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「……は?」
「こちら、タオルです。安心してください。まだ未使用のなので」
「え? あ……サ、サンキュ」
どこかで聞いた声だなと思いつつも、差し出されたタオルを受け取り、顔の水気を取っていく。
未使用なのは確かのようで、お日さんの心地好い香りがタオルを包んでいた。
「……ふぅ。マジで助かったよ、あんがとな……って、ふ、ふ、不々動っ!?」
「いえ、不が二個多いです。自分は不々動です」
「知ってるよ! つーかそのやり取りデジャブだし!」
つい最近どこぞのギャルがやってたしな。
まさかコイツがここにいたとはまったく予想していなかった。
どこか聞き覚えのある声だと思ってたが、すぐに気づけよ俺ぇ!
「……あー、お前も顔洗いに来たのか?」
不々動は「はい」と端的に答えると、同じように顔を洗う。
そしてそのまま顔を上げて………………いや、タオルは!?
「お、おい、予備のタオルはねえのか?」
「……持ってきたタオルはそれ一つですよ?」
「…………じゃあどうすんだよ、その……ベチャベチャだぞ?」
「そのうち渇くかと」
いやまあそうだろうけどよ……。
俺は貸してもらったタオルを彼に向ける。
「……これ。俺が使っちまって悪かったけど。嫌じゃなけりゃ……どうだ?」
「よろしいのですか?」
「お、お前こそいいのか? 知らない奴が使ったタオルで」
「? ……伏見くんはクラスメイトですよ? 知らない相手ではありません」
「! そ、そうかよ……」
コイツ、覚えてたのか。他人には一切興味ないって感じなのに。
「ではお借りします」
「お、おお」
不々動が一切の躊躇もなく俺が使ったタオルで顔を拭いていく。
あ、あのぉ、せめて俺が使った面とは逆の部分を使ったらどうすかね?
いくら親しい間柄でも、そこは気を使ってしまいがちだと思うが、彼にはそんな考えなど毛ほどもないらしい。
顔を拭き終わった不々動と不意に目が合う。
…………えと、どうすればいいんだ?
何を話せばいいのかまったく分からん。ああもう、こういう時のコミュ障っぷりはマジで泣けてくる。
「……伏見くんは、もうすべてのテストは終わったのですか?」
ナイス! よくぞ先に質問をしてくれたぜ!
「あ、ああ。あとは午後に行われるシャトルランだけだ。……まあ、サボりてえけどな」
「もしかして持久走が苦手ですか?」
「苦手も苦手。超苦手だ。この世から消えてしまえばいいと思ってる」
「それは……なかなかに物騒な発想ですね。ただ自分もあまり得意な方ではありませんが」
「そうなのか? そのガタイだし、体力も有り余ってるって感じだが」
「昔は剣道もしていましたが、やはりその頃と比べるとかなり劣ってしまっています。それに……疲れることは苦手ですから」
「あはは、だよな。誰が好き好んで疲れたがるかっての。んだよ、お前も俺みてえに普通なんだな」
「? 別に自分が特別だとは思ったことはないですが」
「ああいやいや、そういう意味じゃなくてよ。ただこっちが偏見してたってこと」
そう、もういろいろとな。今日でコイツのこと、少なからず分かったし。
……って、アレ? 俺よく考えたらめちゃ普通に喋ってね?
まるで従来の連れみたいな感じで、気安く会話のキャッチボールしてるし。
…………けど何だか話し易いんだよな、コイツ。
見た目と違って、受け答えがあまりにも自然で親しみ感を覚える。
それにコイツの声だ。
丁寧な口調ということもあるのか、聞き取りやすく耳に心地好い声音なのがいい。
だからかずっと喋っていたいという気持ちにさせる。
「それでは自分はこのへんで」
そう言って不々動がその場を立ち去ろうとするところを、無意識に止めてしまった。
彼の腕を取って――。
「ま、待て!」
「……どうかされましたか?」
……何してんの俺? いつからこんな強引になったの? どうすんのこの先?
