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「では今後ともよろしくお願いします」

「「こちらこそよろしくお願いします」」


 これで仕事に関しての話は終わりだ。

 まだ原稿も書き上げていないので、それを書き終わり登場人物の外見などが確定し、その上で愛田先生が腕を振るうことになる。


「よーし! これでこっからはプライベートな時間でござるな! はーはーい! 不動先生に質問があるでござる!」

「え、あ、あの……」

「はぁ。コイツは……不動先生、鬱陶しかったら無視してくれてもいい」

「もう! りーちゃんはそんなこと言ってないで、拙者たちのために甘々コーヒーでも入れてきてほしいでござるよ!」

「……はいはい。少し待っていろ。不動先生も何か飲むだろう?」

「いえ、お気遣いなく」

「いや、普通は出すべきでこちらが忘れていた。だから遠慮しなくていい。さっきの警備員のお詫びでもある」

「そ、そうですか……ではお願いします」


 日中さんは「分かった」と言うと部屋から出て行く。


「……むふふふふふ~」


 何やら愛田先生がニカニカと楽し気な笑みを浮かべ始める。


「これで二人っきりでござるな。ところで不動先生はどうして作家になろうと思ったのでござるかな?」


 あれ? 結構普通の質問だ。

 てっきりもっと奇抜なことを聞かれるのかと思い身構えてしまっていた。


「そう、ですね。別に作家になろうという強い意志はありませんでした。ただ物語を書くようになったきっかけは、自分の双子の兄がいたから……ですね」

「ほうほう。不動先生にはお兄さんが。やっぱり先生と同じように大きかったり?」

「はい。兄は小さい頃からスポーツマンでしたので、自分よりも体格は良かったですね」

「いいでござるなぁ。ほら、拙者はミニマム級でござるので」

「背が高過ぎるというのも考えものかと。そのせいで怯えられたりもしますし。まあその大半は、自分のこの顔が要因だと思いますが」

「ふ~ん、拙者は不動先生の顔好きでござるよ!」

「えっ、す、好き……ですか?」

「うんうん。男らしくていいと思うでござる。確かに目つきは鋭いし、額の傷とかも迫力があるでござるが、拙者に言わせれば任侠映画とかに出てくる俳優さんみたいでカッコ良いでござるよ!」

「そんなこと初めて言われました。誰からも好かれていた兄でさえ、その顔で怯えられるのは珍しくなかったので」

「…………もしかして不動先生って、お兄さん大好きっ子?」


 いきなり答えるのが少し恥ずかしいことを聞いてきた。


「あーそうですね。自分は兄を誰よりも尊敬し目標としていますし」

「そっかぁ……ところでそのお兄さんがきっかけというのは?」

「小さい頃、自分が書いた拙い物語を褒めてくれたんです」


 どーくんと違いインドア派だった僕は、家の中で過ごすことが多かった。

 本を読んだりゲームをしたり、室内でできる家庭菜園を嗜んだりといったことだ。

 ある日、どーくんがこんなことを言った。


『なあなあろーくん、そんなに本が好きなら、自分でも書いてみたらどうだ?』


 何気ない一言だったはずだ。

 そんなことできないとすぐに言って、彼の発言をそこから発展させる必要性もなかった。しかし僕は、突然のことに戸惑っていると、


『俺さ、ろーくんの書いた話、読んでみてえ!』


 兄にそう言われてしまえば、僕には反論の余地はなかった。

 どーくんが望むのなら書いてあげたいと思ったのである。

 もちろん今まで書いたことなどないし、基本も何もあったものではないが、初めて書いた物語をどーくんは真剣に読んでくれたのだ。


『すっげぇよ、ろーくん! これ面白いなっ!』


 満面の笑みを浮かべる彼を見て、僕の心に火が点いたような気がした。

 僕のすることでどーくんが喜んでくれる。

 いつも頼ってばかりで情けない僕だけど、ただ一つどーくんにもできないことをして、彼が喜ぶ顔を見たいと思った。


「それからちょくちょく物語を書いて兄に見せ、その度に『面白い』という言葉を聞いて。やはりそれが自分の物書きの始まりだったかと思います」

「本当にお兄さんのことが好きなんでござるなぁ。何だか拙者もお会いしたくなってきたでござるよ」

「…………申し訳ございません。それはもう叶わないことで……自分のせいで」

「不動先生のせい? ……どうしてでござる?」


 僕は父とどーくんが事故で帰らぬ人になってしまったことを告げた。その顛末もざっくりとだが教えた。


「――そうでござったか。辛かったでござろうな」


 辛かった……。辛かったになるのだろうか。

 今でもたまに夢に見る。どーくんが横たわり、何度呼びかけても応えてくれないあの時のことを――。

 その度に戒められる。自分があの事故を招いたようなものだ、と。

 出産祝いと妹の誕生祝いにプレゼントを買いたいという欲求を僕が口にしなければ、きっと今も僕の隣にはどーくんがいたはずだ。

 桃ノ森さんも、あれほど悲しむことはなかった。

 IFの話をしたところでどうしようもないことは分かっている。

 ウジウジと考えている僕を、どーくんが見たらきっと叱るだろう。

 それでもやはり考えてしまうのだ。


 ――あの時をやり直せたら、と。


 するとその時、フワリと頭の上に何かが乗る感触を覚えた。


「……え?」


 若干俯きがちだった顔を上げると、目の前にはいつの間にかテーブルに正座をしている愛田先生がいて、右手を伸ばして僕の頭を撫でていたのだ。


「ごめんね、辛いこと思い出させちゃって」


 愛田先生……口調が……?


