11
「あ、あの、自分そんな要求するつもりはないのですが」
「おやおやぁー、ゴローくんは会長に魅力がないと?」
「これは捨て置けない発言ですね。会長の魅力は天元突破しているというのに」
「……そうなん? 不々動くん……私って魅力ないん?」
そんな捨てられた子犬のような表情で、関西弁は卑怯だと思います。
思わず頭を撫でてしまいそうになる。
「い、いえ! 多華町先輩はとても魅了的な女性です!」
「! そ、そう?」
「はい。自分の主観にはなりますが、多華町先輩は自身の才能に溺れることなく努力をし続けられる立派な人ですし、自分みたいな無骨な人間相手でもちゃんと対話をしてくれます。それに見た目でいえば老若男女問わず目を惹く美しいルックスをなさっています。ただ普段のようにキリッとした表情も素敵ですが、不意に崩す子供のような無垢な顔はとても可愛らしい印象を受けますし、それに――」
「ねえねえ、ゴローくん?」
くいくいっといつの間にか、秋灯さんが傍に来て僕の袖を引っ張っていた。
「ど、どうかされましたか?」
「ほらほら、それ以上は会長ってばパンクしちゃうぞ?」
「え…………あ」
多華町先輩を見ると、面白いように顔を真っ赤にして頭から湯気を出しつつプルプルと小刻みに震えていた。
「も、もしかして怒らせてしまいましたか! す、すみません多華町先輩!」
「あー違うってばゴローくん。あれはね、褒められ過ぎたせいで自分の許容量がオーバーしちゃったんだよ。言うなれば照れ爆発だねー」
何ですか照れ爆発って。桃ノ森さんもそうですが、最近では造語が流行っているのでしょうか。ただこちらはそのイントネーションだけで状況がハッキリと理解できましたが。
「ここは仕方ありませんね。ならば私が何とかしてみましょう!」
「! 今こそ出るんだね、お姉ちゃんの七つ道具の一つが!」
え……七つ道具? ていうか突然芝居がかってどうしたんですかお二人とも……?
夏灯さんが自身の懐に手を入れると、そこから見たことがあるような箱が出てきた。
それは自分もたまにお世話になる『冷やすのん』という、見た目はシップのようだが、額などに貼れば上がった熱を冷却してくれる高熱が出た時の必需品だ。
それを素早く多華町先輩の額に貼った。
すると徐々に震えが治まり、トマトのように真っ赤だった肌も元の色を取り戻していく。
「…………はっ!? わ、私は何を……!」
「正気に戻られて良かったです会長」
「な、夏灯?」
「なかなかに強烈な爆撃でしたね。ご無事で何よりです」
「ほんとに良かったですよー。まるで核爆弾みたいでしたもんねー」
「! ……そ、そうね。確かにもう少しで壊滅しそうだったわ。まったく恐ろしいわね不々動くんは。幼気な私を篭絡しようとするなんて」
一体この芝居がかった空気はいつまで続くのでしょうか?
というか彼女たちの言っている意味がほとんど理解できないのは、自分の国語力がないということなのか。だとしたら作家としてショックではあるが。
「それと会長、先程の彼の言葉はこちらに録音しておきましたので」
夏灯さんが多華町先輩に小さく細長い機械をスッと手渡した。
「!? ……さすがは私の右腕ね。いつもながら素晴らしい仕事よ。これで……勝てるわ!」
何に勝てるのかサッパリですね。もうこのまま帰っても気づかれないのではないでしょうか。
「おほん。と、ところで不々動くん?」
ようやく僕にお声がかかりました。
「先程の話に戻るけれど、何かしてほしいことはある? あ、あなたにだったら多少刺激が強いことでもその…………頑張るわ」
「いきなりそう申されても……」
というよりいつも感謝しているのはこちらの方なので、何か願い事を叶えてもらいたいと要求してもいいものか迷ってしまう。
でもせっかくだからと、あることを思いつき聞いてみることにした。
「実はある問題について意見を頂きたいのですが――」
僕は繭原さんから聞いた例の幼稚園の話を彼女たちに聞かせた。
「――――なるほど。それは確かに難しい問題ね」
話し終えると、眉間にしわを寄せた多華町先輩が口を開いた。
「うーん、二つ一緒にするってのじゃダメなのー?」
「それは先生や保護者の方々も思いついたらしいのですが、現実問題お遊戯大会で割り当てられている時間も決まっているんです。何でも今回は近くにある老人ホームで披露することになっているんです」
