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放課後になり家へ帰宅しようと思い、下駄箱まで足を運ぶと――。
「あ、あの……」
不意に背後から声が届き、自分のことかなと振り返った。
するとそこには一人の女子生徒が立っている。
あれ? 確かこの人は……。
水色のおさげ髪。その佇まいからもクラスメイトの繭原糸那さんだと分かった。
「……もしかして今自分を呼び止めましたか?」
「え、えと……その………………っ」
何か小さな声でブツブツ言い出しているが聞き取れない。
少し近くへ行こうと一歩近づくと、繭原さんは逆に一歩遠ざかってしまう。
どうやら近づくのは止めておいた方が良いようだ。
「何かご用でしょうか?」
「っ…………私…………ご、ごめんなさいっ!」
何故謝られたのか分からないが、繭原さんはクルリと背を向けて去っていった。
何か用があったのでしょうか?
それとも下駄箱に用事があったが、僕のこの図体に怯えてしまい逃げ出してしまったのかもしれない。だとすると申し訳ない。
すぐにここを去るべきですね。
そう判断し靴を履き替え帰ろうとしたのだが――。
「放課後、逃げるなって言ったわよね?」
完全に忘れていました、はい。
下駄箱から自転車置き場へと向かう道中、不機嫌にも口を尖らせている生徒会長に捕まってしまった。
「あの、ですから先輩、小説の続きは今日の夜に……」
「ああ、それはもういいわ」
「更新する予定で……って、は?」
続きを催促するために現れたのでは……?
「いいえ。良くはないけれど、今はそれどころではないの。少し私に付き合ってもらっていいかしら?」
「はぁ、それは別に構いませんが」
特に切羽詰まった私用などはない。
生徒会長こと多華町先輩のあとについて行くと、そこは第六校舎の裏手にある倉庫へ到着した。
ちなみにこの学園には第一~第七校舎まで存在し、第六校舎は主に文科系の部活関連の部室で構成されている校舎である。
倉庫の扉が開いており、目の前には大きなリヤカーだけがポツンと置かれていた。
そして倉庫の前には生徒が二人ほど立っている。
「助っ人、連れてきたわよ」
「お疲れ様です、会長」
「わわー、ほんとーに噂の人を連れてきたんですねー!」
多華町先輩の言葉に対し、二人の生徒がそれぞれ反応を返す。
キリッとした秘書然とした眼鏡をかけた女子生徒に、どこかぽやぽやっとしている女子生徒の二人。だが同じ赤茶色の髪もそうだが、どことなく顔立ちが似通っているように思えた。
「紹介するわ二人とも。この子が不々動悟老くんよ」
「……どうもです」
「不々動くん、この二人は私と同じ生徒会役員で、副会長の柴滝夏灯と書記の柴滝秋灯よ」
「? お二人とも同じ苗字……ですか」
「察しの通り、この子たちは姉妹よ。夏灯の方は私と同級生で」
「アキは噂の巨人くんと同じ学年だよー」
多華町先輩の言葉を取って教えてくれたのは、妹さんの方だった。
「こら秋灯、巨人くんではなくて不々動くんよ」
と多華町先輩に注意をされると、「ごめんなさーい」と軽やかに謝罪を返す。
「えっと……何故自分が呼ばれたんでしょうか?」
いまだにハッキリしてこない目的を多華町先輩に問う。
「実はね、先生から倉庫の整理を頼まれたのよ。一応昨日のうちにいらないものをピックアップしておいたのだけれど……」
彼女が言うには昨日新一年生を迎える入学式があり、生徒会役員も参加することになり、その際に教師からいろいろ仕事を頼まれたそうだ。
その仕事の一つに、長年あまり整理をしていなかった倉庫の片づけがあった。
とりあえず必要なもの、不必要なものを教師の立ち合いのもとピックアップし、作業は今日行うことになっていたらしい。
不必要なものは処分するということで、ここから少し遠い場所にあるごみ置き場へと運ばなければならない。
しかし昔の文化祭で使った看板や、何に使ったか分からない折れ曲がった鉄の棒やら結構大きくて重いものがあるとのこと。
女子だけでは作業効率が悪いということで、多華町先輩が誰か頼りになる者を考えたところ僕に白羽の矢が立ったというわけである。
「なるほど、そういうことでしたか」
「悪いわね。できるなら他の男子でも良かったのだけれど……」
「会長に恩を売って良からぬ見返りを求める者たちが多いので、それは却下させてもらいました」
冷淡にも思える雰囲気で言葉にしたのは姉の方の柴滝さんだった。
「うんうん。会長ってばモテモテだからねー。是非ともお近づきになりたいって男の子たちが多いんだよー」
「ちょっと秋灯、私はそんなにモテモテではないわよ」
「わわー出たー。無自覚美少女―。ねえねえ不々動くん、キミもそう思うよねー?」
「そうですね。多華町先輩は綺麗で魅力的ですから、男子にモテるのも不思議ではないかと」
「にゃっ!? な、ななななな何アホなこと言うてんねんっ!?」
僕の発言を受け、あまり見せない動揺っぷりを露わにする多華町先輩。
どうも彼女は元々京都が実家らしく、普段は標準語だが時折こうして関西弁を発症してしまう。
「……? 何かマズイことを言ってしまいましたか?」
「!? ~~~~~っ!」
「わわー、こっちも天然さんだねー」
「なるほど。演技にも見えませんし、会長が推薦するだけはありますね。興味深いです。ああ、それにしても関西弁の会長、実に可愛らしいです」
