30
これは約九年前の出来事――。
いつものように朝食を食べ終わり、どーくんと一緒に【おおこま公園】で遊んでいた時だ。
アタシはその時、密かな決意をしていた。
もうすぐどーくんがいなくなる。
アタシにとって身を引き裂かれるような思いだった。
でもこのままじゃ彼にもらってばかりだ。それで本当にいいの?
何か彼に恩返しがしたいと思った。
どうすれば彼が一番喜んでくれるのか。
そう考えた時、やっぱりアタシが頑張る姿を見せるのが一番だ。
今まで自分で率先したことのないアタシ。怖がりのアタシ。勇気のないアタシ。
だからアタシは、以前どーくんが見せてくれたブランコ飛びというのをやることを決意していたのだ。
前に見た時はとても自分にできるようなことじゃなく、怖過ぎて無理だったけれど、だからこそ成功すればきっとどーくんは喜んでくれる。
そう思い――。
「どーくん、そこで見ててね! アタシだってできるってとこ、ちゃんと見せるから!」
「は? 何を……」
アタシはブランコに飛び乗り大きく漕いでいく。
どーくんは、ブランコに座りながら飛んでいたが、同じことをするよりは、さらに一歩先にあることをすれば、より彼に喜んでもらえる。そう、思ったからアタシはブランコに立ったのだ。
「お、おいモモ! まさかそれで飛ぶつもりなのか!」
「うんっ! 見てて!」
「止めろって! あぶねえから!」
「だいじょーぶ!」
でも……怖い。こんなに全力でブランコを漕いだことなんて今までなかった。
大きく振り子現象を起こすブランコにしがみつくのには結構な力もいる。
やっぱり止めよう……かな。
一瞬諦めの心が浮かんでくるが、アタシは頭を振る。
ここが勇気の見せどころだと言い聞かせ、さらに漕ぐ。
そしてジャンプするタイミングを見計らっていたその瞬間――ズリッ!
ブランコから片足が滑り落ち体勢がぐらついてしまう。
「モモッ!」
そのままアタシはブランコから落ちてしまう。
幸い地面が砂場だったのでお尻を打っただけで済む。
「い、いたぁ……っ!」
失敗してしまったことと、痛みによって自分が情けなくなり泣きそうなる。
しかし直後、アタシの身体が誰かに弾き飛ばされてしまう。
「きゃっ!?」
一体何が起きたのか分からず、起き上がって確認してみてアタシは絶句した。
いまだに緩く揺れてギシギシと乾いた音を立てるブランコの前。
アタシがさっきまでいた場所らへんで――どーくんが倒れていたのだ。
それも額から真っ赤な血を流して。
「……ど、どー……くん?」
まだまだ短い人生だけど、目の前で誰かが倒れているのも、血を流しているのも初めて見た。
しかもそれが知り合い……ううん、友達だということが信じられない。
「どーくんっ! どーくんっ!」
普通は誰か大人を呼ぶか、119に電話をすればいいのだろうが、この時のアタシにそんな冷静な判断ができるわけがない。
彼に寄り縋りただただ泣くか戸惑うしかできなかった。
運の悪いことに、公園で遊んでいたのはアタシたちだけ。
アタシはどうすればいいか見当もつかずに彼の名前を呼び続けることしかできなかったのだ。
そんな泣きじゃくる、どうしようもないアタシの頭にポンと何かが置かれる。
ハッと顔を上げると、片目を開けたどーくんがアタシの頭を撫でていたのだ。
「だいじょーぶだいじょーぶ」
絶対に痛いはずで、アタシよりも泣きたいはずなのに、どーくんはアタシを安心させるためだろう、笑顔を浮かべてそう言ってくれた。
その時だ。
アタシはこのどーくんという少年に心を奪われたのである。
「――と、バカな女の子の初恋の話……かな」
黙って聞いてくれていた巨人くんはこんな話を聞いてどう思うだろうか。
「初恋……ですか」
「う、うん。あはは、ちょっと照れるし。……でもそう、あれがアタシの初めての恋だと思う。あっ、その子は無事だったよ? あれからすぐに泣き喚いたアタシの声を聞いて駆けつけてくれた大人の人たちがいてね。すぐにどーくんは病院に行ったし」
「……なるほど」
「でもお見舞いもできなかったなぁ。病院には親と一緒に行ったんだけど、会えたのはどーくんの親御さんだけだった。翌日にはそのままどーくんが住んでる街の病院に行ってしまってさ…………それっきり」
「そう、だったんですか」
「えへへ……あ、あのね、そのどーくんって子がね、何となくというかすっごく巨人くんに似ててさ。傷とか身体が大きかったこととか、小学生の頃に怪我をしたこと、住んでた場所は違って、夏休みとかにこっちに来てたってこととか、いろいろどーくんと同じでさ…………勘違いしちゃった」
まあでもこんだけ似通ってたら普通間違うよね。……多分。
「ああっ、でもマジで恥ずかしいことしちゃったし! 一人だけ盛り上がっちゃうし、それが完全に空回りするし! それに巨人くんにも迷惑かけて! ほんっとーにごめんっ!」
何の落ち度もない巨人くんに期待を勝手に寄せていただけ。
それが間違いだと分かり、ちゃんと説明もしないまま逃げ去って、巨人くんはクラスメイトたちに詰め寄られていた。
全部アタシのしたことが原因だ。彼には本当に申し訳ないことをしてしまったと思う。
「いえ、お気になさらないでください。行き違いがあっただけのことですから」
「……はは、そういう優しいとこも似てるんだけどなぁ」
その優しさでアタシは救われたんだ。
ああ、思い出したら涙が出そうになってくる。
「まあでも、別れたっきりでそれから会えてないんだよね。長期の休みになったら、またどーくんが来てくれるって思って待ってたんだけどさ」
それでも彼をこの街で見ることは叶わなかった。
「ご両親が忙しかったのか、それともどーくんがアタシのことを忘れちゃったのか。まあでも友達がいっぱいのどーくんだったから、アタシなんか忘れてもしょうがないけどね」
「そんなことはありません!」
「へ?」
突然声を張り上げた彼にアタシは面食らってしまう。
「あ、すみません、いきなり大声を上げて」
「う、ううん。……でも何で?」
「それは…………っ」
その時、巨人くんが辛そうな表情を浮かべたのをアタシは見た。
どうして? どうして君がそんな顔をするの?
すると意を決したかのように巨人くんが口を開く。
「……桃ノ森さん」
「な、何?」
「あなたに……伝えなければならないことがあります。それに……お渡ししたいものも」
「……え?」
「長い話になるかもしれません。もうすぐ昼休憩も終わりますし」
そこで一度間を取った巨人くんが予想だにしないことを言った。
「今日の放課後、自分の家に来てくれませんか?」
「…………………………ふぇ?」
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