 彼女もまた申し訳なさそうな、悲しそうな表情をしていた。


「あ、愛田先生……?」

「君のせいじゃないよ。……ううん。そう言っても優しい君のことだから、きっと自分を責めるんだろうね。だから私にはこうしてあげることしかできない」


 彼女は黙って頭を撫でてくれる。

 久しくそんなことはされなかった。

 小さい頃は両親よりも、どーくんがよくしてくれていたような気がする。

 その時のことが思い出されて懐かしい気持ちになった。

 愛田先生が、ゆっくりと僕の頭から手を離す。


 かなり間近で向き合うことになり、どこか気恥ずかしさを覚える。

 そんな僕をよそに、愛田先生は哀愁を漂わせるような笑みを浮かべた。


「実はね、私にも姉弟……弟がいたんだぁ」

「弟……さん」

「うん。けどね、弟も事故で亡くなった」

「!? …………」

「荷物持ちとしてね、私が買い物に連れ出したんだ。でもその時に事故に遭って、ね。だからちょっとかもしれないけど、不動先生の辛さは分かるつもり。あの時、あの子を引っ張り出さなかったらって、やっぱり思っちゃうからね」


 まさか愛田先生もが家族を亡くしていたなんて……。


「私が絵描きになったのもね、弟が私の絵を褒めてくれたからなんだ! むふふ~、だから一緒でござるな」


 そこでようやく口調が元に戻り、彼女にも笑みが零れた。

 いや、多分僕に気を遣ってくれたのだろう。本当にありがたいことだ。


「拙者は運命なんて信じないでござるが、不動先生とこうして仕事を一緒にできることは運命だったって信じてもいいかなと思うでござるよ」

「愛田先生……」

「だから是非、先生のことはもこ姉と呼んでほしいでござる!」

「……え? あ、はい?」


 いきなり話題が百八十度変わったことで困惑してしまう。


「拙者の第二の弟としてともに人生を歩むでござるよ! さあ! さあ! もこ姉の胸の中へ飛び込んでくるでござぶしゅんっ!?」


 直後、何かが両手を大きく広げる愛田先生の頭部へ激突し、彼女は横に吹き飛んでいった。


「ったく、良い歳してテーブルの上に乗ってはしゃぐなショタコンめ!」


 見れば入口の方で日中さんが何かを投げつけたような仕草をしていた。

 テーブルの上を見れば、お茶のペットボトルが転がっている。恐らくこれが投げられたのだろう。


「いったぁぁぁい! 何するんでござるかっ、りーちゃん!」

「黙れショタコン。幼気な高校男児を誑かそうとするなアホ」

「拙者は世にいう合法ロリ! つまり不動先生と抱き合っても、見た目的に問題なし!」


 いえ、それはどちらかというと僕の方に問題がくるかと。

 警察の人がいれば、間違いなく僕の腕に手錠がかかってしまう。


「社会的に問題だ馬鹿者! 不動先生、重ね重ねすまない」

「い、いえ……お気になさらないでください。それに愛田先生にはよくしてもらっていましたから。ありがとうございました、愛田先生」

「! ほら聞いたでござるか! 拙者の第二の弟が誕生したでござるよ!」

「どこを聞けばそんな解釈になる! これ以上バカな言動をするのなら即刻放り出すぞ?」

「ひぃっ! こ、怖いでござるよ、りーちゃんその顔! そんなんだからいつまでも独り身なんでござる!」

「あぁ?」


 すみません。僕もハッキリいって寒気を感じています。

 別に殺気は僕に向いていないというのに、部屋の温度が急激に下がった気がする。


「不動先生、今日はもうこのへんで終わろう。ちょっとこれからはコイツと私で面接があるので。それでいいかい?」

「は、はい!」


 瞬間、席から立ち直立不動になってしまった。


「投げて悪かったが、どうかそのお茶は持っていってくれ。今日は忙しいところを来てくれて感謝している」

「い、いいえ! それはこちらのセリフです!」

「そう言ってくれて助かるよ。今度時間ができたら美味い店にでも連れていくよ」

「あーりーちゃんだけズルい! 拙者も行きたいでござるよ!」

「黙れぐうたら白衣女め、仕事を増やすぞ?」

「やだ! 仕事尽くめの毎日なんてもうたくさんでござる! これからは不動先生だけの絵師でいたい! あ、そういえば不動先生の連絡先を聞いてなかったでござる!」

「それはあとで私が教えてやる。なぁに、ちょっとタイマンで小一時間ほど対話をしたあとにはなるがな、フフフフフフ」

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


 僕はもうこれ以上自分にはできることはないと判断し、二人に向かって静かに一礼をすると部屋から出て行く。

 戦々恐々としながら入社許可証を受付に返し、急いで外へと駆け出したのであった。


 …………あ、何故ござる口調なのか聞くのを忘れていました。







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