多華町先輩は顔を真っ赤にして俯き、柴滝妹さんはニヤニヤ楽しそうで、柴滝姉さんは納得だといった様子に加えてうっとり顔で首肯している。柴滝姉さんはどことなく危ないものを感じるが。
「と、ととととにかく! 不々動くんには倉庫整理を手伝ってほしいんや! ……おほん。手伝ってほしいのよ」
あ、言い直した。
「はい。そういうことでしたら微力ながらお手伝いさせて頂きます」
ではさっそくということで、まずは一番大きい看板をリヤカーへと運ぶことになった。
その際に見た感じで一人で運べそうなので、先輩方にはもっと軽いものを運ぶように頼んだ。
「よいっしょ……と」
僕よりも大きい看板だが、持った感じで60キログラム程度なので問題ない。
僕は涼しい顔のまま看板を運び、次々と大きくて重いものを何の苦も無くリヤカーに積んでいく。
それを唖然とした状態で見守っている女子三人。
「…………」
「わわー、力持ちさんだねー。もう全部運び終わりそうだしー」
「これは素晴らしい戦力になりましたね。さすがは会長の采配で……会長?」
顔を俯かせて全身を小刻みに震わせている多華町先輩のことが気になったのか、柴滝姉さんが声をかける。
すると突如としてバッと顔を上げた多華町先輩が自慢げに胸を張りながら言う。
「さすがだわ! さすが不々動くん! 私の目に狂いはなかったというわけね!」
「ええ、会長はご立派です」
「うんうん。お蔭で楽できますよー」
いや、お三人とも、できれば口より手を動かしてほしいのですが……。
明らかに働いているの僕だけになっていますし。
やれやれと鼻の頭をボリボリとかきながら作業を続けていく。
そうして本来数時間ほどかかるであろう作業を最短でこなし、一時間程度で倉庫整理は終了した。
「本当に助かったわ不々動くん。あなたのお蔭でとても早く終わることができたわ」
「いえ。先輩にはいつも貴重なご意見を頂いていますので。そのお礼ということで」
「そ、そう?」
「あれあれ~? 意見って何~?」
「そうですね。私も気にはなります、会長」
僕たちの会話を聞いていたようで、柴滝姉妹が追及してくる。
「べ、別に何でもないわ。そんなことよりまだ他の子たちが仕事してるんだから手伝いに行くわよ!」
どうやら他の生徒会役員がまだ別の仕事に従事しているようだ。
「自分はもういいんですか? 何でしたら他の方の仕事とやらも手伝いますが」
「いいえ、もう十分よ。ありがとう。あとは私たちだけでも大丈夫だから」
「それならもう帰らせて頂いても?」
「わわー、ほんとーに見返りとか要求しないねー」
「ええ、一般男子ならこれみよがしに会長に対して卑猥な要求をするはずなのに……彼は本当に男なのでしょうか」
酷い言われようですね。ただ単に恩返しのつもりでやっただけなのに……。
というよりこの程度で卑猥な要求をする男子なんていないとも思いますが……多分。
「こら二人とも、不々動くんはそんな人じゃないわ! この私が唯一認めている男の子なのよ!」
それは光栄な話だが、少しむず痒さを感じる。
こんなにも嬉しい言葉を言ってくれるとは……。
これはこの先も多華町先輩が楽しめるような小説作りに励まないといけない。
僕が帰る前に、多華町先輩から「このお礼はいずれするわ」と言葉をもらい、そのまま自転車置き場へと向かった。
自転車に乗り正門へと走る。
すると門のところに人垣ができていた。
一体何事かと身長をいかして原因を探ってみると……。
「……あれは」
門の前に車が停止しており、そこへ真っ直ぐ向かう一人の少女がいた。
あの人は確か……桃ノ森さん?
本日初めて知った有名人らしいクラスメイトの名前。
まだ学園に残っていたらしい。
彼女は優雅に笑みと手を振り撒き、男子たちが見守る中、車へと乗り込んでいく。
「うっわーっ! やっぱ可愛いよな桃ノ森ももり!」
「ああ! あの笑顔を見てるだけで興奮するわー!」
「当然だって! 何たって今を時めく大人気アイドル声優なんだからな!」
これはビックリです。
野次馬さんたちの話を聞くに、どうやら桃ノ森さんは声優をしているらしい。
しかもこれだけの人気を博す大人気アイドル声優として。
なるほど。クラスでの皆の態度がこれで納得できた。
アニメや漫画は嗜むが、声優事情には詳しくないのでまったく知らなかったのである。
確か去年の文化祭で活躍したとか言ってましたよね。そういえば外から有名な声優さんを呼んで公開生アテレコをするという企画があったことを思い出しました。
もしかしたらその時にも彼女が参加していたのかもしれない。
「あの若さでもう社会で活躍しているとは素晴らしいことですね」
いつか自分も社会に出たら立派な仕事に就いてみたい。
ただ……と気になることが一つあった。
それは桃ノ森さんの終始振り撒いていたあの笑顔だ。
僕にはこれが笑顔ですというマスクを素顔に貼り付けているように見えた。
営業スマイルとも言えるかもしれない。それは彼女が人気声優だから仕方ないのかもしれないが、友人であろう者たちの前でもその笑顔だったのが気にかかった。
心の底から笑ったことがあるのでしょうか?
不意にそんな疑問が浮かぶが、自分もまた表情筋が死んでいるとまで言われたことがあるので完全にブーメランになってしまう。
きっと桃ノ森さんは僕と違って綺麗な笑顔を浮かべられるだろう。
そう思いながら僕は家に向かってペダルを漕ぎ始めた。
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