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――放課後。
昨日のメールの通り、多華町先輩が待つであろう生徒会室へと足を運んだ。
ノックをして中から透き通るような多華町先輩の「どうぞ」という声が聞こえた。
「失礼します」
扉を開けて中に入ると、そこには見知った顔ぶれが揃っていた。
「待っていたわよ、不々動くん」
「お久しぶりです。紅茶を淹れますので、どうぞお座りください」
もう一人は柴滝姉妹の姉の方――夏灯さんだった。
僕が席に座ると、夏灯さんがカップに紅茶を淹れてくれる。
その姿はとても絵になり、少し見入ってしまう。
そこへバタンッと大きな音を立てて扉が開く。
「こんにちはー! みんな大好きアキちゃんの登場だよー!」
元気一杯、満面の笑みの彼女は、まるでアイドルかのように登場した。
「はぁ。秋灯、扉は静かに開けなさい」
「はぁい。ごめんなさーい、お姉ちゃん! ってあれ? ゴローくんも来てたんだねー!」
「お久しぶりです、秋灯さん」
「うんうん、相変わらずの存在感! 良いよ! この絵力は魅力的だよー! パシャリ!」
そう言いながら嬉しそうにスマホで写メを撮る。
だから許可もなく撮らないでほしいのだが。
「ちょ、ちょっと待ちなさい二人とも!」
突然我らが生徒会長の声がこだました。
皆の視線が彼女へと当然のごとく向かう。
「あ、あ、秋灯? き、聞き間違いかしら? 今あなたの口からご、ご、悟老くんって聞こえたのだけれど? そ、それに不々動くんも……秋灯のことをな、名前で呼ばなかった?」
「嫌ですねぇ、会長。ちゃんと聞いてましたかー?」
「そ、そうよね。今のは幻聴よね、うん」
「もうしっかりしてくださいよー。ねぇ、ゴローくぅん」
「やっぱ呼んどるしっ!」
「ちなみにゴローくんには名前で呼んでもらってますよー。あ、お姉ちゃんもですけど」
「何やてっ! どういうことなんっ、不々動くん!」
何でそこまで怒ってらっしゃるのでしょうか。ハッキリ言って怖いです。
「わ、私だってまだ苗字でしか呼んでへんし、呼ばれたこともあらへんのに……! まさか伏兵なんか? 今までそんな素振りとかなかったやん? ていうか夏灯もなん!」
クワッと凄い形相で多華町先輩が夏灯さんのことを睨みつける。
僕だったら思わず後ずさってしまいかねないが、何故か夏灯さんは頬を染めて息を荒くする。
「はぁはぁ、怒った顔の会長も素晴らしい。これは是が非でも後世に残さねば」
妹と同じように素早く写メを撮る夏灯さん。
さすがは姉妹、どこまでもやることは似るようだ。
「ちょっと夏灯! 撮っとらんで説明しぃ!」
「はぁはぁ……ジュルリ。おっと、失礼。おほん……ではご説明致します。あ、その前にどうぞ紅茶です、悟老くん」
「あ、はい。ありがとうございます」
「!? 夏灯まで不々動くんを名前呼びやて……っ!?」
何故そこまでショックを受けているのか分からないが、少し現実逃避したい気持ちで紅茶を口にしてみる。
香しいニオイが鼻腔をくすぐり、ちょうど良い温度が口内を温めていく。
何だか高級感すら漂う味で、思わず唸った。美味い――と。
「会長、実は例の清掃活動の時にですね――」
そうして夏灯さんが興奮気味の多華町先輩へと説明し始めた。
「――それで連絡先まで交換し、苗字だとどっちか分からないから下の名前で呼ぶことにしたと。そういうわけね?」
「そういうことです、会長」
「で、でもあなたたちが名前呼びする必要はないのではなくて?」
「えーだってぇ、アキは呼びたいから呼んでるだけだしー」
「そうですね。私もこちらが呼ばれているのに失礼かと思いまして」
「うっぐ……」
どちらも反論の余地すら感じないのか、多華町先輩は言葉に詰まっている。
「そ・れ・と・もー、会長ってばアキたちに嫉妬してるんですかー?」
「し、し、嫉妬!? そ、そそそそそんなことするわけがないでしょう? まったく変なことを言う子ね。私は天下の生徒会長よ? 嫉妬されることはあってもするようなことなど存在するわけないでしょう? そもそも名前呼びなんて別に大したことはないわ。ただ急にあなたたちの関係が深まったように見えて不思議だなって思っただけ。決して羨ましいとか思ってなんていないのだから。ええ、そうだとも」
よくもまあ息継ぎなしでそれだけの長文を語れたものだ。
早口過ぎて途中何を言っているのか分からなかったけれども。
そんな多華町先輩の姿が珍しいことが面白いのか、柴滝姉妹は揃ってニヤニヤしながらまたもパシャリとやっている。
ああ、あとで怒られても知りませんよ?
「と、ところで多華町先輩、今日はどのようなご用件で?」
「大体不々動くんと私は二人と違って強い繋がりがすでに……って、何か言ったかしら、不々動くん?」
「いえ、ですからここに呼ばれた理由をお尋ねしたいんですが」
「ああ、そうだったわね。別に難しいことではないわ。先日の清掃活動のお礼を改めて伝えておきたくてね」
「そんな……。それに手伝ったのは自分だけではないので」
「そういえばあなたのクラスメイトの繭原さんもだったわね。いずれ彼女にきちんとお礼するわ。ただ彼女を連れてきてくれたのもあなただからね」
結果的に手伝うという形になったが、恐らくこの話がなくとも祖父母から手伝うように言われていたと思うので感謝されるような大したことはしていない。
「何かしてほしいことがあれば言いなさい。できるだけ応じましょう」
「わお、会長ってばだいたーん」
「そうですね。これが一般の男子ならばすぐにでも止めるべきですが、相手は悟老くんなのでそこは安心でしょう」
「何を言っているのかしらあなたたちは。今回の件だけでなく、彼にはいろいろ生徒会を手伝ってもらっているのだから恩を返すのは当たり前でしょう?」
「そですねー。つ・ま・り、会長はゴローくんに身体で返す、と」
「……ふぇ?」
「ああ、とてもいやらしいです会長」
「んなっ!? そ、そそそそそそういう意味で言ってんのとちゃうわ!」
「へぇ、でもできるだけ応じるんですよねー? ということはー、ゴローくんが会長自身がほしいって言ったら?」
「わ、わわわ私自身っ!?」
「もしくは会長のあられもない姿を写真に収めたいと言われたらどうでしょうか?」
「わ、私の裸っ!?」
……とりあえず柴滝姉妹は物凄く楽しそうです。
二人して質実剛健であり生徒全員の憧れの的である多華町先輩をからかうとは。これは親しい間柄である彼女たちだからできることだろう。
あと多華町先輩、別に裸とは言っていませんよ。
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