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「ねえ、繭原さんはどう思います? やっぱりあなたのところも男の子なんだから『泣いた赤鬼』の方が良いでしょう?」
繭原さんのお母さんに意見が求められる。
「う~ん、そうだねぇ。うちとしても、当然息子が楽しんでくれる劇をやってくれるのが一番さ。でも二つの劇を行う時間はもらえないんだろう?」
言いながら園長さんの方を見やる。
「ええ、残念ながら、皆さんもご存じの通り、今回のお遊戯大会は老人ホームで行うことが決まっています。さらに参加するのは私どもを含め、三つの幼稚園。私たち【おおわかば幼稚園】が披露するのは二番手であり、与えられている時間も限られていますから。我々だけ、しかも一つの組だけに多くの時間を許せば、きっと他の保護者や子供たちからの苦情もくるでしょうし」
「……じゃあ二つの劇の時間を短くするのはどうだい?」
「なるほど。ですが繭原さん、それだと中途半端なものになりかねません。『いちご組』は最年長であり、今年が最後のお遊戯大会です。出来得ることなら、全員が満足のいく結果を与えてあげたいのです」
それはあくまでも最後の手段にしたいと園長さんは言う。
確かに劇を短くすれば時間内に行うことはできるだろうが、それだとどうしてもセリフなども減り、不満を口にする園児たちも出てくるとのこと。
ただでさえ『マッチうりの少女』などは主役が五人もいるのだ。時間短縮すれば、自ずと活躍できる時間は少なくなる。
保護者の意向もあって、できれば自分の子供たちには思い出に残るような活躍をしてほしいとのこと。
……これは、難しいですね。
限られた時間の中、二つの劇を行い、かつ子供たち全員が納得のいく内容にしなければならない。
もちろん子供たちの中には、あまり目立つのが嫌で主役よりは脇役の方が良いという子もいる。どの世代でも、裏方の方が好きな子はいるということだろう。
ただそれでも女の子はやはり『マッチうりの少女』をやりたいと言うし、男の子は『泣いた赤鬼』をやりたいと宣言している。
また園長さんの言い分も理解できる。
年長として最後の舞台なわけだ。中途半端は可哀想である。
これが来年もあるというのであれば、今年はどちからに譲って来年は残った方を、ということもできただろう。
「……確か去年のお遊戯大会はみんなでダンスでしたよね? 今からでも子供たちを説得して劇から別のものに変えては?」
そんな意見も飛び交うが、それは難しいと園長さんたち職員は言う。
一応そういう案も先生は園児たちに提示したらしい。
劇ではなく別のパフォーマンスでもいいのでは、と。
しかし子供たちは劇をやりたいと口にした。
今、極力子供に我慢をさせない時代に突入していることから、先生たちが強く言い含められないのだ。
保護者の中にも説得を試みた人たちはいる。中には劇じゃなくてもと言う声もあったが、結局は劇がやりたいという意見が多数だった。
何でも最近子供のテレビ番組で、子供たちが集まって演劇をするというものがあったのである。
それは珠乃も大好きな番組で、とても子供たちが行ったとは思えないほどしっかりできた演劇だった。
しかもそれが『マッチうりの少女』と『泣いた赤鬼』だったのである。
本当にテレビ番組は影響力が凄い。
何せ今回劇をやりたいと突っぱねている子たちは全員、その番組を観ていたからだ。
「やはり先に出た二つの劇を短縮させてやらせるしかないのでは?」
それが一番現実的なのだろう。否定したいものの、現状それ以上の良い案が浮かばないので誰も反論してこない。
「…………あの、いいっすか?」
その時、軽く手を上げて発言したのは伏見くんだった。
皆の視線が彼へと向かい、彼は「お、おお」と注目を浴び慣れていないのか若干顔を引き攣らせた。
「何か意見でもあるの、虎大ちゃん?」
「だからちゃん付けは止めてくれって婆ちゃん。えっと……多分、時間内で二つの劇をするってことは他の子供たちやその親にはよく思われないんじゃないっすか?」
「どういうこと?」
「いやほら、普通は一つの劇を組全員が取り組んでお遊戯大会で披露するってことになってるだろ? けど短縮したとしても二つの劇をするのはズルいって声が上がるんじゃないかなぁって思ってさ」
彼の言葉になるほどと頷く人たちは多い。
「まあ普通はそんなこと気にしないと思うけど、そういう親も最近じゃいるらしいし」
沈黙が流れる。
せっかく妥協案として短縮演劇をする流れになっていたかもしれないが、一気にその選択肢は重くなってしまった。
実際そういう声が上がらないとは言えない。
僕たちの目線から見て、どこがズルいのか理解できないが、可能性としては否定できないのが悲しい現実だ。
「それにさ、こうやって大人たちだけ話し合っててもな。やっぱ子供たちもいた方が良いと思う。だって当事者は子供たちなんだしよ」
