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「――なるほど。それはずいぶん拗れた感じになっているわね」


 目の前で多華町先輩が眉をひそめ困った様子を見せている。

 日曜日の保護者会議の翌日。そこで話した内容を、放課後に生徒会室で相談に乗ってくれた多華町先輩と柴滝姉妹に話した。

 三人もとりあえず妥協案を押すという事実に難しい顔をしている。


「う~ん、ねえねえ悟老くん。悟老くんはその妥協案についてどう思うのかなー?」


 秋灯さんが右手の人差し指を自身の唇に押し当てながら尋ねてきた。


「そうですね。いろいろ案は出ましたが、一番現実味のあるものかと」

「そーじゃなくてー、悟老くんは妥協案で良いって思ってる?」

「え……それは……」


 言い淀んでしまう。現実的にそれしか可能性がないと判断されても、やはり妥協という言葉がついた案はよろしくない……と思ってしまう。


「秋灯、そう言うのならあなたは何か良い案でも浮かんだの?」


 秋灯さんの姉である夏灯さんの言葉が秋灯さんに突き刺さり彼女は「あーえへへ」と言ってそっぽを向く。

 どうやら秋灯さんは良い案は浮かばなかったようだ。


「そ、そういうお姉ちゃんはどーなの!」

「幾つか考えてはみたけれど、やはり安定的なものは先程悟老くんが教えてくれた二つの劇を短縮して行うでしょうね」

「ん~お姉ちゃんでもそれかぁ~。でもまぁ、子供たちが納得するならそれでもいいんじゃない? 子供たちの反応は? 悟老くん?」


 彼女たちに今度子供たちも交えて会議を行うことを伝えた。


「そっかぁ。時間も差し迫ってるみたいだし、じゃあ次でいろいろ決まっちゃうんだね。……何だかドキドキするね」

「不謹慎よ秋灯。【おおわかば幼稚園】の人たちや悟老くんは真剣に悩んでいるのだから」

「はーい、ごめんなさーい」


 夏灯さんに注意され可愛らしく赤い舌をペロリと出す。こういう仕草が似合うあざとさは、彼女ならではだろう。

 そこへノックが響き渡り、多華町先輩が入室許可の返事をする。

 教師が一人やってきて、少し資料運びを手伝ってほしいとのこと。

 そこで秋灯さんと夏灯さんが名乗り出て、教師と一緒に部屋から出て行った。


「先行き不安だけれど、きっと珠乃さんのマッチうりの少女は可愛いでしょうね」


 暗鬱になっていた空気を一掃するかのように、明るい声で多華町先輩が話を変えてきた。


「もちろん当日はビデオカメラで撮影するつもりです」

「ふふふ、いいわねきっと珠乃さんも喜ぶと思うわ。……それって私も見に行ってもいいのかしら?」

「関係者の知り合いということでなら恐らく許可は出るかと。珠乃も先輩に応援してもらえればもっと頑張れると思いますから大歓迎です」

「それは嬉しいわ。確か5月の末なのよね?」

「はい。ですからもう一月ない、ですね」


 幼稚園児が行う催しものだから、ハッキリ言ってレベルは高くない。

 二週間もあれば保護者達に見せられるくらいのクオリティには届く。いや、たとえ完璧に仕上がっていなくとも、園児たちがみんなで何かを披露するという事実が大切なのだ。

 それだけで保護者は満足するものである。

 しばらく沈黙が続く。何か発しようと思うが、タイミングが見つからずに僕は押し黙ったままだ。


 そこへ不意に多華町先輩が口火を切る。


「…………ごめんなさいね、大した力になれなくて」

「! いいえ。考えてくださっただけでも嬉しいです。ありがとうございます」


 僕は座っていた席から立ち上がり頭を下げる。


「でも……これは清掃活動に手を貸してくれた恩返しなのに。はぁ……とても中途半端だわ」


 自分が力になれないことが悔しいようで、多華町先輩は下唇をギュッと噛み締めている。

 そこまで真剣に向き合ってくれただけで本当にありがたい。

 たとえ良い案をもらえなくても、僕は彼女に……いや、彼女たちに感謝しかない。

 どうにかして多華町先輩の申し訳なさそうな表情を崩したいと思い、ある報告をし忘れていたことを思い出す。


「そ、そういえば決まりました」

「? 決まった? ……それは幼稚園のことではないのよね?」

「ええ。決まったというのは自分の作品を担当してくださるイラストレーターさんです」

「!? ホンマに! だ、誰なん! ああ、私が聞いてもいいん?」

「はい。周りに吹聴しなければ。それに自分は先輩を信じてしますので」

「っ…………あ、ありがと」


 僕の言葉が気恥ずかしかったのか、彼女は頬を紅潮させてモジモジする。

 そして僕は愛田もこ先生のことを告げた。


「ホ、ホホホホンマなんそれっ!? あ、愛田もこっていえば、あ、あ、あの『ザ・テイルズ』シリーズでキャラデザを担当して一躍人気になった人やんか!」

「先輩もご存知でしたか?」

