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「仲が良いんですね」
「……姉ちゃんが過保護なだけだ。昔っから俺を妹みてえに扱うしよぉ」
そう。残念なことに見た目が女の子っぽいことから、よく着せ替えさせられ遊ばれていた。もちろん女物の服を、である。
しかもそれは成長とともに終わることはなくて、一緒に買い物に出かけると決まって女物の服を試着させられてカメラに撮られるのだ。
当然俺は何度も断るが、泣きそうな顔をしてくるので結局俺が折れるしかない。
「そのお弁当を見ると、伏見先生があなたを本当に心から愛していることが伝わってきます」
「なっ……!」
「手間暇がかかるおかずもあります。とってもあったかいものを感じます。愛がなければきっと続きません。愛されていますね、伏見くんは」
「ばっ、ちょっ、な、何恥ずかしいことをさらりと言ってんだよ! 天然ジゴロかてめえはっ!」
「はあ……別に口説いていませんが?」
「分かってんよ! 今の発言はちょっと俺がおかしかったなとか分かってるし! ただアレだ……ああもう! 俺の姉ちゃんの話は終わり! さっさと食うぞもう!」
んだよコイツ。愛とか俺ら世代じゃ口にしにくいワードランキングでもトップのはずなのよ。
ああくそ……何かものすっげえ恥ずかしいんだけど。
コイツはアレだな。距離感は近くないのに、遠距離から大砲をぶっかまして見事にクリティカルヒットさせてくる危険な奴だ。
味方ならたのもしいが、敵に回るといちいちツボをついてくるので勘弁してほしい。
…………それも多分、コイツが本心で言ってるからなんだろうなぁ。
お世辞じゃ、さすがに俺もここまで動揺はしねえ。
さっきのおチビ発言のクラスメイトが、今のコイツと同じことを言ったところで全然響かねえし、「黙れ、消えろ」って思う。
コイツが本気で女口説きにいったらどうなるんだろ?
多分……だけど、あの桃ノ森は怪しい。アイツの不々動を見る目が、ただの男子を見るような目つきではないことは明らかだ。
異性として好き……とまではいかないまでも、友達以上の感覚を持っているような気はする。
それにいつも物静かで地味少女として名を馳せてるクラスメイトの繭原も、コイツのことを意識しているような……。
前にコイツを庇った発言もしてたしな。
おいおい……そのうちコイツ、とんでもねえ修羅場とか築くんじゃねえだろうな。
「今日はとても晴れ晴れと気持ちの良い空模様ですね。何だかこうしてここにいると、二人だけでこの心地好い空間を占有している感じで、少し申し訳ない気持ちになってきます。まあここに来る人などそういないのですが」
おい待てこら、そんなフラグを立てるようなことを言うとだな……。
「あっ、やっぱいた! ハッホー、ろーくん!」
ほらな。神様も案外ベタ好きなんだよ。だからこうしてフラグを回収するようなことを起こすんだっての。
しかも桃ノ森だけじゃなく、舞川まで一緒じゃねえか。
「あっれぇ~? もしかして……フッシー?」
「おい桃ノ森、そのご当地キャラみてえな名前、それってまさか俺のことじゃねえよな?」
「伏見くん、だよね? だからフッシー。どうどう、可愛いっしょ」
コミュ力のバケモノかっ!
よくもまあ初会話で、そんなに他人に踏み込めんな! もうビックリし過ぎて飽きれてしまうわ。
「ふぅん、クラスの子にろーくんがフッシ―と一緒に教室出てったって聞いたけどマジだったんだぁ」
あの時、この二人はいなかったので、俺たちが出て行ったあとに戻ってきて、クラスの連中に聞いたんだろう。
「ねえねえ、一緒してもいい?」
「自分は構いませんが……」
「あ? ……嫌だけど?」
俺は素直に感情の赴くままに答えた。
「むぅ、何でそゆこと言うの! 女の子にモテないぞ、フッシー」
「喧しいわ。俺は常に一匹狼なんだよ」
「ぷぷっ、ろーくんと一緒にいるじゃん!」
「うぐっ……」
そうだった。俺もビックリの気まぐれが発動してこんなことになってるんだった。
こういう時は話題を変えるべきだが……。
「……ところでその、桃ノ森の後ろでモジモジしてんのは何?」
「え? あー……もうほら理菜、いつまで恥ずかしがってんだし!」
「あっ、ちょっ、だからウチはやっぱりいいって!」
舞川の視線が不々動を捉えると、「ひゃっ!?」と言ってサササッと桃ノ森の背後へ隠れる。
あーさっきのまだダメージ残ってんだなぁ。
「……あの、どうぞ。自分はもう席を外すので、良かったら皆さんでここで食事を摂ってください」
「「「……は?」」」
見事にその場にいた不々動以外の声がハモった。
「ど、どういうことだ不々動?」
「はぁ。恐らく自分がいると舞川さんが不快な思いをするでしょうから」
「え? お、お前、舞川がお前のことをビビッてあんな反応してるって思ってんのか?」
「……そうとしか考えられませんが?」
…………はぁぁぁぁ。
思わず目頭を押さえてしまう。
なるほど。コイツ、対人関係でいえば俺以上に壊滅的だわ。
むしろ社会に出て不安しかないってやつ。
俺もそっち寄りだけど。コイツほど自分のことを最低評価してる奴は見たことがない。
いやまあ、それだけ過去にいろいろ経験してきたんだろうけども……。
キョトンとしてた女子二人もハッとなってそれぞれ発言する。
