表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/106

「……は?」

「こちら、タオルです。安心してください。まだ未使用のなので」

「え? あ……サ、サンキュ」


 どこかで聞いた声だなと思いつつも、差し出されたタオルを受け取り、顔の水気を取っていく。

 未使用なのは確かのようで、お日さんの心地好い香りがタオルを包んでいた。


「……ふぅ。マジで助かったよ、あんがとな……って、ふ、ふ、不々動っ!?」

「いえ、不が二個多いです。自分は不々動です」

「知ってるよ! つーかそのやり取りデジャブだし!」


 つい最近どこぞのギャルがやってたしな。

 まさかコイツがここにいたとはまったく予想していなかった。

 どこか聞き覚えのある声だと思ってたが、すぐに気づけよ俺ぇ!


「……あー、お前も顔洗いに来たのか?」


 不々動は「はい」と端的に答えると、同じように顔を洗う。


 そしてそのまま顔を上げて………………いや、タオルは!?


「お、おい、予備のタオルはねえのか?」

「……持ってきたタオルはそれ一つですよ?」

「…………じゃあどうすんだよ、その……ベチャベチャだぞ?」

「そのうち渇くかと」


 いやまあそうだろうけどよ……。

 俺は貸してもらったタオルを彼に向ける。


「……これ。俺が使っちまって悪かったけど。嫌じゃなけりゃ……どうだ?」

「よろしいのですか?」

「お、お前こそいいのか? 知らない奴が使ったタオルで」

「? ……伏見くんはクラスメイトですよ? 知らない相手ではありません」

「! そ、そうかよ……」


 コイツ、覚えてたのか。他人には一切興味ないって感じなのに。


「ではお借りします」

「お、おお」


 不々動が一切の躊躇もなく俺が使ったタオルで顔を拭いていく。

 あ、あのぉ、せめて俺が使った面とは逆の部分を使ったらどうすかね?

 いくら親しい間柄でも、そこは気を使ってしまいがちだと思うが、彼にはそんな考えなど毛ほどもないらしい。

 顔を拭き終わった不々動と不意に目が合う。


 …………えと、どうすればいいんだ?


 何を話せばいいのかまったく分からん。ああもう、こういう時のコミュ障っぷりはマジで泣けてくる。


「……伏見くんは、もうすべてのテストは終わったのですか?」


 ナイス! よくぞ先に質問をしてくれたぜ!


「あ、ああ。あとは午後に行われるシャトルランだけだ。……まあ、サボりてえけどな」

「もしかして持久走が苦手ですか?」

「苦手も苦手。超苦手だ。この世から消えてしまえばいいと思ってる」

「それは……なかなかに物騒な発想ですね。ただ自分もあまり得意な方ではありませんが」

「そうなのか? そのガタイだし、体力も有り余ってるって感じだが」

「昔は剣道もしていましたが、やはりその頃と比べるとかなり劣ってしまっています。それに……疲れることは苦手ですから」

「あはは、だよな。誰が好き好んで疲れたがるかっての。んだよ、お前も俺みてえに普通なんだな」

「? 別に自分が特別だとは思ったことはないですが」

「ああいやいや、そういう意味じゃなくてよ。ただこっちが偏見してたってこと」


 そう、もういろいろとな。今日でコイツのこと、少なからず分かったし。


 ……って、アレ? 俺よく考えたらめちゃ普通に喋ってね?


 まるで従来の連れみたいな感じで、気安く会話のキャッチボールしてるし。


 …………けど何だか話し易いんだよな、コイツ。


 見た目と違って、受け答えがあまりにも自然で親しみ感を覚える。

 それにコイツの声だ。

 丁寧な口調ということもあるのか、聞き取りやすく耳に心地好い声音なのがいい。

 だからかずっと喋っていたいという気持ちにさせる。


「それでは自分はこのへんで」


 そう言って不々動がその場を立ち去ろうとするところを、無意識に止めてしまった。

 彼の腕を取って――。


「ま、待て!」

「……どうかされましたか?」


 ……何してんの俺? いつからこんな強引になったの? どうすんのこの先?


