35
――4月29日。
僕たち不々動一家は、父と兄の墓参りにやってきていた。
毎年恒例の行事でもある。
ただ今回は少し異なる状況も一つ。
それは――。
「……うん、これで綺麗になったんじゃない、巨人くん?」
墓石を磨いてくれていた桃ノ森さんがにこやかな表情でそう言う。
今回の墓参りだが、せっかくだからとお婆ちゃんが彼女を誘った。
お爺ちゃんも話を聞いて二つ返事で了承してくれたのだ。
今は二人で墓磨きをしており、祖父母と珠乃は世話になっている霊園の管理人に礼を言いにいっている。
「先にお線香をあげておきましょうか」
最初に僕が父と兄に近況を報告を簡潔にした。
そして次は桃ノ森さん。彼女は兄の墓石の前にスッと膝を折って手を合わせる。
「……どーくん、久しぶりだね。どう? アタシ……約束守ってるよ」
僕はただただ彼女の言葉を黙って聞く。
ちなみに彼女は長めだったその髪をバッサリと切ってショートボブになっている。
彼女曰く、気分を一新したらしいが、真実を知ったあの日がきっかけになったことを僕は知っていた。
「あれから頑張って夢を叶えたよ。アイドルというかアイドル声優だけど、自分のなりたいものになれた。毎日忙しいし、授業とか大変で……それでもちゃんと笑ってると思う」
彼女の普段の笑顔が薄っぺらく見えたのは、それは彼女が培ったコミュニケーションが為せるものだったのだ。
いつも笑顔だったどーくんに負けないように。
忙しくても、辛くても、彼女は他人に弱みを見せないように笑顔だけは浮かべていた。
そうすることで、離れていてもどーくんと繋がっている気がするのだと彼女は言ったのだ。
「だから……褒めてほしかったな」
……どーくん、聞いていますか。
今ここに、どーくんのことを心から好きと言う女の子がいます。
ずっとずっと想い続けて、ようやく答えに辿り着いた少女が。
願わくば、こんな結末じゃなければ良かったんですが……。
……やっぱり僕よりもどーくんがここにいた方が良かった……ですね。
「…………こーらっ」
「!? ……も、桃ノ森さん?」
気づけばすぐ目の前に桃ノ森さんの顔があった。
何やら膨れっ面で怒っていらっしゃる。……どうしてでしょうか?
「何だか良くないこと考えてたっしょ?」
「え? あー……その」
「ダメだよ! 巨人くんの考えてることなんて筒抜けなんだし!」
そのままゆっくりと距離を取って、僕に向けてビシッと指を突きつけてきた。
「いい巨人くん……ううん、ろーくん!」
「え……は? ろ、ろーくん?」
「うん! だってどーくんの弟だしろーくん! これからはそう呼ぶから!」
「い、いやそれは……」
「何言ってもムダー、はいバリアー」
そんな子供みたいに……。
両手をクロスさせて笑う桃ノ森さんに呆れてしまう。
「アタシこれからもっと頑張る! だからろーくんも夢に向かって頑張ること!」
「夢……ですか」
一応プロの作家としてデビューするのですが、それは夢……なのでしょうか?
「今のアタシの夢はそうだなぁ…………あ、そうだ。巨人くんってば、今度プロ作家としてデビューするんでしょ? だったらそれがアニメ化したらアタシがヒロインを演じる!」
彼女には作家になることは伝えてある。
あれから定期的に家に来て仏壇にお線香をあげてくれて、その関係から家族とも仲良くなった。
それで僕がライトノベルを書いていることもバレ、今度デビューすることも知られた。
一応オフレコにしてもらうようにお願いはしたが。
「アニメ化……ずいぶんと現実感のない夢ですね」
何せ僕の作品が大ヒットしなければならないという前提なのだから。
「いいの! 夢はそれくらい難しい方が目指し甲斐あるし! 昔地味っ子だったアタシが、今じゃ超人気アイドル声優だよ? やってやれないことはないと思うし」
「はぁ……前向きですね」
「うん! ここに眠ってる人のせいでねー」
どーくん、聞いてますか。あなたのせいにされてますよ?
しかもあなたのせいで僕まで巻き込まれたんですが……。
「ほらほら、ろーくんの夢は?」
「う、うーむぅ…………分かりません」
「そこは嘘でもアニメ化って言うべきだし。あーでも嘘はダメかぁ。……じゃあ夢を見つけることを夢にしよ!」
「夢を……見つけることが夢?」
ハッキリ言って意味が分からない。
「うんうん、何だか激爆な夢だよねー! 滾ってきたよね!」
いえ、むしろ冷めてきましたが。だからげき……ばく? の意味も分かりませんよ。
でも……夢、ですか。
そういえば考えたこともありませんでしたね。
漠然とどーくんがサッカー選手になるので、自分もそれを支えるような職種につけばいいかなと思っていた。
ただそれが夢だったかといえば違う……と思う。
ふんふんふん、と上機嫌な桃ノ森さんをよそ目に、僕はどーくんの墓石を見つめる。
…………どーくんはどう思いますか? 自分は夢を持っていいんでしょうか?
どーくんのすべてを奪ってしまったのは僕なのに。
するとその時、一迅の強い風が吹き、どこからか飛んできた葉っぱが右頬を打った。
「……どーくん?」
それはまるでどーくんが叱ったように思えた。
どーくんは言った。
僕にもずっと笑っていてほしい、と。
なら自分のできることは何だろうか。
…………分からない。不甲斐ないが、自分だけで何かを決めることが怖い。
また何か取り返しのつかないことを招いてしまいそうで。
だけど……。
「少し……考えてみましょうか」
「ん? 何か言ったろーくん?」
「……いいえ。それより桃ノ森さん、今日の珠乃の誕生日パーティに出席してくださるんですよね?」
「とーぜんっ! ああもう、珠乃ちゃんが可愛過ぎてアタシの妹にしたいぃ!」
それは断固拒否します。奪うというなら全戦力をもって戦いますから。
「ではこのあと買い出しに行きますか。……珠乃も一緒に」
「! うんうん! 行くに決まってるし!」
そこへ珠乃たちもやってきて墓参りはつつがなく終了した。
去る時、僕はどーくんと父の墓石に振り返る。
「――来年もまた来ます」
願わくば、今度来る時は少しでも成長した自分が見せられるように、と。
良かったらブックマーク、評価などして頂けたら嬉しいです。
これで第一章が終了しました。
第二章の更新は、少しお休みを頂き4月15日からを予定しています。