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「? 日中さん? どうかされましたか?」
「いや、その子は私の客なのだよ」
「へ? 客?」
「すまない。一応受付には不動先生の身形などは伝えておいたのだが、そういえば鈴木さんには伝えていなかったことを思い出してな」
どうやらこの警備員の名前は鈴木というらしい。
「もしかしたら受付に行く前に止められるかもと思い降りてきたのだ。どうやら正解だったようだが」
「え、えっと……それじゃこの人は本当に日中さんのお知り合いで?」
「そうだ。迷惑をかけたな。それとこの人はこれから我が会社が支える新人作家だぞ」
「ええっ!? てっきりどこぞのヤクザに雇われた鉄砲玉かと!」
そんなわけがないじゃないですか。というか今の時代、鉄砲玉が一人でこんな大きな会社に乗り込みますか?
「はははっ、任侠映画の観過ぎだよ鈴木さん。ではそういうことでな。すまなかったな不動先生、こちらの落ち度だ」
「い、いえ。助かりました。あ、その……お久しぶりです」
「ふふ、挨拶は上でしよう。私についてきてくれ」
鈴木さんからも丁寧な謝罪をもらい、僕は日中さんのあとをついていく。
受付嬢さんたちから入社許可証をもらうが、その時もやはり僕を興味津々といった感じで見られた。
まあラグビー選手にも劣らない体格の男が新人作家だというのだから驚きだろう。
社内の壁には僕も見たことのあるライトノベルのポスターなどが貼られている。とはいってもそのほとんどはアニメ化までされたものだが。
その中には――。
「あ、『妹カワ』です」
僕のイチ押しのラブコメであるラノベのポスターが貼られていた。
「ああ、確か不動先生は『妹カワ』好きだったな」
「あ、はい。だから本当に光栄です。大好きなラノベと同じ出版社にお声をかけてもらえるなんて」
実を言うと今でもまだ信じられないのだ。
例えば野球少年だった人物が、憧れている伝説のプロの野球選手と同じチームに配属されるような感じ、だろうか。
もちろんまだまだ雲の上の存在で、同じ舞台に立っているなどとおこがましいことは言えないが、それでもやはり嬉しいものである。
もしかしたらいつか会えるかもという期待だってあったりするのだ。
僕は日中さんとエレベーターに乗ると、ふと軽く溜め息を吐く日中さんに気づく。
いつもキリッとしていて出来る女というイメージが強い彼女だが、どこか疲れが溜まっているような様子が窺える。
「もしかしてお疲れですか?」
「え? ……ああ、ちょっと最近忙しくてね。まあ忙しくないよりはずっと良いんだが、さすがに三日寝ていないとキツイものだな」
「み、三日もですか!」
「別に珍しくないよ。編集者であれば誰もが経験する」
それでも毅然とし仕事に従事する姿は本当にたくましい。
だがどうしても気になることがあったので聞いてみた。
「どうしてそこまで頑張れるんですか?」
「む? そうだな。それは単純明快だよ」
「?」
「この仕事が好きだからさ」
「……!」
「作家の方たちと何カ月も一緒に悩み苦しみ、そうやって艱難辛苦を乗り越え一つの作品を作り上げていく。当然その努力が報われないことだってある。いや、その方が多いくらいだ。それでもやはり楽しいのだよ。そして努力が最高の結果を得られた時、何にも代えがたい達成感を覚える。それがとても嬉しいんだ。ああ、頑張ってきて良かったって。……あ、作品が売れなかったといっても達成感がないわけではないぞ? その場合は、次こそは見てろよって気持ちになるからな。変かい?」
「いいえ! とても素晴らしいお気持ちだと思います!」
心の底からそう言える。同時にそこまで心血を注げる仕事に出遭えた彼女が羨ましいとさえ思った。
僕もこんなふうにカッコ良い仕事人になれるだろうか……?
……そうです。日中さんに幼稚園のことを聞いてみては……。
そう一瞬思ったが頭を横に振る。
ただでさえお疲れなのに、これ以上面倒ごとを持ち込んでは失礼だ。
何せ仕事とは一切関係ないのだから。
「……着いたぞ。愛田先生は、もう先に部屋に入ってもらっている」
そう言われ、緊張で幼稚園のことはすぐに頭の中から消えてしまう。
エレベーターを降り、日中さんに案内され一つの部屋の前へと辿り着く。
……こ、この中に愛田先生が……!
僕の胸はドクンドクンと高鳴る。
失礼がないようにしないと。もし機嫌を損ねられたら多くの人に迷惑をかけてしまうだろう。
特に忙しい中、必死で説得してくれた日中さんに申し訳ない。
「すぅぅ~、はぁぁ~」
「ふふ、そんなに緊張しなくてもいいぞ。彼女はとてもユニークな人だしな」
扉が開く。
部屋自体はそれほど大きくなく、部屋の六割ほどを占める巨大なテーブルに椅子だけが備え付けられた、そても殺風景な造りになっていた。
その椅子の一つに腰掛けていたのは一人の小柄な女性である。何故かダボダボの白衣を着ている。さらにぐで~っとテーブルに突っ伏して動かない。
聞き耳を立ててみれば規則正しい寝息が聞こえてくる。
「はぁ。席を外したのも数分程度だというのに、もう寝られているか」
肩を竦めながら日中さんが、寝ている女性に近づき肩を叩く。
「愛田先生、お待たせしました」
「……んぁ? ……眠たい。仕事したくない。だらけたいでござる」
……ござる?
とんでもない言葉が聞こえてきたが気のせいだろうか。
「ほらほら、先生お待ちかねの不動先生が来られましたよ」
「……不動……せんせ? …………! 不動先生っ!?」
バッと勢いよく顔を上げると、そのまま顔だけを僕が立つ入口方面へと向ける。
そして僕の姿を見ると子供が新しい玩具でも与えられたかのような無垢な笑みを浮かべ、疾風のような動きで僕のもとへと駆け寄ってきた。
「お、おお~! お、お主が不動先生でござるかな!」
「は、はい。自分が不動ゴローとして作家活動をさせて頂いています」
「おお~っ! 拙者は愛田もこと申す者でござる! 長き時よりお主のファンを務めさせてもらっているでござるよ!」
こうして見れば本当に小柄だ。
友枝先生よりは幾らか大きいが、一般的な成人女性と比べると明らかに低いだろう。
また足元近くまで伸びたボサボサの亜麻色の髪もそうだが、目元にはくっきりと隈が浮かび、化粧っ気もないので、あまり身嗜みには興味ない人だということが分かる。
ただ子供のように大きな瞳に陶器のような白い肌と、その右目にかけているモノクルがとても印象的だ。
まあ一番気になるのは、漫画に出てくるような忍者や侍のような〝ござる口調〟なのだが。
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