「…………ちょ、ちょっとここで待っててくれ」


 早口でそう言うと、俺は自動販売機へと駆け寄り二本の缶ジュースを購入する。


「ほれ、タオルの礼だ」


 一本のジュースを突き出すと、不々動は反射的に受け取った。


「あ、あの……別にお礼なんていらないのですが」

「いいから受け取っておけって。俺は誰かに貸しを作るとか好きじゃねえんだよ」

「はぁ。……ではありがたく頂いておきます。ありがとうございます」

「お、おう。俺が奢るなんて滅多にねえんだから感謝しろよ」


 いやいや感謝するのは俺の方だから。つか俺って何様だよ! ただ単に今まで奢るような友達とかいなかっただけだから。


「分かりました。この空き缶も大事に取っておきます」

「いや、そこまでしなくていいから! つーかそれはキモいぞ不々動!」


 相手がアイドルとかなら分かる気がするけどな。

 中にはアイドルが使った私物とか欲しがる連中もいるが、よくもまあ他人にそこまでのめり込むことができると感心する。見習いたくはねえけど。

 俺は自分の発言に照れ臭さを感じ、顔を背けながらジュースを飲む。

 すると俺を見ている視線を感じた。見れば不思議そうに不々動が見ていた。


「な、何だよ?」

「……いえ、伏見くんは不思議な人だなと」

「は、は?」

「この学園で自分のことを名前で呼ぶ人は限られていますから」

「……! あーそういう」


 確かにクラスメイトでも、コイツのことを名前で呼ぶ奴は少ない。

 巨人くんやバケモノとか、代名詞で呼ぶ場合がほとんどだ。 

 もっともコイツに話しかける奴らの方が稀だが。


「別に。だってお前は不々動だろ? だったらそう呼ぶのは当たり前だ」


 俺だって結構な割合であだ名で呼ばれる。

 おチビやらチビ助、プチ虎とかミニトラックなんてのもあった。

 全部俺の体格をいじってきてるもんばっかだ。

 その中でも天使とか女子に呼ばれた時は、コイツら頭おかしいんじゃねえのって思ったけどな。

 するとそこへコイツが持っている記録表に視線が移った。


「…………なあ、身体測定はもうやったのか?」

「ええ。午前の種目はすべて終わりました」

「ふぅん……」


 そこで俺はよせばいいのに、ついつい好奇心で聞いてしまう。


「……し、身長とかどうだった?」

「身長ですか?」


 突然不々動の醸し出すオーラがどんよりとし始めた。表情も覇気がなくなる。


「ど、どうしたんだよ?」

「いえ……その、また…………伸びてまして」

「ふぇ?」

「以前は205センチメートルでしたが、今回は207センチメートルになっていました」


 コイツッ、まだ先があんのかっ!?


「っ、そ、そうか。伸びてんだったらいいじゃねえか。普通嬉しいもんだろ?」

「…………むしろ縮んでほしいと思っています。毎年、この測定だけは気が進みません」


 ……なるほど。マジで心の底からそう願っている様子だ。


 確かによく考えたら二メートル超えって異常だもんな。

 さすがの俺もそこまではいらねえって思うし。

 それにそんなガタイが他人に悪く見られることを助長している。

 そう、だよな。コイツはコイツで悩んでんだもんな。


「…………俺も、よ」

「?」

「俺もほら、見た目こんなんだから……毎年身体測定が嫌でよ」

「……では自分たちは似た者同士ということですね」

「! ……ははっ、そうかもな」


 外見ではまったくもって似通っているところはない。むしろ真逆と言っていい。

 だが俺とコイツは、思考が似ているのかもしれない。

 身長という同じコンプレックスを抱いているということもあるし。それに――。

 多分コイツも自分のことが――あんま好きじゃねえんだろうな。

 きっと過去に何かあったからこその価値観なのだろうが、さすがにまだそこまで踏み込もうとは思わない。


 俺も踏み込んでほしいとは思っていないしな。

 けど何だろうか。コイツと一緒に喋ってると、普通に楽しいって思っちまう。

 不思議な奴だよな……。


 知れば知るほど興味が出てくるような。


 まるで噛めば噛むほど味が沸き出てくる……ビーフジャーキー?


 いや、そんなに味が濃いって感じじゃなくて、噛むほどじっとりと味わいが出てくるような………………ご飯かっ!?

 そうだ、米だ。一見クソ真面目で味もしないような奴だと思いきや、じっくり味わっていけば米特有の甘味や深みが出てくる。

 それでいて飽きない。コイツにピッタリな感じだ。


 …………てか俺、何意味分からねえこと考えてんだか……。







良かったらブックマーク、評価などして頂けたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