「もちろんや! ……おほん。当然よ。『ザ・テイルズ』シリーズといえば、今や三大RPGと言われる大作なのよ?」


 その通り。すでに十作以上も続いている超人気RPGなのだ。

 アクション性の高いリアルタイムバトルを、3Dを使って初めて表現したのがこのゲームなのである。

 格闘ゲームのような感覚で楽しめるので、発売して瞬く間にトップクラスの地位を獲得した。


「しかもあなたのファンだったのね。まったく……世間は狭いわ」

「自分も驚きました。しかしとても気さくでユニークな女性でしたよ。自分も好きになりました」

「っ……」


 む? あれ? 笑顔だった先輩の表情が固まりましたね?


「…………不々動くん?」

「は、はい」


 何やら無意識に逆らってはいけないような雰囲気を彼女から感じる。

 錯覚かもしれないが、先輩の身体から黒いオーラが出ている……ような気がするが。


「……愛田先生って女性なのね?」

「そ、その通りですが……」

「気さくでユニーク…………そういう女性が、鈍感で朴念仁の不々動くんのお好みなのかしら?」


 ど、鈍感? 朴念仁? 

 何だかいきなり凄いことを言われている気がするんですが……!


「え、えっと……その、愛田先生は魅力的な女性だと思いますが」

「ふ、ふぅん……そう。………………私は?」

「へ?」

「私は魅力的な女性なのかしら?」

「?」

「ど、どうなのかしら?」

「そ、そうですね。自分の主観によりますが、多華町先輩は魅力溢れる人だと思いますよ」

「っ!? へ、へぇ……た、たとえば?」

「たとえば、ですか? そうですね……」


 何やらジーッと穴が開くほど見つめ……いや、睨みつけられている?


「幾つかありますが、やはり頼りになるところでしょうか。こうして自分も何かにつけて頼らせて頂いているので」

「た、頼り……ね。むぅ……」


 あれ? どこか不満そうだ。何か間違ったことでも言ったのだろうか。


「も、もちろんそれだけではありません。多華町先輩は凛々しくて美人ですから、男の人だけでなく女の人の憧れでもあると思います」

「び、美人なんてそんな……ややわいきなり」

「それに凛々しいだけでなく、好きなものを語る時の先輩は無邪気な子供のように可愛くて、それこそ自分も見惚れてしまう時も多々ありまして」

「か、かわっ……!?」

「それに以前作って頂いたお菓子だって、お店に出せるくらい美味しかったです。気が利いて料理もできるなんて、将来は旦那さんが自慢できる素晴らしいお嫁さんになれると思いますし、それに――」

「もっ、もうええからっ!」

「え?」

「ちょ、ごめんて……もうええし、これ以上はこっちがもたへん……っ」


 見ればいちごのように真っ赤な顔をした先輩は、苦しそうに胸を左手で押さえ、右手で顔を覆っていた。

 しかも小さい声で「お嫁さん……お嫁さん……お嫁さん……お嫁さん……」と、念仏のように繰り返している。


「! あ、あの先輩……?」

「ちょい待って! 今こっち見んの禁止! ほら、向こう見といてっ!」

「は、はい!」


 僕は言われた通り、多華町先輩が指差した僕の背後……つまり扉がある方へ身体ごと向く。

 しばらくすると「……もういいわよ」と振り返る許可を得た。


「……だ、大丈夫ですか?」

「え、ええ、問題ないわ。それにしても……本当にあなたって人は……まったく」


 まだ若干顔が赤いが、怒らせてしまったのではと謝ろうとするが……。


「ああ、別に怒ってなどいないわ。あなたのことだから今謝ろうとしたでしょう?」


 さすがは先輩。ガッツリ先読みされているようだ。


「おほん。……少し脱線したわね。とにかくイラストレーターが決まって喜ばしいことだわ。おめでとう不々動くん。あの方なら、きっと素晴らしい絵を描いてくれるでしょうね。私も楽しみにしているわ」

「ありがとうございます。まだ完成には先になりますが」

「今は原稿を仕上げている途中なの?」

「あ、はい。ようやくプロットが完成したので、そちらに沿って書き上げています」

「ということはネットと違って書き下ろしもあるのね」

「登場するキャラクターには変わりありませんが、終盤に盛り上がるように山場を作りました」

「それは楽しみだわ。ネットの流れも面白いけれど、プロとして渾身を込めた物語がどのようになるのか、いちファンとして待ち遠しいわね」


 そう言いながら多華町先輩がチラリと部屋に飾っている時計を一瞥する。


「そろそろ終わりましょうか。あの子たちももうすぐ戻ってくるでしょうし。途中まで一緒に帰りましょうか?」

「……いいんですか?」

「私がいいと言ったらいいのよ」


 こうなったら何を言ったところで無意味なのは分かっている。

 注目を浴びるのを覚悟で、僕は「はい」と頷くしかなかったのであった。







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