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「あ、いや違うから! あれはもう完全にウチが悪いから! ももりにもその……事情を教えてもらって。だから謝るのは当然で、怖いとかそんなこと全然ないから! ただ……勇気が出なくて……」
「あのね、ろーくん。この子、ずっと謝らなきゃって悩んでたんだ。でもこの子ね、実は男子苦手なんだよね。目も合わせられなくくらいに、さ」
桃ノ森からの情報が入る。
そういえば舞川が男子と話しているところを見たことはない。
桃ノ森のようなギャルっぽい見た目ではあるが、実は超絶初心ってことだろうか。
「それでね、苦手だからろーくんと話すのもなかなかできなかったんだよ」
「……なるほど、そのような理由が」
確かに今も不々動と対面してはいるが、彼と目が合う度にすぐに逸らしキョロキョロと忙しない。
「でも謝りたいって言うから、アタシがこうして仲介役をしてるの。これだったら何とか話せるらしいし」
う~む。ギャルなのに男が苦手か。
ギャルゲーじゃ、なかなか魅力的なステータスだな。
きっとそのギャップは多くの男性ファンを虜にするだろう。
実際そういう理由なら俺も〝押し〟にしていいヒロインでもある。まああくまでもゲームの中だけの話だが。
「…………やはり舞川さんは優しい方ですね」
「「ふぇ?」」
舞川はともかく、思わず俺もそんな声を出してしまった。
ヤッバ、聞かれてねえよな?
……ふぅ。どうやら大丈夫だったようだ。
しかし不々動の奴、一体どういうつもりだよ?
「や、優しい……?」
「はい。男が苦手にもかかわらず、あの時は一人で自分に詰め寄ってきました。普通はできないことだと思います」
だよな。今の舞川を見ると、とてもではないが自力で起こせない行動だったはず。
「しかしあなたは震える身体を押して、恐怖に負けじと行動を起こした。それは大切な友達のため。友達のためにそこまでできる人を自分は知りません。ですから舞川さんは胸を張っていいと思います。少なくとも自分はとても優しく強い女性だと理解しました」
「~~~~~~~~っ!?」
直後、ボフッと舞川の顔から湯気のようなものが浮き出ると同時に、彼女の顔は面白いように真っ赤に染め上がった。
パクパクと何を言いたいのか、口を動かすが言葉にできていない。
つか何これ? 何を見せられてんだ?
いやまあ、不々動の恥ずかしくなるような言葉で、舞川が照れMAXになってんのは分かったけど。
てかよくもそんな歯の浮くようなセリフ吐けるよな。
コイツ、ギャルゲーの主人公なんじゃねえの?
「ちょ、ちょちょちょ! ろーくんっ、何アタシの友達口説いてんだしっ!」
あ、やっぱり桃ノ森もそう思ったんだ。
「……? いえ、口説いていませんが?」
本人は何をバカなとでも言いたげだ。
「と、とにかくこれで仲直りね! ほ、ほら行くよ、理菜!」
いまだトリップ中の舞川を連れてその場を去って行った。
「…………舞川さん、顔が赤かったですね。……風邪でしょうか?」
アホかボケ! 目ぇ腐ってんのか! どう見てもお前の言葉が原因だろうが!
今更鈍感系主人公なんて流行んねえんだよ!
いや、もしかして実は知ってて女を手玉に…………ああないわ。コイツ、マジで心配そうに見てるし。
どうやら超絶初心は、コイツの方だったらしい。
けど……。
俺はチラリと不々動の横顔を見つめる。
……確かに目つき鋭いし、額の傷もあって威圧感はあるが、見ようによってはイケメン寄りだ。怖いタイプの? いや、さすがにイケメンってのは言い過ぎか?
何というか主人公ではないが、敵役で出てきそうな陰のある人気キャラみたいな?
身体能力はバケモノスペックに、容姿も偏りこそあるが上等な部類で、今のやり取りを見て分かる通り性格も良い。
……………………羨まし過ぎだろっ!
