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『だいじょーぶだいじょーぶ』
かつてアタシのために、彼が笑顔で言ってくれた言葉を思い出す。
…………やっぱり巨人くんに間違いない!
今の彼は無表情で、あの時の笑顔を見せてくれないが確信した。
あの言葉、そして彼が醸し出す雰囲気が瓜二つだ。
それから落ち着いた子供たちに向かって、巨人くんがブランコでの注意事項を教え、それにアタシも加わった。
タケルくんたちはアタシたちに感謝と謝罪をして、公園から出て行ったのである。
良かった。誰も大怪我しなくて。
それにタケルくんたちも、二度と同じ過ちを犯しはしないだろう。
「良かったね、素直な子たちで」
「はい。ところで桃ノ森さんも参加されてたんですね?」
アタシの姿を見てそう判断したのだろう。
「ま、まあね。この公園は思い出の場所だし、綺麗にしときたいし、さ」
アタシはチラチラと思い出を促すように巨人くんを見る。
「そうなんですか。奇遇ですね。自分も少なからずこの公園、いえ……このブランコには思い出があります」
「!? そ、そそそそそれってどんな思い出なの!」
ついつい食いついてしまった。
ビクリと肩を震わせていたが、巨人くんは静かに語り始める。
「…………小さい頃の話です。ここで怪我をした少年の話」
もう絶対間違いない。これだけ符合しているのだから。
彼がどーくんだ!
勇気を……出すのよ、アタシ!
アタシは咳払いをすると、意を決して話し始めた。
「え、えっとね……巨人くん。じ、実はね……その、アタシと巨人くんは…………前にここで会ってるんだ」
「へ? 前に? ……いつ頃のことですか?」
「……小学二年生の頃。このブランコで」
「小学二年生……ブランコ……!」
巨人くんは、そのワードを繰り返すと何かを悟ったように目を細めた。
「う、うん。そこで一人の男の子が、一人の女の子を庇って大怪我を負っちゃったの。その……ね、その時の女の子が――アタシなの!」
「!? ……なるほど。あの時の子が……桃ノ森さんでしたか」
覚えていてくれた!
アタシの胸は嬉しさで満たされる。
これでまた彼と一緒に楽しい日々を過ごせるんだ。
そう思うだけで、これまでつまらなかった生活に華が咲いたように思えた。
思い出の子に会えただけでこんなにも心躍るものらしい。
「じゃ、じゃあ巨人くんは――」
「すみません、桃ノ森さん」
「え?」
どうして、謝るの……?
「申し上げにくいのですが……」
ああ、彼の顔を見てアタシは何となく察してしまった。
だから――。
嫌だ。嫌だ。その先を聞きたくない。そう心が拒否する。
「あなたが仰っている、その男の子のことですが――」
言わないで――。
しかし無情にも彼からその言葉が紡がれてしまう。
「――自分ではありません」
一瞬にして喉が渇く。心が悲鳴を上げる。
それまで抱いていた熱が冷たくなっていく。
「っ……どう、して? どうしてそんな嘘を言うの?」
「嘘ではありません」
「だって! その傷! その傷はアタシのせいで! アタシを庇ったせいで負ったものでしょ! 絶対に忘れない! 忘れられるわけなんてないし!」
気づけば涙目でアタシは訴えていた。
そんなアタシを、申し訳なさそうな表情で見つめる巨人くん。
何故そんなに悲しそうな顔をするの? どういうこと? 何が何だか分からない。
すると巨人くんは、自分の傷に触れてこう言う。
「この傷は誰かを守ってできたような誇れるものではありません。これは小学六年生、自分が十二歳の時に事故で負った傷なので」
「!? …………嘘よ。嘘でしょ?」
「いいえ、自分は嘘は言いません」
「嘘よっ!」
アタシはそれ以上、真実を知りたくなくて逃げ出すように公園から遠ざかっていく。
運命という名のフラグがバキッと折れた音が頭の中で寂しく響いた。
