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 …………はぁ。


 私は自室のベッドに座りながら、右手に持っているスマホをじ~っと見つめていた。

 無意識に溜め息が出たのは、自分の不甲斐なさからである。


「ああもう。何で私ってばサクッとメールとかできないんだろう……」


 スマホの画面に記されているメールの送信相手に『不々動悟老』の文字が刻まれている。

 別にメールをするのが初めてではないが、それでも毎回送信、もしくは受信ボタンを押すのは躊躇われてしまう。


 それもこれも生まれながらの気の弱さからだ。

 何度も何度も送る文章を見直し、少しでも相手が不快な思いがしないように気を配る。

 もう十二回も見直したというのに、それでももう一度と確認してしまう。


 たとえ誤字脱字があろうと、不々動くんは気にしないのは分かっている。そんなことで気を悪くするような人でもないことも。

 だからあとは送信ボタンを押すだけ。

 それでもこんな時間(午後八時)にメールしても大丈夫かなと考えてしまう。


「……こんなんじゃダメ、だよね」


 ここは勇気を出して送らなきゃ。

 だって明日は、前回に引き続き【おおわかば幼稚園】の保護者会議があるのだから。

 結局妥協案以上のものは私には浮かばなかったけれど……。

 明日についてお世話になるといったようなメールを送る。


「むむむぅ……。押すだけ……押すだけ……押すだけぇ……」


 ダメだ。ついつい力んで指が動かなくなってくる。まるで石化の魔法にでもかけられたかのようだ。


「――――――なにやってんのさ、ねえちゃん」

「ひゃあぁぁぁぁっ!?」


 突然聞こえた声に身を竦ませながら叫んでしまう。

 自分を驚かせた声の主を見ると、そこには我が家のやんちゃ坊主くんがいた。


「せ、せ、千志ぃっ!?」

「~~~っ、こえでけえよ、ねえちゃん!」


 顔をしかめつつ耳を押さえている四歳の少年。

 私が羨ましいと思うくらいサラサラヘアーで、艶の良い肌をしている。まあ子供だから当然かもしれないけれど。

 それでもずっと触っていられるほどに心地好い髪は素直に嫉妬してしまう。

 これで日焼けの〝ひ〟の字も知らないほど白い肌なのだから、まさに小さな王子様のようなルックスだろう。


 しかしこの子――繭原千志(せんし)は若干目つきが悪い。というか眼力があるというのか。これはお父さんからの遺伝だ。お父さんも鋭い目つきをしているから。

 そういえば不々動くんも目力凄いんだよねぇ。あの眼で見つめられると照れ臭くなって何も言えなくなるし。それに声もこう私のお腹に響くんだよね。それがまた心地好くて……。


「……おいっ、ねえちゃん!」

「ひゃっ!? え、え、えっと……どうしたの?」

「どうしたのじゃねえって。かあちゃんがさっさとフロに入れってさ」

「あーごめんね。それを知らせに来てくれたんだ」

「そーだよ。ったく、いまゲームどうがをみてたところだったのにぃ」


 千志が言うゲーム動画というのは、現在世界最大の動画共有サービス――『GoodTube』で配信されている動画の一つだ。

 何でも『グッドチューバ―』と呼ばれる人たちが、様々なゲームを攻略しながら実況しているコンテンツがあり、それを多くの視聴者たちが観ている。


 千志もまたその中の一人だ。

 ただこの動画共有サービス。今やテレビに匹敵するほどの視聴率であり、時代は『GoodTube』とさえ言われている。


 ここでお金を稼ぐ『グッドチューバー』も出てきて、子供たちの将来の夢の選択肢の一つとなっているのだから驚きだ。


 千志も『グッドチューバー』になりたいって言うけれど、お姉ちゃん……できれば普通に外で働くような仕事をしてほしいなぁ。


 だってゲームやってお金稼げるなら最高じゃん、って安易な考えを捨ててほしいから。


 お姉ちゃん、そんなに甘い世界じゃないと思うんだけどなぁ。


 まあとにかく千志の将来の夢はまた今度でいい。


「ごめんね。もうすぐ入るから」

「はいよ。ところでねえちゃん、さっきからスマホみてなにしてんの?」

「え? あ、その……何でもないから」

「えぇー、なにかかくしてんだろ? ……あ! もしかしてこいびとかぁっ!」

「こ、ここここここ恋人ぉっ!?」

「まえにかあちゃんがいってたしな。ねえちゃんにはすきなやつがいるって」


 ちょっ、お母さん! 本人の許可もなく何言ってるのっ! しかも弟にぃっ!


「どんなやつ? カッコイイ?」

「だ、だからお姉ちゃんは誰とも付き合ってなんかないよ!」


 もう! まだ五歳なのに、何で最近の子はこんなにマセてるの!


 実は幼稚園に行った時、伏見くんと話してたら、園児たちが付き合ってるんだとか言ってからかってきた。

 私はあたふたしてしまったが、伏見くんはさすが慣れているのか淡々と否定していた。


「ふ~ん、でもすきなヤツはいるってこと?」

「すっ……しょ、しょれはどうかなぁ~」

「うわ、ねえちゃん……わっかりやすぅ」


 あ~んもう! ポーカーフェイスを気取ったつもりだったのにぃ!


 ここは話題を変えるしかない。







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