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今日は本当に泣きっ放しだ。
しかも同級生の男の子の前で。あーもう絶対黒歴史ってやつだし。
でも……うん。本当に驚いた。
まさかアタシの思い出の人が、巨人くんの双子のお兄さんで……もうこの世にはいないってことも。
もちろん悲しかった。せっかく行方が分かったというのに、もう二度と会って会話をすることができない。それが言葉にできないほど心に痛みが走った。
けれど、巨人くんから真実を聞き、どーくんが書いた手紙を見て切なくて苦しくて……。
それでも――――――嬉しかった。
自分を庇ったせいで記憶をなくしてしまったことは本当に申し訳ない。
だけど彼は記憶の片隅で覚えててくれた。
そして今際の際ではあるが、アタシのことを思い出してくれたことに心が打ち震えた。
「…………ありがとね、巨人くん」
「桃ノ森さん?」
「……ちゃんと話してくれて良かった。どーくんのこと…………知ることができて良かった。だから…………ありがとう」
これは心からの気持ち。
アタシのために辛いであろう記憶を呼び覚まし、心を折ってくれた一人の男の子への細やかながらの感謝。
そしてもう一つ。
「それと、アタシのせいでどーくんに怪我させて、記憶まで奪ってごめんなさい」
親御さんには過去に謝罪をしていた。
でも彼にはまだだったから。
彼の親切に報いるためには、こちらも真摯な対応を見せなければならない。
「いえ、本当は知らせない方が良かったのではと思いました。桃ノ森さんが泣かれたのを見て」
「ううん。知って良かったし。あーでもごめんね。アタシのせいで巨人くんを困らせてさ」
「別に困ってなどいません。それに今は兄の言葉を……あなたに伝えられて良かったと思います。聞いてくださり、ありがとうございます」
……ふふ。本当にこの人って面白い。
初めて会ったタイプの人だ。
アタシに興味無いって普通に言うとか、ちょっと失礼かもって思ったけど、よく考えればただただ真面目で素直なだけ。
どーくんも素直だけど、真面目……じゃなかったかな。よく意地悪とかされたし、からかうような嘘もたくさん吐かれた。まあ別に楽しかったし嫌じゃなかったけどね。
でもそっかぁ。どーくんの弟なんだぁ。
改めて彼を観察するように見る。確かに顔立ちは似ているかもしれない。
どーくんが成長すれば将来的にこうなっていたのか。
まあどーくんの場合は愛想もいいし、よく笑うのできっと人付き合いも良かったし、クラスでも人気者になっただろう。
「――たらいまーっ!」
ドタドタと激しい足音を出して誰かがこちらへとやってきた。
見ればそこには園児服を着たキュートな女の子がいた。
その子はアタシのことを見てハッと驚くと、すぐに巨人くんの背中へと走り寄って、そこからジッと見てくる。
「…………だ、だれー?」
その不安気に見てくる姿はとてつもなく愛らしい。
一瞬で心を奪われた。もし二人っきりだったら即座に抱きしめていたかもしれない。
「こら珠乃。お客さんですよ。桃ノ森さん、この子は妹の珠乃です。ほら、自己紹介してください」
うわ、巨人くんてば家族というか、こんな小さな子にも敬語なんだ。
アタシは彼の背中からスッと出てくる子に笑顔を向ける。
「た、たまは、ふふどうたまの、でしゅ」
でしゅってマジで!? 可愛過ぎでしょ! 若干顔も赤らめて、もう抱きしめたい!