「な、何言ってんのろーくん! アタシたちはろーくんがいるから来たんだし! ねっ、理菜」
「あぁうん。別にアンタのことビビッてるとかないから。それに体育館でもそう言ったはずなんだけど……」
「そう、なんですか。本当に変わった人たちですね」
それはお前には言われたくねえ。
きっとその言葉は、俺だけじゃなく三人全員の想いだったと思う。
「ああでも、お二人はベンチに座ってください。自分はここの縁に座りますから」
そう言いながらフェンス側の縁に不々動が移るので俺も一緒に動く。
女子と同じベンチとかハードルが高過ぎるしな。
女子二人は「ありがとー」と喜び、ベンチに座って弁当を広げる。
「そう言えばさ、フッシーってろーくんと仲良かったんだっけ?」
「別にお前には関係ねえだろ?」
「あーまたそういうこと言うし。ダメだよ、会話のリフティング……だっけ? ちゃんとしなきゃ」
「いやいや、会話のキャッチボールだから。それだと一人でコツコツと呟く根暗人間みたいになるから」
あながち間違っていませんけどね。よく家で独り言とかするし。その都度、姉ちゃんに「大丈夫?」って本気で心配されそうになるし。
「何でリフティングだと根暗人間になるの? フッシーの言ってること全然分からない」
「ウチも。せっかく可愛い顔してんだから、もっとこうファンキーな喋り方でいいんじゃない?」
「おい舞川、ファンキーって言葉をググってみろ。可愛いって理由だったらどちらかというとファンシーじゃねえの? いやファンシーな喋り方ってそもそも何だよって話になるけどな。つーか可愛いって言うなボケ」
相変わらずギャルが話す言葉についていけない。
「むぅっ、ちょっと間違っただけじゃん。それにボケって何さボケって」
「うっさい。お前ら二人して国語力が足りねえんだよ。そんなんだと大学行けねえぞ大学」
「フン、ウチはスポーツ推薦狙ってるからいいもんねー」
とは舞川の弁。
「そんな簡単に推薦なんて取れるかよ」
「あ、そっかフッシーは知らないもんね。理菜ってこう見えてバスケ部のエースなんだよ」
「バスケ部? ……確かにうちの女子バスケって強いって聞くが」
「すっごいよー、理菜ってば試合じゃバンバンゴール決めてMVPだってもらったことあるんだから!」
へぇ、そりゃマジで凄い。
MVPがもらえるということは、舞川は優れたバスケ選手なのは間違いないし、スポーツ推薦を狙える資質があるのは事実らしい。
「けど確実に推薦もらえるってことはねえだろ? もしもらえなかった時、勉強してませんでしたじゃ、どの大学も行けねえんじゃね?」
「フフン。ウチの辞書に不可能って文字はないし」
「ほう~、じゃあ今から不々動と二人っきりで会話してみろよ」
「!? そ、そ、それはその……だから……うぅ」
はい、不可能って文字がありましたね。
「ああもう! この子は男子が苦手なんだよ! だからイジメないでよフッシー! ……ってあれ? でもフッシーとは普通に喋れてるよね? どうして? ねえ理菜?」
それもそうだ。
……まあでも理由には少なからず心当たりがあるが……。
「あー多分伏見って、男に見えないから……かも」
ほらね、ドンピシャだったわ。ウケる~。あ、ヤバイ。ついギャル語が出ちまった。
「それは言えてるかも。フッシー、アタシより可愛らしいし」
「だから男に可愛いって言っても嬉しかねえよ。お前らだって男にカッコ良いとか言われても微妙だろうが」
「「あー」」
俺の言ってることが的を射たのか納得といった感じで頷いていた。
「だろ? どっちかってーと、可愛いとか美人とか言われたいだろうが。男も一緒でカッコ良いって言われた方が嬉しかったりするんだよ」
「……でもフッシーってカッコ良い……? 身体つきも女の子っぽいし」
「はあ? これ見ろよ、ほら。筋肉だってあるし本気だしゃカッチカッチだし」
「……ねえねえろーくん、腕まくって力入れてみて?」
とんでもないことを提案し始めた桃ノ森に対し、戸惑いつつも不々動は言われたとおりにやる。
――ボコッ!
擬音にするとそんな音が聞こえてくるような筋肉の盛り上がりを俺はこの眼で見た。
あろうことか桃ノ森が、その丸太のような腕を指差し聞いてくる。
「……これより凄いの?」
凄いわけねえだろうが! コイツに比べたら俺なんて枯れ木だよ枯れ木!
つーか比べる相手、間違ってない? それもう圧倒的なイジメに近いよこれ!
「わぁ、ろーくんってば固くておっきぃ。すっごいよぉ」
おい止めろ。聞きようによっては、思春期男子が前屈みになっちまうから。
てかあまりペタペタ触ってやんなよ。明らかに不々動の奴、困り顔じゃねえか。
「……はぁ。そろそろ俺、教室戻るわ。午後の準備もしてえし」
俺は空になった弁当箱を持って、彼らに背を向ける。
何だか急に居心地が悪くなった感じだし、不々動には悪いけどあとは任せる。
「あの、伏見くん!」
「ん? んだよ不々動?」
「その、楽しい時間を過ごさせて頂きました。ありがとうございます」
本当に律儀な奴。絶対損する性格だよな。
「おう。じゃあ……また機会があったら一緒に、な」
俺は軽く手を振ると、三人の視線を背後で浴びながらその場を立ち去った。
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