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「――ほらよ」


 伏見くんからペットボトルのお茶を受け取った。

 現在、僕は会議が終わって伏見くんと二人で園内の砂場付近にあるベンチに腰掛けている。

 お婆ちゃんと繭原さんと彼女のお母さんは園長さんと話があるらしく、先の会議室で話しているらしい。


「ありがとうございます。頂きます」

「悪いな、うちの園で面倒かけちまって」

「いいえ。珠乃がお世話になっていますから。兄として尽力するのは当然です」

「……お前ってもしかしてシスコン?」

「どうでしょうか? ただ自分は珠乃が誰よりも幸せだと嬉しいですし、そのためならこの命をいくら使っても問題ないといったくらいですか」

「十分にシスコンだよそりゃ」


 そうなのだろうか。世の中の兄が妹の幸せを守るのは当たり前のような気がするが。

 しかし呆れたように肩を竦めてお茶を飲む伏見くんを見ると、やはり彼の言う通りなのかもしれない。


「けど珠乃とお前、ぜんっぜん似てねえな」

「はい。それは本当に喜ばしいことです」

「は?」

「だって自分と似ていたら可哀想ですから。ほら、自分はこんな見た目ですので」

「あー……そういうことか。けど俺が言ってんのは性格のことだよ」

「性格……ですか?」

「おう。俺もそんなに触れ合ってるわけじゃねえけど、園を手伝っているうちに会話くれえはするし、珠乃が他の子たちとどう接しているかもみる。アイツ、すっげえ友達いっぱいいるし、行動も活発だしな。まあ初対面の人間に対しては人見知りを発動するみてえだけど、そいつが悪い奴じゃねえって分かるとすぐに仲良くなるし」


 確かにそういった面でいえばまったくといっていいほど僕と似ていない。

 基本的に僕は自分から初対面の人間に話しかけることはないし、仲が良いと思えるような友人は一人もいない。


「きっとそこは兄に似たんだと思います」

「えっ、お前……兄貴いるの?」

「……ええまあ」

「…………もしかしてワケアリ?」


 僕はその言葉を聞いて素直に驚いた。

 今の僅かなやり取りで、どうして分かったのだろうか。


「悪いな。聞いてほしくないことだったか?」

「ああいえ……実は、兄はすでに他界していまして」

「……そっか」


 伏見くんは若干顔を伏せる。


「……多分、良い兄貴だったんだろうな」

「え?」

「お前は良い奴だしな。だから何となくそう思っただけだ」

「……自分がどうかは分かりませんが、そうですね……どーくんは……兄はとても優秀で、皆に好かれる笑顔がとても似合う人でした。どこか……伏見くんに似ています」

「俺に? どこがだよ。俺はボッチだぞ? みんなに好かれるような奴でもないし、むしろ他人をできる限り排除したいまであるしな」

「雰囲気と口調が似ているんです。こうして伏見くんと話していると、たまに兄と被って見えます」

「ふぅん。だったらもう少し背が伸びてほしいよ。兄貴もでけえんだろ?」

「自分よりも大きかったですね」

「うわ、マジかよ。羨ましいこって。……ま、んなことはどうでもいいけど、今回の問題、上手く解決できると思うか?」

「………………結局のところ、子供たちが納得できるかによると思います」

「だよなぁ。最近のガキはワガママだしな。しかも親がそれを容認する場合が多い。教育現場で働く奴らは大変だ」


 それはきっと身近で先生たちを見てきた伏見くんだからこそ言える言葉だろう。

 昔は子供がワガママを言えば、ちゃんと叱って時には体罰も交えて注意をした。

 しかし今それをやれば社会問題にまで発展する。裁判沙汰になることだってあるのだ。

 先生たちにとっては窮屈で困難な時代だと思う。


「伏見くんは将来この園で働くんですか?」

「あ? やだよ。他人のガキを教育できるような器なんてねえし俺」

「確かお姉さんも教師ですよね」

「うちの家族は全員が教育現場で働いてるよ。親父は大学の准教授だし、お袋は今日は来てなかったけど園で保母やってるし、婆ちゃんは園長だしな。爺ちゃんも死んじまったけど、生きてる時はここの園長だったし」