「…………ちょ、ちょっとここで待っててくれ」
早口でそう言うと、俺は自動販売機へと駆け寄り二本の缶ジュースを購入する。
「ほれ、タオルの礼だ」
一本のジュースを突き出すと、不々動は反射的に受け取った。
「あ、あの……別にお礼なんていらないのですが」
「いいから受け取っておけって。俺は誰かに貸しを作るとか好きじゃねえんだよ」
「はぁ。……ではありがたく頂いておきます。ありがとうございます」
「お、おう。俺が奢るなんて滅多にねえんだから感謝しろよ」
いやいや感謝するのは俺の方だから。つか俺って何様だよ! ただ単に今まで奢るような友達とかいなかっただけだから。
「分かりました。この空き缶も大事に取っておきます」
「いや、そこまでしなくていいから! つーかそれはキモいぞ不々動!」
相手がアイドルとかなら分かる気がするけどな。
中にはアイドルが使った私物とか欲しがる連中もいるが、よくもまあ他人にそこまでのめり込むことができると感心する。見習いたくはねえけど。
俺は自分の発言に照れ臭さを感じ、顔を背けながらジュースを飲む。
すると俺を見ている視線を感じた。見れば不思議そうに不々動が見ていた。
「な、何だよ?」
「……いえ、伏見くんは不思議な人だなと」
「は、は?」
「この学園で自分のことを名前で呼ぶ人は限られていますから」
「……! あーそういう」
確かにクラスメイトでも、コイツのことを名前で呼ぶ奴は少ない。
巨人くんやバケモノとか、代名詞で呼ぶ場合がほとんどだ。
もっともコイツに話しかける奴らの方が稀だが。
「別に。だってお前は不々動だろ? だったらそう呼ぶのは当たり前だ」
俺だって結構な割合であだ名で呼ばれる。
おチビやらチビ助、プチ虎とかミニトラックなんてのもあった。
全部俺の体格をいじってきてるもんばっかだ。
その中でも天使とか女子に呼ばれた時は、コイツら頭おかしいんじゃねえのって思ったけどな。
するとそこへコイツが持っている記録表に視線が移った。
「…………なあ、身体測定はもうやったのか?」
「ええ。午前の種目はすべて終わりました」
「ふぅん……」
そこで俺はよせばいいのに、ついつい好奇心で聞いてしまう。
「……し、身長とかどうだった?」
「身長ですか?」
突然不々動の醸し出すオーラがどんよりとし始めた。表情も覇気がなくなる。
「ど、どうしたんだよ?」
「いえ……その、また…………伸びてまして」
「ふぇ?」
「以前は205センチメートルでしたが、今回は207センチメートルになっていました」
コイツッ、まだ先があんのかっ!?
「っ、そ、そうか。伸びてんだったらいいじゃねえか。普通嬉しいもんだろ?」
「…………むしろ縮んでほしいと思っています。毎年、この測定だけは気が進みません」
……なるほど。マジで心の底からそう願っている様子だ。
確かによく考えたら二メートル超えって異常だもんな。
さすがの俺もそこまではいらねえって思うし。
それにそんなガタイが他人に悪く見られることを助長している。
そう、だよな。コイツはコイツで悩んでんだもんな。
「…………俺も、よ」
「?」
「俺もほら、見た目こんなんだから……毎年身体測定が嫌でよ」
「……では自分たちは似た者同士ということですね」
「! ……ははっ、そうかもな」
外見ではまったくもって似通っているところはない。むしろ真逆と言っていい。
だが俺とコイツは、思考が似ているのかもしれない。
身長という同じコンプレックスを抱いているということもあるし。それに――。
多分コイツも自分のことが――あんま好きじゃねえんだろうな。
きっと過去に何かあったからこその価値観なのだろうが、さすがにまだそこまで踏み込もうとは思わない。
俺も踏み込んでほしいとは思っていないしな。
けど何だろうか。コイツと一緒に喋ってると、普通に楽しいって思っちまう。
不思議な奴だよな……。
知れば知るほど興味が出てくるような。
まるで噛めば噛むほど味が沸き出てくる……ビーフジャーキー?
いや、そんなに味が濃いって感じじゃなくて、噛むほどじっとりと味わいが出てくるような………………ご飯かっ!?
そうだ、米だ。一見クソ真面目で味もしないような奴だと思いきや、じっくり味わっていけば米特有の甘味や深みが出てくる。
それでいて飽きない。コイツにピッタリな感じだ。
…………てか俺、何意味分からねえこと考えてんだか……。
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