「あはは。よろしくね珠乃ちゃん。アタシは桃ノ森ももりだよ」
「…………! ――マジカルまかろん?」
アタシの自己紹介を聞いてキョトンとなった珠乃ちゃんが突然首を傾げながらそう言った。
あーそっかそっかぁ。このくらいの女の子なら観てるよねぇ。
「マジカル……まかろん? 確かそれって日曜の朝にやっているアニメですよね? え?」
「おねえちゃんから、マジカルまかろんのおこえするぅ」
巨人くんはアタシと珠乃ちゃんを交互に見ていまだに戸惑い気味だ。
しょうがない。ここはサービスしておこう。
「おほん。――まーかろんろん、マジカルレボリューション! 世界の平和を乱す人は、このマジカルまかろんが許さないんだからね!」
巨人くんの前でやるのはちょっと恥ずかしいけど、珠乃ちゃんの瞳がこれでもかというほど開き、キラキラと輝き出す。
「しゅっごい! なんで! なんでおねえちゃんマジカルまかろんのおこえだせるの!」
「……! ああ、もしかして」
巨人くんも思い至ったようだ。
「えへへ、うん。アタシ、マジカルまかろんの声優やってるからね」
でも珠乃ちゃん、よく声だけで分かったよね。すっごいファンなのかも。何だか嬉しい。
「なるほど。そういえば桃ノ森さんは人気声優でしたね」
「ねえねえお姉ちゃん、もっとやってやって!」
「珠乃、その前に手洗いうがいをして服も着替えてください」
「えぇー」
「あはは、珠乃ちゃん。ちゃんとお兄ちゃんの言うこと聞いたら、いくらでもやってあげるよー」
「ほんと! じゃあちょっとまっててー!」
無邪気に返事をすると、そのままスタスタと足早に部屋を出て行く。
「あ、お茶のおかわり用意してきますね。ついでにお菓子なども見繕ってきます」
そう言うと、巨人くんも出て行った。
ここからは縁側が見え、その先には広々とした巨人くんの畑が見える。
都会の中にあって、どこかのどかな空気感を覚え心地好い気分を味わえた。
そこへ先程会った巨人くんのお婆ちゃんが姿を見せた。
「少しお話、いいでしょうか?」
「あ、はい。どうぞ!」
背筋がピンと伸び、とても綺麗な姿勢だ。少なくともアタシよりも。
「ふふふ、こうしてあの子――ゴローさんのお友達とお話するのは初めてですね。ゴドーさんはたまに近所の男友達を連れてきていましたけれど」
そこで女友達じゃないということに少しホッとしたのはアタシだけの秘密だ。
「……ゴドーさんのことはお聞きになったのですね」
「……はい」
「ふふふ、ゴドーさんが庇った女の子がこんなにも立派に成長したなんて。きっと天国でゴドーさんも喜んでいますよ」
「そうならいいんですけど」
「……辛かったですよね。すみません、私どもがゴドーさんが生きているうちにあなたのことを伝えておけば、もしかしたらもっと早く記憶を取り戻していたかもしれないのに」
「い、いいえ! それはどーくん……悟道くんの身体のことを思ってのことですから! それに……ちゃんと知ることができたのでアタシはそれだけで」
それでもやっぱり悲しいことは悲しい。気を抜けば不意に涙が零れそうになる。
「…………ゴドーさんはとても賢く、元気いっぱいで、人の心を惹きつける魅力を持った子でした。ゴローさんも、そんなお兄ちゃんのことを誰よりも尊敬していました」
「巨……悟老くんがですか」
「ええ。とても懐いていました。そしてゴドーさんもまた、そんな弟のことを目一杯可愛がっていましたから。本当に二人は仲が良かった。……ですから、あの事故で最も傷ついたのはきっとゴローさんなんです」
「え……彼がですか?」
巨人くん自身は珠乃ちゃんだと言っていた。
「今もその時に負った心の傷は癒されていないでしょう。……それは普段のゴローさんを見ていると一目瞭然です。……あの子はとても自己評価が低いんです。だからいつも、自分が損するような……いえ、自分では損とすら思っていないでしょう。それが当たり前だと、常に自分以外の誰かを優先してしまう。たとえ自分が傷ついたとしても……」
それは…………分かる気がする。
巨人くんがアタシのプライベートを守るため、繭原さんの立場を守るために、わざと突き放した言い方をしたことを教えてもらった。
それに聞けば彼はよく〝自分なんかが〟と口にするという。
明らかに自己評価が低い証拠だ。
「あの子は、大好きなお兄ちゃんが死んだのは自分のせいだと思っているんです。もしかしたら、あの場で自分が代わりに死んだ方が良かったとさえ思っているのかもしれませんね」
「そ、そんな!」
「優秀で、誰からも好かれて、必要とされるお兄ちゃんの方が世の中にも必要だから……。口には出しませんが、きっとそんな悲しいことをあの子は思っているんでしょうね。だからいつも自信がない。小学生はまだマシでしたが、中学生の頃、その見た目や大人し過ぎる性格から、他の人には怯えられ、距離を取られ、心無い言葉も送られてさえ反論せずに受け入れていたのは、きっとそういう考えが起因しているんでしょう」
何よそれ。そんなの…………辛いだけじゃん! 間違ってるよ!
だって……だって! 本当の巨人くんは、とても優しい人だもん!
「あの子はとても優しい子です。人の心の痛みを受け止められる器の広い子です。ふふふ、これでは孫バカでしょうか。……どうか仲良くしてあげてください。お願いしますね」
お婆ちゃんは頭を下げるとその場から立ち去っていった。
入れ替わりに巨人くんと一緒に珠乃ちゃんも姿を見せる。
珠乃ちゃんの要望通り、マジカルまかろんを演じ、それを巨人くんは微笑ましそうに眺めていた。
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