「……ではこの園は伏見くんのお爺さんが建てたんですか?」

「いや、建てたのは爺ちゃんの友人だったらしい。爺ちゃんは一緒にここで働いてたけど先にその友人が死んで、その後を爺ちゃんが継いだってことだ。んで今は爺ちゃんのあとを婆ちゃんが引き継いでる感じ」


 つまり生粋の教育一家らしい。父や母ではなく、祖父母まで同じ教育者というのは結構珍しいのではなかろうか。


「……自分は伏見くんなら良い教育者になれると思いますが」

「は? いきなり何だよ。根拠あるのか?」

「伏見くんは先程の会議で、真っ先に子供たちのことを重視した発言をなさっていました。子供たちのことを真摯に考える人でなければ、あの発言はできないかと思います」

「っ!? ……べ、別にそんなんじゃねえよ。ただあとでガキどもがワーワーわめいたらウザイって思ったからだし」


 照れ臭そうに頬を染めて口を尖らせながらそっぽを向く伏見くん。

 それから何となく沈黙が続く。

 微かに吹く風が僕たちを包み込むように吹いている。

 そんな中、不意に伏見くんが口を開く。


「……やっぱ妥協案しかねえのかねぇ」

「伏見くん?」

「いや……はぁ。お前だって珠乃には中途半端な『マッチうりの少女』をやらせるの嫌だろ?」

「それは……はい」


 当然だ。せっかく幼稚園最後のお遊戯大会だ。

 彼女が全力で笑えるような思い出にしてほしい。


「仮に他の親や幼稚園の許可が出て妥協案にすることになってだ。どんなふうに話を変えるのかも問題だよな。『マッチうりの少女』なんてただでさえ主役が五人もいるしな。それに人数の関係から二つの劇に出る連中だって出てくるだろ? それも問題にならないといいけどな」


 彼の懸念も分かる。

 『マッチうりの少女』で登場した子が、『泣いた赤鬼』に脇役として出る必要もあるだろう。

 そうなった場合、ちゃんと切り替えてセリフを言えるかどうかもそうだが、そもそも二つの劇に出たいという子はいるのだろうか。

 男子と女子とでやりたいことが違うのに、脇役とはいえ子供たちは納得するか疑問だ。


 俺、『マッチうりの少女』なんてやりたくない!


 などと言う子が出る可能性だってある。


「難しいですね。子供を教育するというのは。それに話を変えるといっても、子供たちがそれ自体に納得してくれるかも……」

「もういっそのこと叩かれる覚悟で二つの劇をガッツリやるのはどうだ? 時間配分なんて関係なくよ」

「それは……厳しいでしょうね」

「だよなぁ。ああくそ、こうなったのもテレビでやってた子供番組のせいだ。せめてどっちか一つだけをやっててくれたら良かったのによぉ」

「伏見くんも観ているんですね、『お子様チャレンジ』」

「まあ、ここじゃガキの話題にもついていかねえとならないからな」


 子供番組である『お子様チャレンジ』というのは、集められた子供たちがいろんなことにチャレンジをするというコンセプトだ。

 料理、釣り、スポーツなどなど。

 今回はたまたま劇をやるということになって、『マッチうりの少女』と『泣いた赤鬼』を演じたのである。

 この番組の影響力は大きく、観た子たちは何かしら真似したがるのだ。

 伏見くんの言う通り、どっちか一つの劇をやってくれたらこんな問題を抱え込まずに済んだかもしれない。


「とりあえず次の会議で何かしらが決まるとは思います」

「だろうなぁ。穏やかに事が済めば万々歳なんだが……マジでそう願うわ」


 何かフラグが立ったような気もしないではないが、僕は気のせいだろうと言いたいことを喉の奥へと引っ込めた。


 そしてその日の夕ご飯はとても豪勢だった。

 理由は「ゴローさんにも男友達ができました!」とお婆ちゃんが喜び腕を振るったからである。

 あまりにも大手を振って喜ばれるので、つい友達ではないとは言えなかったのは残念だった。







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