「それは…………そうね、虎大ちゃんの言う通りかもしれないわ」
「だからちゃん付けは……。ああそれと、せっかく来てくれたんだし、そいつらにも意見聞いてみろよ。なあ繭原、不々動?」
「えっ、わ、わわわわ私ですか!?」
驚く繭原さんに対し、僕も「むぅ」と唸ってしまう。
あまりこういった衆目を浴びる中で発言するのは得意ではないのですが……。
「ほら糸那、ご指名だよ。しっかり意見を言いな」
「お、お母さん……! え、えとその…………私も伏見くんと同じ意見……です。やっぱり子供たちを無視してお話を進めるのはどうかと。あ、いえ! 無視というのは言い過ぎました! ただ……一緒に話し合うことで良い案が浮かぶかもしれないので」
保護者の中にも彼らの意見に頷く者たちが出てくる。
だが当然反対意見も出てしまう。
「しかしながら子供たちがいると逆に自由過ぎて決まるものも決まらなくなる可能性だってあるかもしれませんよ? 子供は好き勝手なことを言いますしね。下手をすればさらに大変な要求をして状況が悪化するかも」
「確かにそうなったら本末転倒になりそうですね」
その言い分ももっともである。
良くも悪くも子供は正直だ。それが実現不可能だとしても、やりたいと思えば口にする。
しかしその場を整えるのは大人たちだ。子供たちの自由発想を丸呑みできないことの方が多いだろう。
「不々動、お前はどう思うんだ?」
やはり僕も意見を述べないといけない空気のようです。
僕は指名を受けたということで席から立つ。
すると保護者のほとんどが僕を見てギョッとする。
今まで座っていたのでハッキリとは分からなかったのだろう。僕がどれほど大きな存在なのかが。
「あ、ちなみにそいつは俺と同じ学園に通ってるクラスメイトっすから」
伏見くんの補足説明が入ると、さらに愕然とした表情を浮かべる人たちも出てくる。
もしかして園児のパパさんだと思ってたんですか?
珠乃の父親。……悪くないですね。
あ、いえ、今はそんなことを考えている暇はありません。
「ご紹介に与かりました、自分は【真志羽学園】の高校二年生――この【おおわかば幼稚園】に通う不々動珠乃の兄で不々動悟老と申します」
「ああ、あの珠乃ちゃんの」
「そういえば息子が珠乃ちゃんのお兄ちゃんは大きいって言ってたわね」
「それにしても凄いわ。何かスポーツでもやっているのかしら」
などと保護者の方々が口々に思い思いの言葉を吐いている。
園長さんが咳払いをすると、皆さんの声が鎮まっていく。
そして静かになってから僕は再び口を開く。
「今回の件、確かに難しいお話かと思います。二つの劇を短縮して行うことも良い妥協案ですが、それでは周囲の眼が厳しくなるという意見ももっともだと考えます。それに伏見くんが仰った子供たちも会議に交えるというのも正しいように思えます。やはり子供たちが主役ですから。……老人ホームの方々に、それぞれの幼稚園に設けられる時間を伸ばす許可を得るのはどうでしょうか?」
「……難しいですね。聞いたところ、すでに他の幼稚園ではもう演目の練習に入っているらしいですし。今更時間配分を弄るとなると、それもまた問題になりかねません」
本当に幼稚園は立場が弱いようだ。いいや、世の中の風潮がそうせざるを得なくしているのだろうが。
そもそも少しくらい時間が伸びたところで普通は気にしないと思う。
子供たちもその程度で騒ぐとは思えないのだ。
しかし現に、そんな些細なことを訴える親も存在するので、大人たちは〝平等〟という言葉に苦しいまでに縛られてしまっている。
「……そうですね。では例えば最初の妥協案についてですが、他の組や幼稚園に話して許可を取るというのはできないのでしょうか?」
僕は園長さんに質問を投げかけてみた。
「そうですね。もしかしたら他の親御さんたちもお気になさらずに、すんなりと許可も取れるかもしれませんしね」
「そうだね。じゃあとりあえず許可待ちということでいいんじゃないかい? それで今度会議を行う時は、子供たちも連れてくるってことで。ねえ園長さん?」
繭原さんのお母さんの言葉に対し園長さんは頷くと、そのまま総括する。
「それでは来週の日曜日にまた保護者会議を開きたいと思いますが、ご都合の方はいかがでしょうか?」
そう言って各々のスケジュールを聞いていく。
幸い仕事などの都合もつけられるということで問題ないようだ。
「他の組の親御さんの許可などに関してはしっかりと確認させて頂きます。お遊戯大会までの時間も限られていますので、恐らく次で何かしらの決定が望まれると思いますのでお願い申し上げます。では皆さん、今日はお忙しい中、当園まで足をお運び頂きありがとうございました」
幼稚園の先生たちが揃ってお辞儀をする。
そうして第二回『いちご組』保護者会議は終わったのであった。
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