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「何? アンタいきなり」
「あ、あのあの! ……不々動くんは、悪い人ではありません!」
「はあ? 何なの急に? 横やりとかマジでウザイんだけど?」
舞川さんがギロリと睨みつけると、繭原さんはビクッと身体を震わせ今にも逃げ出しそうな雰囲気だが、それでもその場から立ち去らずに皆の注目を浴びつつ声を上げる。
「そ、その…………多分、行き違いか何かがあったんだと思います」
「行き違い? 何それ?」
「それは……分かりません。……でも、不々動くんはとても……とても優しい人です」
「優しいって。アンタね、コイツの噂くらい知ってんでしょ?」
「…………噂は噂でしかありません」
「はあ?」
「噂が真実だって何で言い切れるんですか!」
……繭原さん。
どうしてそこまでしてあなたは……。
あなただって目立つのは嫌なはず。こんなふうにクラスのトップカーストにいるであろう人物に歯向かった発言をすればどうなるか、賢いあなたなら理解しているというのに。
それなのにどうして彼女が、自分なんかのために皆の敵になろうとしているのか分からない。
ただたまにライトノベルの話をするくらいの間柄だというのに……。
いつも物静かで、決して表に出ないようにふるまっている繭原さんの強気な発言によって、クラス中が静まり返る。
だがすぐに……。
「んだよ繭原の奴、何巨人を庇ってんの?」
「もしかして二人付き合ってるとか?」
「あはは、ないない。美女と野獣かってんだ。いや、地味女の繭原じゃ美女役は無理か」
「ていうか二人グルなんじゃないの? ああ見えて繭原さんってば結構腹黒そうだし」
マズイ。このままでは敵意が繭原さんの方へと向かってしまう。
僕はすぐさま席から立ち上がり皆の注意を引き付ける。
「……すみませんが、これ以上不毛な言い合いは止めにしませんか?」
「ふ、不毛……!? アンタ何言って――」
舞川さんの額に青筋がくっきり浮かび上がる。
「それに繭原さんも……自分を擁護してくれるのはありがたいですが、ハッキリ言って必要ありませんし……迷惑です」
「不々動……くんっ……!」
悲しそうな、困ったような表情を浮かべた繭原さんの顔を見て思わず目を逸らしたくなる。
「うっわ、巨人ってば庇ってくれた繭原に容赦ねー」
「マジでそれな。繭原さん可哀想」
「やっぱアレだわ。巨人は俺たち庶民には理解できない存在なんだよ。あー怖え怖え」
「つーか、あまり刺激しない方が良いんじゃね? 暴れられたら俺ら終わっちゃうよ?」
再び彼らの敵意が僕へと集中する。
……これでいい。
繭原さんにはキツイ言い方になってしまったが仕方ない。
……もうあの本屋には行けませんね。
今の発言で繭原さんを傷つけてしまった。あとで謝るつもりではあるが、きっと許してはくれないだろう。
何せ彼女の勇気を出した厚意を無下にしたのだから。
「アンタ……マジで最低だね」
舞川さんから冷たい言葉が放たれる。
そうですね。最低……でしょうね。
しかしそんな中、空気を一変させるような人物が教室の扉を開けた。
その人物を見て、舞川さんが目を丸くしながら名を呼ぶ。
「っ…………ももり!?」
そう、桃ノ森さんの登場だった。
「……え? 何この雰囲気? アタシ、何かやっちゃった?」
当然桃ノ森さんは、教室の異様な雰囲気を察して困惑している。
「アンタ、無事だったの!?」
「はい? ど、どゆことだし?」
そこへ桃ノ森さんの傍にいたクラスメイトが、彼女に事情を伝える。
桃ノ森さんは黙って「ふんふん」と聞きながら、要所要所で僕や繭原さんをチラチラと見てきた。
「…………ふぅん、なるほどね」
すると桃ノ森さんは、カバンを自分の席に置くと、真っ直ぐ僕のところへ歩いてくる。
そして手を伸ばせば触れられるような距離で立ち止まり、バッと頭を下げた。
「ごめんっ!」
突然の謝罪に僕もまた混乱してしまう。
また彼女はすぐにクルリと踵を返しクラスメイトたちに対面すると、同じように「ごめん」と頭を下げる。
「ちょ、ももり、何で謝るのさ?」
「理菜……心配かけてごめん。みんなも」
舞川さんの下の名前を呼び、申し訳なさそうにもう一度謝る桃ノ森さん。
「巨人くんは悪くないの。……全部アタシが勘違いしてただけで……さ」
「ももり……」
「理菜、あとでちゃんと話すから。だからみんなも巨人くんを責めないで。巨人くんも……迷惑かけてマジでごめんね」
「……いえ、自分はこういうの慣れていますので」
「むっ……そういうのダメだから。アタシは君もクラスの人と仲良くしてほしいし」
別に一人でも困ることはないので構わないのですが……。
「でも…………アタシのために詳しいことは話さなかったって聞いた。……ありがと」
それとね……と、彼女は続ける。
「巨人くんにも話したいこと。ううん、話さなきゃならないことがあるしね。えへへ、昨日はビックリしたでしょ? だからお詫びに、ね」
化粧でいくらか誤魔化しているが、目が腫れていて充血している。
夜中ずっと泣いていなければこうはなっていないだろう。
それも僕があの時、去っていく彼女を止めることができずに真実を話さなかったせいだ。
だから僕は彼女の話を聞く義務があるし、僕の知ることを伝える義務もまたある。
「…………分かりました。自分もあなたに話したいことがあるので」
「うん。……じゃあお昼に……あそこでね」
そう言って、皆が何だか釈然としない様子のなか、一応の区切りは見せたのであった。
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