ふぅ。大丈夫ですか、ゆーちゃん?」
「っ…………おにい……さん。は、はい」
良かった。危機一髪。どこにも怪我はしていないようだ。
「――――千志ぃぃぃぃっ!」
まさに怒号。室内の窓が割れんばかりの声が轟く。
発したのは千志くんのお母さんだ。
「こんのっ、バカたれぇっ!」
「いってぇぇぇぇぇぇぇっ!」
今までで一番痛そうな拳骨をくらう千志くん。頭を押さえながら床に蹲った。
「女の子に手ぇ上げるなんて良い度胸だね! あたしゃアンタをそんなふうに育てた覚えなんてないよっ!」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃっ! ご、ごめんなさぁぁぁいっ!」
「あたしに謝るんじゃなくて、ゆーちゃんに謝んなバカ息子! じゃないと今晩は飯抜きだからね!」
「しゅ、しゅみましぇんでしたぁぁぁぁっ!」
さすがの千志くんも生みの親には勝てないのか、公衆の面前で尻叩きを受けながらも必死に涙目でゆーちゃんに謝っている。
そのあとは、繭原一家が総出でゆーちゃんと、その母親に改めて謝罪をしていた。
子供のしたことだからとすぐに事態は収まったが、何というか……。
幸先が不安になるような出来事でしたね……。
そして会議に出席する人たちが全員集い、【いちご組】の第三回保護者会議が始まった。
「――おれは『ないたアカオニ』がいい!」
「ぼくも!」
「りんくんもっ!」
「えぇーっ、『マッチうりのしょうじょ』のほうがいいもん!」
「そうよそうよー」
「こういうときはおとこのこがガマンしてよー!」
会議が始まってすぐに子供たちによる言い合いが始まった。
やはり男の子と女の子で意見がバッサリ割れている。
ただ中には……。
「あ、あのね……ゆーはべつに『ないたアカオニ』でもその……いい、かな」
ゆーちゃんは恐縮しながらも、譲り合う意見を口にする。
「えーダメだよゆーちゃん! わたしたちは『マッチうりのしょうじょ』やりたいもん!」
女の子の意見に、他の女の子たちも賛同する。珠乃もウンウンと頷いていることから、引くつもりはないらしい。
そして園長先生が一度園児たちを静かにさせて、以前出た妥協案について話し出した。
他の組の保護者たちに、時間を短縮した二つの劇を行うという提案を伝えたところ、特に反対意見は出なかったそうだ。
ただ時間配分だけは守ってほしいという条件はちらほらあった。
つまり妥協案ならば無事に演目を行うことができるということである。
「でもそれってすっげえみじかくなんねえ? だったらおれはヤだな。おれはちゃんとした『ないたアカオニ』をやりてえ」
そこへ不機嫌そうな顔で言葉を発したのは千志くんだ。
やはりその不満が出たかと、大人たちの表情が暗くなる。
短くするなら、どうしても内容を削る必要が出てくるから、そういう不満が出る可能性は考えられていた。
そう、以前伏見くんと一緒に懸念したことがやはり表に出てしまっていた。
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