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「――――そんな、ことが……っ」


 過去の話が一段落し、愕然とした表情で桃ノ森さんが言葉を発した。


「辛かった……よねっ、辛くないわけ……ない……よねっ」


 桃ノ森さんが両手で鼻と口を覆い、また涙を流し始める。

 自分だって辛いはずなのに……。

 やはり桃ノ森さんはとても優しい子なのでしょう。


 あの事故からいろいろ大変だった。

 警察の人に聞いたところ、トラックの運転手の明らかな過失でありながら、その運転手もまた亡くなってしまっていたのだ。

 事故の最中にいた人間で無事だったのは僕だけ。

 お父さんも車が壁に衝突した瞬間に即死だったと聞いた。


 そんな中、辛うじて意識があったどーくんが、息をしていない僕を車内から引っ張り出して、その上で心臓マッサージを行い僕を蘇生させたのだ。

 何でも車が衝突した時に、壊れた車の破片がどーくんの腹部を貫いたというのである。

 普通なら歩くことすらままならない大怪我だったと医者は言う。


 どーくんのあの大量出血の謎はそういうことだ。

 それでも弟の命を救うために、最後の力を振り絞ってちゃんと救ったのだから信じられないと周りの者たちは絶賛していた。

 とても小学生ができる行いではない、と。


「自分は最期の最期まで兄に救われました。兄がいたから今自分がここにいます」

「巨人くん……っ」

「ですが一番辛いのは、父と兄の命日に生まれた……珠乃――妹でしょう。今はまだ理解できないでしょうが、いずれ自分の誕生日に嫌でも家族を失ったということを理解します。……それもこれも全部自分のせいです」

「! 何で? 君のせいになるし!」

「自分がプレゼントを買いに行きたいと言わなければ、事故に巻き込まれなかったはずですから」

「それはっ……………………違うから」

「は? 違う?」

「だって巨人くんがしようとしたことはとってもとっても素晴らしいことだもん! 家族にプレゼントしたいなんて、家族を大事にしてる人だからそう思えるだし!」

「桃ノ森さん……」

「だから……自分が悪かったとか……言わないでよぉ」


 さらに涙を流し始める彼女を見て、自分が悲しませてしまっていることに気づく。


「すみません。少し……自棄になった言い方になってしまいました」


 実際自分のせいで、と何度も思ったことはある。

 どれだけ悔いても、あの日は戻らないというのに……。


 あの事故のあと、当然衝撃的事実を受け入れざるを得なかった母は、それでも僕や妹の前で泣き言や悲しそうな素振りなど一切みせなかった。

 ずっと気丈に振る舞って、育児と仕事と精を尽くしていたのだ。

 しかし育児をしながら仕事は大変だということで、僕と妹は祖父母の家に預けられ、母は仕事優先で頑張ってくれることになった。


「……少し、待っていてもらってもいいですか?」

「あ、うん」


 僕は席を立つと、自室へと向かいテーブルの引き出しから〝あるもの〟と取り出し、再び彼女が待つリビングへと向かう。


「実はこれを桃ノ森さんにお渡ししたかったのです」

「え? て、手紙?」


 それは封筒に入った一通の手紙だった。


「そういえばアタシに渡したいものがあるって……これのこと?」

「はい、そうです」

「……読んでいいの?」


 僕は「はい」と頷き、彼女が読み終わるまで待つことにした。

 そうして桃ノ森さんは不思議そうに封を開けて中身を確認する。

 そこにはこう書かれていた。



『〝頭の中の君へ〟 たまに夢でよく見る女の子がいる。でも顔がハッキリとしない。それはきっと前に会ったことがある奴なんだろうけど。思い出せなくて悪い。ごめん。でもいつか絶対思い出すからゆるしてくれ。夢じゃ俺たちは一緒に遊んでて、将来の夢を語り合ったりもしてた。遊んでた時、楽しかったんだろうな俺。だって俺の夢を知ってんのは、家族以外じゃお前くらいだしな。大事な奴……なんだと思う。だから少し待っててくれ。思い出したらすぐに会いに行くから。そんでまた一緒に遊ぼうぜ! じゃあな。不々動悟道より』



 ポタポタと、雫が手紙に落ちる。

 僕はあることを言わなければならないと静かに語り出した。


「兄は小学二年生……七歳の頃に額に怪我を負いました。……桃ノ森さんも知っての通り、ブランコでの事故です。病院に搬送され、二日ほど眠り続けたんです。命には別状はなかったのですが、目を覚ました兄は…………記憶を失っていました」

「!? 記憶……を?」

「はい。とはいっても二週間ほどのですが。お医者さんは一時的なものだろうと仰いましたが、親の意向で実家がある病院にすぐに移送し詳しい検査をすることになったのです」


 検査結果は特に変わりはなかった。 

 ただ額に受けた時のショックで、記憶が飛んでしまっているだけ。


「兄に何があったのか。桃ノ森さんの事情のことも親は知っていましたが、兄にはあなたのことや事故のことは詳しく伝えられませんでした。無理矢理思い出さそうとするのは身体に良くないということで。ですから兄が自然に思い出すのを待っていたんです」


 僕は親からある程度聞いていた。

 一人の女の子を庇ったことで兄が怪我を負ったことを。

 それが桃ノ森さんだと分かった時は驚いたが。


「ただ事故から一年ほど経った頃でしょうか。兄が妙なことを言い始めたのです」


 最近夢の中に一人の女の子が出てきて、一緒に遊ぶ夢を見るとのこと。

 それから夢を見る頻度が多くなり、多分自分が過去に会った子で、忘れているだけのような気がするとどーくんは言った。


「兄はその子のことを『頭の中の君』と称し、こうして手紙を書きました。いつか記憶を思い出し、その子にお詫びの印として渡すためだと」

「どーくん……っ!」


 唇を噛み締めて桃ノ森さんが嗚咽する。


「そっか……そっか……思い出そうとしてくれてたん……だね」


 大事そうに手紙を抱きしめる彼女の姿を見て思う。

 本当にどーくんのことが好きだったんですね。


 そしてきっとどーくんもまた彼女のことが好きだったに違いない。

 桃ノ森さんは言った。これが初恋、だと。

 もしかしたらどーくんもまた、恋をしていたのかもしれない。


「最期……兄が思い出したかのように〝アイツ〟と口にし、誰かを強く想っていました。兄の遺品を整理している時、この手紙を見つけ、そして生前彼が言っていた『頭の中の君』を思い出し、あの時兄が思い描いていた人物がその子――桃ノ森さんだと理解しました」


 だからこそ、この手紙を彼女に渡し真実を伝えてあげたかった。

 辛い結果にもなるだろうが、それでも彼女には知ってほしかったのだ。

 どーくんは最期に桃ノ森さんのことを思い出したということを。




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