15
――日曜日。午前九時半。
僕はお婆ちゃんと一緒に、珠乃が通う【おおわかば幼稚園】へと足を延ばしていた。
ちなみに珠乃は道場でお爺ちゃんに遊んでもらっている。そのうち門下生たちも来るので、いつものように可愛がってもらえるだろう。
幼稚園前にバス停があり、そこで僕たちは降りる。
もう花は散ってしまっているが、外壁の周りには桜の木が何本も埋め込まれ、時期が来るとここは美しい桜道になるのだ。
すでに門の前には繭原さんと、そのお母さんが立っていた。
「おや、久しぶりじゃない不々動くん、おはよう!」
「おはようございます。本日はよろしくお願いします」
「あはは、相変わらず真面目だね。ねねさんも久しぶりだね」
「はい、おはようございます」
どうやら幼稚園繋がりで、お婆ちゃんと繭原さんのお母さんは知り合いらしく、たまに井戸端会議も行う仲のようだ。
といっている間にもさっそく二人は楽しそうに喋り出した。
「おはようございます、不々動くん。今日は来てくれてありがとうございます」
「おはようございます、繭原さん。確か会議は十時からでしたね。他の方々はもう中へ?」
「いえ、まだ時間がありますし、多分これからだと」
「そうですか。あ、でも案内してくれる人がそろそろ来ると思いますけど」
繭原さんがそう言うと、ナイスタイミングで園内からこちらに向けて走って来る一人の人物がいた。
「――お待たせしましたっす。今から自分が案内……て、え?」
その人物は僕を見て目を丸くしたまま固まる。
かくいう僕も予想だにしていなかった人物がそこにいたので驚いた。
「あ……えっと…………伏見くん?」
「マジかよ…………何でこんなとこにお前がいるんだよ、不々動」
そう、そこにいたのはクラスメイトの伏見くんだった。
「伏見くん? それはこちらのセリフでもあるのですが……」
「あれ? 知らなかったんですか? 伏見くんはこの【おおわかば幼稚園】の園長さんのお孫さんなんですよ」
ということは繭原さんは知っていたようだ。
「おい繭原、何でコイツがここにいんだよ」
「す、すみません。でもその……不々動くんの妹さんもここに通ってて」
「は? 妹だって? …………待てよ。そういや不々動って苗字の子がいたな。確か……珠乃……だっけか? ああっ、そういや先生や園児たちも、珠乃のお兄さんはものすっごくでっかいって言ってたよな。何で気づかねえんだよ俺ぇっ!」
何やら急に頭を抱え始めたので、僕は心配になって声をかける。
「あの、驚かせてすみません。まさか伏見くんが園長さんのお孫さんだったとは。どうして今まで会わなかったのでしょうか」
「……それはしょうがねえだろ。俺だって毎日園に来てるわけじゃねえし、たまに来ても掃除とかの雑用で外に出ることもあんまねえ。保護者にだってそうそう会わねえし」
なるほど。しかし本当に世間は狭いというか、面白い偶然もあるものだ。
「そういえば昨日学園をお休みになられていましたけど、どうされたんですか?」
「あぁ、何てことねえよ。ちょっと風邪気味でな。大事を取って休んでたんだよ。今日は園を手伝う予定だったし、風邪の菌を持ち込むわけにはいかねえしな」
何と言うかプロの気遣いを感じた。
子供たちへの愛すら伝わってくる素晴らしい対応だと思う。
「繭原と一緒ってことは、例の件について来たんだろ? んじゃ案内すっから」
僕は彼に「お願いします」と言い、まだおしゃべりに夢中なお婆ちゃんたちに声をかけて園内へと入って行く。
通されたのは職員室のすぐ隣にある大きめの部屋だった。
そこには長卓が幾つも並べられコの字を作っている。
廊下側と窓側が保護者席で、ホワイトボードが立てられている壁側は職員が座る場所らしい。
ということで僕たちは日当たりの良い窓側の長卓へと座った。
繭原さんの言っていた通り、まだ誰も来ておらず一番乗りだったようだ。
するとそこへ紙コップと大きめのペットボトルのお茶を持ってきた伏見くんが、皆にお茶を配ってくれる。
手伝おうとしたが、これは自分の仕事だからと断られた。
そうしている間に、次々と保護者の方々が姿を見せるようになる。
あと五分ほどで会議が行われるといったところで、保護者の席はすべて埋まった。
全員が集まったということで、時間を待たずにこれから会議を始めることになったのである。
職員席には、真ん中に園長さんが座り、両サイドには『いちご組』担当の先生と、副担当の先生が陣取る。ちなみに副担当さんは、パソコンを用意し一応議事録に纏める役目のようだ。
またその後ろにポツンと置かれている椅子には、伏見くんが不愛想な表情で腰掛けて全体を見つめていた。
「それでは第二回『いちご組』保護者会議を行いたいと思います」
園長さんの凛とした声が開催の合図をする。
確かにこうして見れば伏見くんと似ているような気がした。
園長さんは女性だが、伏見くんも中性的な顔立ちなので、彼が歳を取ったらこうなりそうだと思われる外見である。
「議題は『いちご組』の園児たちがお遊戯大会で披露する演目について、です。以前の会議では解決策が見い出せず、次の会議までに何か案を考えるという形で終わりました。何か良い案を浮かばれた方はいませんか?」
園長さんの言葉に対し、誰か発言するのかと期待してみたが、残念ながら誰も案は浮かばなかったらしい。
「う~ん、やっぱりどっちかの演目に決めるくらいしかないでしょうね」
保護者の一人がそう口にすると、
「なら是非とも『マッチうりの少女』をやってもらいたいわ」
「ちょっと待ってください。うちの子は『泣いた赤鬼』を絶対やりたいって言ってるんです」
「それはこっちだってそうです。それに『マッチうりの少女』の方が、メジャーというか可愛らしいし良いと思うんですけど」
「それはうちの息子が可愛くないと言ってるんですか?」
「大体『泣いた赤鬼』なんて原作じゃ最後は赤鬼が泣くだけで終わる辛い話でしょう? 子供たちがやるには重いと思いますね」
「それを言うなら『マッチうりの少女』だってそうですよ。あれだって結局報われない少女の話じゃないですか」
「いやいや、どっちの話もハッピーエンドに書き換えて行うんですから、その論争は不毛だと思いますが?」
などなど段々と保護者たちがヒートアップしていく。
やはりそれぞれ自分の子供たちの意見を通してほしいというわけだ。
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