※
「――――ちょっと、どういうことアンタッ!」
翌日のことだ。
いつものように学園へ行き自分の席に座っていると、突如同じクラスの女子が凄い剣幕で近づいてきて怒鳴ってきた。
当然周りにいる人たちも何事かと注目する。
「どういうこと、とは?」
彼女とは接点というか、話したことはなかったはず。
だから怒りを向けられるようなことをした覚えなど……。
そう思いつつも記憶を探っていると、すぐに答えを彼女が示してくれた。
「ウチさ、昨日見たのよ! アンタが【おおこま公園】でももりと話してたの!」
「――!?」
「アンタ、ももりに何かしたでしょ! あの子が泣きながら公園から走り去ってくのウチ見たんだからっ!」
その言葉で、クラス中の皆がざわつき始める。
「おい、マジかよ。巨人が桃ノ森を泣かせた?」
「女に手を上げるような奴だったのかよ。最低だな」
「つーか、学園のアイドルに何してんだよアイツ」
などなど、侮蔑や憤怒といった感情が込められた視線が僕を貫く。
「……桃ノ森さんが泣きながら? それは本当ですか?」
「マジだから言ってんでしょ! あれからメールしても『何でもないから』の一点張り。絶対アンタが何かしたはずよ!」
「それは……」
昨日のことを思い出す。
桃ノ森さんが語った過去の話。
確かにあの話がきっかけで、桃ノ森さんの態度が豹変したように思える。
いや、実のところ桃ノ森さんが語ったのは間違いなく事実だ。
しかし今の彼女にとってはそれは――真実ではない。ということを僕は気づいていた。
彼女の話を聞いた僕だけが知る真実。
結局伝えられないまま別れてしまった。だから今日、会えれば話をしようと思っていたのである。
それがすべてを知っている僕の義務のような気がしたから。
「一体何したのよ! いつも笑ってて、元気で、ウチの大好きな親友を泣かせるなんてアンタ絶対許さないから!」
僕は彼女――舞川さんの眼を真っ直ぐ見返す。
彼女はいつも桃ノ森さんと一緒にいる女子生徒だ。
見れば若干唇は震え、視線を落とすと手もまた震えている。
きっと怯えているのだろう。
僕に関して怖い噂は数知れない。そんな相手に面と向かって怒鳴ったのだ。
もしかしたら……と、考えるのも無理はない。
それでも彼女は恐怖に負けず、友達のために言葉を尽くしている。
不謹慎かもしれないが、そんな友達を持てた桃ノ森さんのことを羨ましいと思ってしまった。
「…………すみません」
「は、はあ? 何が?」
「桃ノ森さんを泣かせてしまったのなら、それは間違いなく自分のせいでしょう」
「! や、やっぱりアンタ、あの子を怖がらせたりしたんでしょう!」
「……分かりません」
「……分からないって、何言ってんのよ!」
「自分は確かに彼女と……桃ノ森さんと言葉を交わし、その結果、彼女は突然立ち去りました」
「い、一体どんな話をしたのよ?」
「それは……すみません。自分だけの話ではないですし、桃ノ森さんのプライベートにも関わるであろう話なので、彼女の許可がないと話せません」
「っ!? だから、その彼女が話してくれないからアンタに聞いてんでしょうが!」
周りからも「そうだそうだ」と真実を語るように追及してくる。
だがこの話は当人同士以外でするような話ではない。
鈍感と言われる僕でも、それだけは気軽に超えてはいけない一線だと分かっている。
だから……。
「自分から話せることはありません」
「~~~~っ! ふ、ふっざけんなっ!」
舞川さんは堪忍袋の緒が切れたように、真っ赤な顔をして右手を振り上げる。
それが僕の頬に向けて振り抜かれようとした直後、
「――待ってくださいっ!」
制止の声が響き、誰もが一瞬固まった。
舞川さんもまた手を止め、声の主を見る。
それは――繭原さんだった。
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