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 …………は、はあっ!? んだよ測定不能って!


 野次馬の話を聞けば、どうやら奴の投げたボールが、その先のフェンスにぶち当たってしまったのだという。

 投げる場所からフェンスまでの距離は80メートル以上あるらしい。

 去年はそこまでの飛距離は出ていないと思う。

 つまりこの一年でビルドアップしたってことだ。いや、ビルドは違うか? レベルアップ? と、とにかく成長してるってこった。


 マジかよアイツ……どんだけだよ……。


 確かソフトボール投げの平均って30メートルくらい……だった気がする。

 80メートルのフェンスにぶつかるってことは、明らかにそれ以上ってこと。

 一体何メートル飛んだのやら。


 アイツの身体能力はどうなってやがんだ……!


 しかし不々動は動じず、そのまま二投目も放った。

 半信半疑でもあったが、その直後、俺は事実だと知る。

 高く上げられたボールは、綺麗な放物線を描き、そして――フェンスにぶつかった。


 う、嘘ぉん……!


「…………ふ、不々動……その、記録なんだがな……」


 明らかに顔が引きつっている審判役の先生が不々動に声をかけた。


「はい、フェンスまでの距離で構いません」

「い、いや、良かったら後ろに下がって再度記録を取っても……」

「いえ、特に記録自体には興味がないので」

「! ……そ、そうか。お前がそう言うなら別にそれでも……」


 愕然とする先生を尻目に、不々動は淡々と記録係から記録を聞いて、それを所持している記録用紙に書くと、一礼をしてから去っていく。

 そんなアイツを、その場にいた全員が珍獣でも見るような目で見送っていた。


 アイツ……マジで大物だな。

 これほどの大記録を打ち立てても興味ないとか…………一度でいいから俺も言ってみてえよ。


 俺だったらぜってえ自慢するし。胸張るし。その日、ウキウキ気分だし。


「てかアイツ、何したら笑うんだろうな」


 そういえば去年からちょくちょく見ているが、少しも笑った顔を見たことがない。

 表情筋ぶっ壊れてんじゃねえかって思うほどの淡泊さだ。


 …………ま、気にしてもしゃーねえか。


 俺とは土台住む世界が違い過ぎると思い、スポーツテストの続きを行っていく。

 グラウンドで行われるテストをすべて終了し、今度は体育館へと向かう。

 そこでもまた不々動が注目を浴びていた。

 何でも柔道部のエースが、不々動と握力勝負を挑んでものの見事に一蹴されたらしい。

 柔道やってる奴は、相手の道着を掴んでこそのスポーツなので必然と握力が強くなる。


 だからエースならかなり高い握力を持つだろうし、当人も自信があったのだろう。

 しかし申し訳なさそうに頬をボリボリとかく不々動の前に、四つん這いで崩れ落ちている柔道部エースがそこにいた。


「くっ……さすがだ不々動! この俺を越えるとはな! でもだからこそお前は柔道部に相応しい……っていないっ!?」


 すでに興味を失ったのか、不々動は次のテストへと向かっていた。

 憐れ……完全に独り相撲の柔道部エース。


 ……って、おいおい。不々動の奴こっち来るじゃねえか!


 俺は長座体前屈の列に並んでいる。

 そこへ奴がやってきたのだ。


 しかも俺の後ろかよ! 他にも列があんだろバカ!


 意識している俺をよそ目に、不々動はいつもの無感情っぷりで立っている。

 そして周囲からクスクスを笑い声が聞こえてきた。

 明らかにその視線は俺と不々動に注がれている。

 俺と不々動が並ぶと、まるで大人の子供だ。絶対同級生には見えない。

 このツーショットは、さぞかし他人からしたら面白いだろう。


 ぐっ……だからコイツみたいな奴の近くにいるのはヤなんだよ!


 自分が気にしなくても、周りがこうやって面白がるのが鬱陶しいから。

 けど今更別の列に移ったところで、俺が劣等感を覚えて逃げたみたいに思われてしまう。

 そんな軟弱者みたいに思われるのは我慢ならねえ。


 ああくそっ! 早く俺の番来いよな!


 できるのは順番が回って、次のテストに素早く移ることだ。


 するとそこへ――。


「――あっ、ハッホー、ろーくん!」


 聞き覚えのある黄色い声が聞こえてきた。

 反射的に声の主を視線で追うと、そこには桃ノ森と、彼女と仲の良いクラスメイトがいたのである。

 どうやら不々動の姿を見て近づいてきたようだ。


「あはは、聞いたよー。何かいろいろすっごい記録出してるんだって?」


 バンバンと気安く不々動の背中を叩く桃ノ森。

 彼女から男子に触れるところは見たことがない。不々動以外。

 だからか、周りにいる男子の眼が羨望と嫉妬で渦巻いているように見える。


「ねえねえ、その記録表見せて?」

「……どうぞ」

「ん、ありがと。…………うわっ、ソフトボール投げの記録マジ激爆じゃない?」


 げきばく……ってのは一体どういう意味だ?

 相変わらずギャルが使う言葉は理解できない。


「それに握力――ひゃ、115ぉっ!? …………ゴリラなの?」


 …………うわぁ。

 いやもう、溜め息しか出ねえわ。つーか柔道部勝てなくてしょうがねえわ。


「いえ、人間ですが。ちなみにゴリラは大体400キロ以上あるので、とても敵いません」

「何言ってんだし。熊殺しのくせに」


 ……え、は? く、熊? 殺し?


 めっちゃ悍ましいワードが出てきて思わず聴力に意識が集中する。


「ですから殺していません。撃退しただけです」


 いやいやいやいやいやいやいや。

 撃退って何さ! 追い返したってことだよな? 熊を? お前マジでなにもんなんだよっ!


「あ、そうそう。ほら、理菜」


 桃ノ森の背後でずっとバツが悪そうな表情をしていたのが、彼女の友人である舞川って名前の女子生徒だ。

 桃ノ森に背中を押されて、不々動の前に出される。


「あっ、ちょ、ももり!」

「ほーら、言いたいことあんでしょ!」


 そうして不々動と舞川が対面する……が、舞川は明らかに視線が泳いで戸惑っている。

 不々動も状況が掴めていないようで軽く首を傾げていた。


「っ…………ふ、不々動……くん」

「いえ、ふが一つ多いです。自分は不々動です」

「!? ち、違うから! 今のはつっかえただけだし!」

「あ、そうだったんですか。それは申し訳ありません」

「え? あ、ううん。その……えと…………うぅ、ももりぃ~」


 助けを求めるように舞川が桃ノ森を見るが、桃ノ森は「だーめ」と言って突き放す。

 するとしばらく困惑気味だった舞川は、深呼吸をしたと思ったら、あろうことか頭を下げた。


「遅れちゃったけど、前はごめんなさい!」

「……はい?」


 いきなりの謝罪の意味が不々動には分からないらしい。


「……ほ、ほら、前にその……教室でアンタのこと責め……たでしょ?」


 なるほど。俺も思い出した。

 不々動と桃ノ森に一悶着があったことだ。

 桃ノ森を不々動が泣かせたと、彼に舞川が詰め寄ったのである。

 どうもあれは桃ノ森が勘違いしたことで起きたことらしく、不々動にはまったく非はなかったらしいが。


「ほ、本当はもっと早く謝らないといけなかったと思う。でもその……」

「ああ、気にしないでください」

「え?」

「この見た目ですし、謝るにも怖かったのでしょう。自分も気にはしていませんので、どうか舞川さんも気にしないでください」


 …………んだよコイツ。何でそんなことが言えんの?

 コイツ、もしかして聖人君子か何かか?






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