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今日はアタシが住んでいる街のクリーン週間で、街の清掃活動があった。
本当は仕事が入っていたけれど、それは夕方に回してもらい清掃活動を優先させてもらったのだ。
一年に数回あるが、毎年参加させてもらっている。
それは何故か。
理由は簡単だ。
小学生の頃、引っ込み思案で地味だったアタシを、巨人くん……彼は覚えてるかは分からないけど、彼が強引に引っ張って清掃イベントに連れてきてくれたことがきっかけである。
一緒にこの公園内を駆け回りながら掃除をした時間はとても楽しくて、また一緒に参加しようねって約束もしたからだ。
それで毎回参加して、彼らしき人物がいないか探っているのだが結局見つからないのは残念だったが。
しかし今日は違う。
何と、巨人くん――ううん、不々動くんが参加していたからだ。
とはいっても、彼ももしかしたら何度かこのイベントに参加していたのかもしれないけれどね。
ただアタシが彼が『思い出の人』――どーくんだと認識していなかっただけで。
だから彼を見かけた時は嬉しさのあまり声をかけようとした。
だけど彼の傍には、何故か同じクラスの繭原さんと小さな女の子がいたのである。
とても仲が良さそうで、教室にいる時はそんな素振り欠片もないのに驚いた。
同時に胸が締め付けられるような痛みも覚える。
また生徒会長も彼に近づいて楽しそうに会話をしていた。
自分の知らない不々動くんがたくさんいる。
この数年、彼がそうだと気づかなかったため仕方ないかもしれないが、確実に彼が築き上げてきた過去だって存在するのだ。
不々動くんに、自分があの時の女の子だよって言ったらどうなるのかな。
また前みたいに仲良く……できるかな。
それとも彼にとっては、あの数日の出来事は何でもないただの一ページに過ぎないのかな。
そう思うと声をかけて、真実を告げるのが怖くなった。
だからアタシは極力遭わないように、清掃活動をすることになったのである。
し、しょうがないじゃん! だって怖いもんは怖いんだもん!
再会できたことは嬉しいけど、アタシだけが思い出を美化してるだけかもしれないし……。
それでも…………羨ましいな。
生徒会長や繭原さんを見ると、ついそう思ってしまう。
そんなことを思いながら時間は刻々と過ぎて、気づけばイベントも終わり。
最後に思い出の場所を堪能しようと、遊具エリアがあるところへ来ていたのだ。
ここにあるブランコ。
アタシにとっては良い思い出と同時に悪い思い出でもある。
ここはアタシが恋を実感した場所であり、その大切な人を傷つけた場所でもあるから。
見るとブランコには先約があり、二人の子供が大きくブランコを漕ぎながら遊んでいた。
ああ、アタシも二人で一緒に笑いながら漕いでたなぁ。
そんなふうに懐かしい思い出に浸っていると、一人の子供が漕いでいるブランコから手を放し前へジャンプした。
「ひゃっ!?」
思わず声が出たが、子供は体勢を崩すことなく見事に着地をした。
「へっへーん! 見ろよ、すっげぇ飛んだし!」
まだブランコを漕いでいる子供に向かって自慢げに胸を張っている。
地面には線が入っていた。その線をブランコから飛んだ子供が超えていたのだ。
どうやらどっちが前に飛べるか勝負しているらしい。
その光景を見た時、アタシは頭をガツンと殴られるような衝撃を受けた。
そして脳裏にフラッシュバックするのは、ブランコの前に倒れる思い出の少年の姿。
頭から血を流し、その少年を見てただただ泣くことしかできない自分がそこにいる。
「よーし、見てろよー! ぜったいこえてやるからな!」
息巻きながらブランコを漕ぐ力を強めていく子供。
その瞬間、アタシはブランコに駆け寄り叫んでいた。
「――――ちょっ、危ないから止めなさい!」
子供たちはアタシの声にビクッとしたが、すぐに不機嫌そうになる。
「んだよねえちゃん、あっちいってろよ!」
「そうだそうだ、邪魔すんな!」
その言い分にイラっとしたが、こっちも負けてられない。
「うっさい! 危ないでしょ! 普通に漕いで遊びなさいよね!」
それでもアタシの言うことは彼らには響かないようだ。まだ小学生低学年くらいだから、アタシみたいな年上に反発してしまうのも無理はない。
「もう、いいから無視して早く飛べよタケル!」
「オッケー! じゃあおれは立ち漕ぎから飛んでやるよ!」
タケルと呼ばれた子供は、さっきの座りながら飛んだ子とは違い立って漕ぎ始めた。
どんどんブランコは加速していき、大きく振り子を刻んでいく。
その少年の姿は、過去のアタシと重なる。
あの時もそうだった。
アタシは思い出の子に褒められたくて、ただ『すごいな!』と言われたくて無茶をやった。
そして――失敗したのだ。
だからか、悪い予感しかしない。
「い、いい加減にしなさい! 危ないって言ってるでしょうが!」
怒鳴ったが、子供たちは我関せずといった感じで楽しんでいる。
もう! どういう教育してるのよっ!
彼らの親に怒りが向く。
しかしその時、悪い予感が当たってしまう。
思った以上に重力が強かったせいか、体勢を崩しブランコが前に行ってる時に、タケルくんは足を踏み外して落下してしまった。
「「あっ!?」」
アタシと、近くにいる子供が同時に声を上げる。
タケルくんは地上に落下し、尻餅をついてしまう。
ここの地面は砂場のようになっているので落下の衝撃は少ないだろう。
しかしまだ、この事故は終わらない。
これからが最大の危険なのである。それをアタシは誰よりも実感していた。
「い、いた……いっ……!」
タケルくんはこれからくる危険にまったく気付かず、痛みに顔を歪めながらお尻を撫でている。
「あ、危ないっ、避けてぇっ!」
「え?」
アタシは咄嗟に彼のもとへ駆け寄ろうとしたが、残念ながら時間がない。
何せもう、タケルくんに向かって大きく反動をつけたブランコが返ってきているのだから。
このままいけばタケルくんの頭に激突するような位置だ。
そう、あの時と同じ。
そんなっ――――――間に合わないっ!?
助けたいのに、この手が届かない。
誰か助けて――っ!
そう思った直後だった。
大きな人影が物凄い速さでタケルくんの傍に駆け寄り、今まさにタケルくんに衝突しようとしていたブランコを片手で受け止めたのである。
――え? う、嘘……っ!?
それを成した人物を見てアタシは言葉を失ってしまう。
「…………ふぅ、ギリギリでしたね」
誰もが沈黙する中、救世主の人物が大きく溜め息交じりに声を発した。
「…………巨人……くん?」
そう、彼だったのだ。
どうしてここに……?
疑問を抱いたのも束の間、
「……っ、ひっ……ひぐ……うわぁぁぁぁんっ!?」
タケルくんが堰を切ったかのように泣き始めたのだ。
多分痛みもそうだが、もう少しで大怪我を負ったかもしれないと自覚したのだろうか、気持ちが緩んで涙が流れたのだ。
そんな彼を何を思ったのか、巨人くんは優しく頭を撫で始めた。
「だいじょーぶだいじょーぶ」
安心させるような声音とともに溢れてきた言葉。
命を慈しむかのような撫で方に、タケルくんは次第に泣き止む。
もう一人の子供も、ホッとしたような表情をしている。
だがこの中でアタシだけは顔を真っ赤にして、巨人くんに見入っていた。
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