どこの完璧超人だよ! 世界とか救っちゃうのかよ!
マジで何なんだよコイツ。知れば知るほど欠点が見当たらねえんだけど?
…………ああ、そっか。そう、だよな。
本当に噂にあるような人物なら、桃ノ森がフレンドリーに話しかけることはない。
何せアイツはアイドル声優という立場もあるし、スキャンダルだって怖いだろう。
でも自分からあだ名で呼んで、奴に近づいていく。
それに生徒会長ともよく二人でいるところを目撃されている。
これも同じ理由で、生徒会長とも親しくなれるほどの人物ってことだ。
…………良い奴……なのかな?
それに思い返せば、朝とか目が合うとしっかりと挨拶を俺にしてくれる。
敬語口調もそうだし、授業だって俺と違って寝ているところも見たことない。
きっと真面目なんだろうな。そして自分というものをしっかり持ってる。
だけどその見た目や噂もあって他人は近づかない。
でも一度近づいてみれば、コイツの価値に気づくんだ。
…………もっと話してみてえかもな、コイツと。
そんなふうに思えたのはいつ以来だろうか。
ただやっぱり、と思うことはある。
コイツも俺のことを見て内心で笑うんじゃないかって。
チビで女顔で、身体つきも男っぽくない俺を見て、まさに対極にあるようなコイツにもそんな目で見られたら、もう誰も信じられなくなる。
だから手を伸ばすより、最初から出遭わなかったように振る舞う方が賢い……かもしれない。
俺は情けねえなと思いつつも、そのままスポーツテストを続けていくのだった。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~。
今日一長い溜め息がこれでもかってくらい出た。
溜め息グランプリがあったら優勝しちまうくらいの勢いだろう。
俺は保健室から出て自分の記録表を見つめながらガックリと肩を落とす。
理由は分かんだろ?
――身長が一ミリも伸びてなかったんだよ!
ああくそぉ。まだ高校二年生だってのに、やっぱもう成長期終わったんかなぁ。
俺は遠い目をしながら、窓の外で優雅に飛ぶ鳥たちを見つめる。
…………俺も鳥になりてえ。
きっと奴らは身長とか気にしないと思うし。自由に空も飛べるし。あ、でも虫食うのとかダメだわ俺。
「早く帰って日常アニメでも観ながら癒されたい……」
もうすぐ昼食だ。これで一応午前の日程は終了。
午後からはスポーツテストでもダントツに嫌われているシャトルランが予定されている。
今日一日、授業がないというのは嬉しいことだ。
ちなみに俺は運動神経はあるが体力はそんなに自信ない。
持久走なんてこの世からなくなればいいと思っている。
あんなしんどいもん、やりたい奴だけやればいい。
長距離走とか好んでする奴なんてドMしかいねえんじゃねえのって思う。
あいにく俺はどちらかというとSだし。攻める方だし。見た目と違って。
「…………何か飲みもんでも買ってくるか」
学園には自動販売機が幾つか設置されている。
生徒も自由に購入することが許されているのだ。
「その前に顔でも洗うか」
少し汗ばんでいるので、この憂鬱な気持ちを払拭しスッキリさせるためにも洗っておこう。
幸い自動販売機の傍に水飲み場もある。
俺は蛇口を捻り、冷たい水で顔を洗う。
はぁ~、気持ち良いぜぇ。
ただそこで俺は失敗したことに気づく。
……ヤベェ、タオル持ってくんの忘れてた。
もう最悪。俺のバカ。このまま自然乾燥しろってのか?
ずっと下向いてねえと服が濡れちまうじゃねえか。……ったくよぉ。
これではジュースも買えない。
そう思ったらどんどん喉が渇いてきた。
気分はもうスッキリ微炭酸なのによぉ。水じゃ物足りねえし……。
今日は厄日だなって思い固まっていると、
「――どうぞ、良かったら使ってください」
腹に響くような低音ボイスが俺の鼓膜を震わせた。
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