詳しいことをお婆ちゃんから聞いたが、今回は幼稚園に保護者を招くという形ではなく、園児たちが老人ホームに行って高齢者の方々を楽しませるというコンセプトになっているらしい。
「しかも他の幼稚園も参加しており、それぞれで使用できる時間というものが決まっているんです。ですから『いちご組』だけが倍の時間を使うのは少々問題が」
「あーそっかぁ。老人ホームの人たちにも予定ってあるもんねー。それに他の幼稚園の子たちからすればずっこいって感じになっちゃうかも」
「そうですね。加えて今の時代、それが原因で幼稚園が叩かれてしまうこともあります。一部の園児たちだけを贔屓にする幼稚園などと吹聴されれば、経営にも害が及んでくるでしょう」
夏灯さんの言う通り、そういうつもりではなくとも、一度ネットなどに拡散されてしまえば、行ったことは事実だということもあり、燃え上がった火を消すのは困難になる。
そうなれば通っている子供たちも辛い目に遭う可能性だって高い。
それに参加するのは三つの幼稚園なのだが、【おおわかば幼稚園】が披露するのは二番手。つまり時間を多く費やしてしまえば、最後に披露する幼稚園の迷惑に繋がってしまう。
「でも男の子と女の子は、それぞれ別の劇をやりたいんだよねえー? う~むぅ……あはは、アキのおつむじゃ良い案が浮かばないよー」
「……難解なパズルのようですね。悔しいですが、今妙案を出せる自信はないです」
「そうね。不々動くん、これはいつまでに解決すればいい話なの?」
「実は今度の休日に保護者会がありまして、自分もそこに参加する予定なんです」
「……そう。では恐らくその時に詳しい現状や、今後の方策などについて分かるでしょうから、後日また聞かせてくれる? 一応何か良い案がないか私たちも考えてみるわ」
「ありがとうございます。珠乃たちもきっと喜びます」
「ふふふ、またあの子に会いたいわね。私の妹にしたいくらい可愛かったもの」
ですから絶対あげませんよ。断固拒否します。
まあ気持ちは分かりますが。何せ世界一、いや宇宙一可愛いので。
そうして僕は、頼れる先輩たちの助力も得られることになり、そのまま何気ない会話を楽しんだあとは気分良く家に帰ることができたのであった。
――土曜日。午後二時。
僕は家から出る前からもずっと緊張しっ放しだった。
向かう先は『激熱文庫』の本社である。
結構距離は近く、バスを使うと三十分程度で到着するのだ。
珠乃も一緒に行くと言い張り大変だったが、そこはお婆ちゃんたちにお任せして当然一人で家を出た。
そうしてバスで走ること三十分。
目的地の本社がある最寄りのバス停へと辿り着く。
傍には難関として有名な私立大学があり、それを目印にすれば迷うことはない。
今はそれほど人通りはないが。細い脇道などもたくさんあり、飲み屋街などもあるせいか夜には賑やかになると日中さんは言っていた。
歩いていると、大きな門構えが目立つ場所へと入る。
へぇ、ここが例の大学ですか。
結構【真志羽学園】出身者もいるとのこと。ただ偏差値もかなり高いので、トップクラスの成績者しかもちろん入学してはいないが。
そしてその向かい側にある道路を挟んだ先に大きなビルが建っている。
それが『激熱文庫』の本社らしい。
「……こ、ここがライトノベルを作っている会社なんですね」
自分は社員ではないが、それでも何故かこんな立派なビルだと誇らしさを感じる。
そんな不思議な気持ちを持ちながらエントランスへと向かう。
高校生である僕は土曜日が休みなのは当たり前だが、もちろん僕にとっての休日でも働いている人たちもいる。
エントランスから出てくる会社員たちが、キョロキョロと挙動不審な僕を訝し気に見つめてくるのだ。
僕もさっさと受付へ行けばいいのだが、こういうとこに来るのは初めてだし、大人の人たちが見つめてくる中、どうしても戸惑ってしまい動けなくなる。
そこへ不審に思ったであろう警備員らしき人物が近づいてきた。
「ちょっとあなた、そこでウロウロと何をしているんですか?」
「え? あ、いえその……自分は……」
「怪しいな……。ちょっとこっちに来てもらえますか?」
「じ、自分は怪しい者ではなく、ここに用があって」
「だからその用を聞きたいんですよ。ここだと他の人たちの邪魔にもなるし」
腕を掴まれ問答無用にどこかへ連れて行かれそうになる。
「――――待ちたまえ!」
その時、救世主の声が耳朶を打った。
見ればそこには日中さんが立っていたのである。
良かったらブックマーク、評価などして頂けたら嬉しいです。