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突然の男子宅への訪問。
いや、まあうん。アタシってばこういう見た目だし、遊んでるっぽく見えるかもしれないけど、今まで男子の家に行ったことってなかったんだよね。
だからキンチョーするぅ……って、そんな軽い話じゃない!
何で!? 何でアタシは今、巨人くんの家の前まで彼と一緒に来てるの!?
いやいや、彼に来いって言われたから来たんだけどさ。
彼が深刻そうに言うもんだから断れなかったし。……まあちょっと巨人くんがどんなところに住んでるのか興味があったのも事実だけど。
でもそんな気軽な気持ちで誘われたわけじゃないことは分かってる。
だって学園から一緒に帰る時も、巨人くんは怖い顔というか真剣な顔でずっと黙って自転車を押して歩いていたし。
アタシ的には街を歩けばよくナンパされるから、良いボディーガードになって助かったけどね。
「ここが、巨人くんの家なんだ。へぇ~立派だね」
敷地面積は一般家庭よりも断然に広い。しかも中には道場もあるってんだから凄いよね。
聞けば剣道の道場をやってるらしい。
……あれ? うちの弟も剣道やってて道場に通ってるって聞いたけど……まさかね。
「うわ、畑? 何巨人くんの家は自給自足なの?」
「いえ、趣味の一環です……自分の」
「まさかの巨人くんの畑だった!? ……ほんとーに文化系なんだ」
家がガッツリ運動系だというのに不思議なこともあるものだ。
アタシは古民家のような佇まいの家の中に通される。
こういう和を重んじる家というのはどこか落ち着く。畳のニオイもするし癒しさえ感じる。
「あら、ゴローさんがお友達を連れてくるなんて驚きですね」
家にはお婆さんが一人いて、巨人くんの祖母らしい。
まったくもって似ていない。小さくて可愛らしいお婆ちゃんだからだ。
「お、お邪魔しますっ!」
「うんうん。ゆっくりしてってくださいね」
でも穏やかで優し気な喋り方は、何となく巨人くんを思わせた。
巨人くんはそんなお婆ちゃんに何かを告げると、一瞬心配そうな表情をお婆ちゃんが見せたが、すぐに巨人くんが話しかけてきた。
「こちらです、桃ノ森さん」
「ひゃ、ひゃい!」
何よひゃいって。どんだけ緊張してんのよアタシ。
ていうか何で巨人くんは女子を家に上げて普通なの? 慣れてるの? それともアタシを女として見てない?
何だかどっちでも嫌な感じなんだけど……。
そうしてそわそわしながらも、彼の案内に従い一つの部屋へと足を踏み入れることになった。
その部屋は畳部屋で、余計なものなど一切置いておらず、突き当たりには大きな仏壇がぽつんと存在感を示していた。
「仏壇……?」
立派な仏壇だ。埃も一切なく、毎日手入れが行き届いていることは明らかだった。
最初に目が向かったのは一つの写真立て。
そこには一人の男性が立っていた。
そしてその横に添えるように、もう一つの写真立てがある。
アタシはそのもう一つの写真立てに飾られた写真を見て言葉を失ってしまう。
「紹介します。桃ノ森さんに向かって左側の写真は自分の父親です。そして――」
止めて、言わないで――。
そう心が騒ぐが、巨人くんは容赦なく写真に写った〝少年〟の正体を明らかにする。
「右側の写真が、自分の双子の兄――不々動悟道のものです」
そこには大きな傷を額に携えた、とても見覚えのある笑顔を見せる男の子の姿があった。
※
今、桃ノ森さんはどんな気持ちなのだろうか。
彼女は自分を兄と間違ってはいたものの、心の底から再会できたと喜んでいたと思う。
それは言葉の端々から感じる喜々としたものを感じていたから分かる。
だからきっと、彼女の心は圧し潰されそうな感情が渦巻いていることだろう。
本当はこんな真実、あまりにも重くて知らない方が良かったかもしれない。
でも…………どうしても伝えざるを得なかった。
それが兄の――――どーくんの願いでもあったから。
「桃ノ森さん……」
名前を呼ぶも、彼女はいまだ理解し得ないのか時計が止まったように動かない。
すると突然彼女はゆっくりと仏壇に近づき膝を折った。
恐る恐るといった様子で、兄の写真立てを手に取りジッと見つめる。
「…………うん。どーくん……だよ」
小学二年生からはずいぶんと成長しているが、額の傷や笑顔はきっと彼女が兄と断定するのに十分な証となったのだろう。
「…………あはははは……そっかぁ。……巨人くんと間違うはず……だよね。だって……双子なんだもん」
「自分と兄は一卵性双生児で、小さい頃は親でさえ見分けがつかないほどよく似ていたそうです」
ただ自分は兄とは違い、物静かで感情の起伏も薄く、家からあまり出ない消極的な性格だったが。
「…………そっかぁ。どーくん……いなくなっちゃったんだ……あはは、そっかそっかぁ……っ」
彼女は写真立てを抱きしめ静かに嗚咽し始めたのを見ると、僕はサッと踵を返し部屋から出た。
出ると、いつの間にかお婆ちゃんが立っており、僕は悲しそうな顔を浮かべるお婆ちゃんに頷きを見せる。
後ろからは桃ノ森さんの泣き声が聞こえてきた。
僕は聞いてはいけないと思い、ここはお婆ちゃんに任せてリビングの方で待つことにしたのである。
しばらくすると、そこへ桃ノ森さんとお婆ちゃんが姿を見せた。
お婆ちゃんが「お茶を入れてきますね」と席を立ち、代わりに桃ノ森さんは僕と少し距離を開けた場所に座る。
「ご、ごめんね。その…………気を遣わせちゃったみたいでさ」
「とんでもありません。少しだけでも気持ちは分かりますから」
好きのベクトルは違うものの、大切な人を失った悲しみは理解できるつもりだから。
「…………聞いても、いい?」
「兄が亡くなった理由、ですね?」
桃ノ森さんは力なくコクンと頷く。
僕もまた、この話をするために彼女を連れてきたのだ。覚悟はある。
そして約五年前のあの日の出来事を語ることにした。
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