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「ふっふっふー、こんにちわー、不々動くん!」
「はい、こんにちは。柴滝の妹さん」
「ぷぷっ、妹さんってそれ呼びにくくない? アキのことは下の名前で呼んでくれていいよー。お姉ちゃんと苗字だとお姉ちゃんと被っちゃうしねー」
「いえですが……」
「んん?」
「その……女性を下の名前で呼ぶのは少々恥ずかしくて……はい」
「わお! その顔良いね! パシャリ!」
「あ、あの、できれば撮らないで頂きたいのですが」
何が良かったのか、僕の顔をまたスマホのカメラで撮る柴滝の妹さん。
「むふー。消してほしくばアキのことを下の名前で呼ぶのだー!」
何とも子供っぽい人である。こういうフレンドリーな女性はあまり得意ではないので対応に困ってしまう。
ただ確かに二人の柴滝がいるのなら、呼び方を変えた方が良いのも分かる。妹さんや姉さんと呼称したところで彼女たちもピンとはこないだろう。
「じゃあさー、あだ名とかはどう? アッキーとかでもいいよー?」
「こら、あなたは何不々動くんに絡んでいるの、秋灯」
「あ、お姉ちゃん! えっとねー……」
妹さんの説明を受けた姉さんは「ふむ」と顎に手をやる。
「確かに柴滝と呼ばれても、二人いる時はどちらか分かりませんね。そうですね。不々動くんなら面倒なことにもならないでしょうし、下の名前で呼ばれても構いませんよ」
「ほらほらぁ、お姉ちゃんもこう言ってるしさー」
「……本当に嫌ではありませんか? 自分なんかに呼ばれても」
「えー、どうしてー? アキは自分から呼んでって言ってるよ?」
「そうですね。私もあなたなら問題ありません。何よりあの会長が認めている殿方ですから」
本当に変わった人たちだ。
今まで自分の周りにいた女子たちは、一見して怯え近づこうともしないし、用事があり苗字を呼んだり「あの?」と呼びかけただけで「ひぃっ!?」となっていたのに。
下の名前で呼ぶ女性など、妹の珠乃だけだ。だから結構気恥ずかしい。
それでも彼女たちがそう望むのなら……。
「っ…………で、では秋灯さん……に夏灯さんと、呼ばせて頂きます」
「あはっ、やったー!」
「殿方に名前で呼ばれるのは少しこそばゆいものですね」
両者それぞれ反応が異なるのは面白い。
嬉しそうにはしゃぐ秋灯さんと、僕から視線を切って若干頬を赤らめる夏灯さん。
…………本当に嫌がったりしませんね。不思議な人たちです。
初めての経験だが、どこか新鮮であったかいものを感じた。
「ところで多華町先輩は?」
「ああ、あそこですよ」
夏灯さんが示した先にいたのは、自分のスマホを見てニヤニヤしている多華町先輩だった。
「何だか嬉しそう……ですね」
「ふふ、会長も乙女だということですよ」
「は、はぁ……」
乙女だからスマホを見てニヤニヤと。…………分からない。
「ねえねえ不々動くん! せっかくだから連絡先交換しない?」
「え? えっと…………メリットはないと思いますよ?」
「むぅ、ほんとーに不々動くんってば自己評価低いよねー」
そうだろうか。自分としては正しい評価をしていると思うのだが。
「ほらほら、しよ?」
そう言いながらグイッと顔を近づけてくる。
何と言うか秋灯さんは距離感が近い。
他人の懐に入るのが上手いというか、あまりに近過ぎて困惑してしまう。
きっと普通の男子なら、勘違いして告白して玉砕するのではなかろうか。だって秋灯さんにとっては、この距離感が普通なのだろうから。
せっかくのご厚意だということで、夏灯さんも含めて連絡先を交換することになった。
「えへへ~、いっぱいメールとかしようねー」
「もうこの子ったら、少しは自重しなさい。すみません不々動くん。くだらないメールがほとんどだと思うので、そういう時は存分に無視してやってください」
「ヒ、ヒドいよ、お姉ちゃーん!」
「大体あなたはいつもいつも――」
何やら急に説教をし始めた夏灯さんから離れて、僕はいまだにスマホを眺めている多華町先輩へ近づく。
「多華町先輩?」
「ふへへぇ…………へっ!? あ、な、何や不々動くんがここにも!?」
「は?」
「え? あ、い、いやいや何でもあらへんよ!」
ササッとスマホを後ろ手に隠す多華町先輩。何か見られたくないものでもあったのだろうか。
「多華町先輩、食べ終わったら解散だったと思うのですが」
「あーせやな……おほん、そうね。今日は本当に手伝ってくれて感謝するわ、ありがとう不々動くん」
「いいえ、こちらこそ誘って頂いて嬉しかったです。こんなことでいいのでしたら、またいつでもお声をかけてください」
「あら、なら毎日でもこき使ってあげようかしら。私専属の執事として。ね、不々動セバスチャン?」
「いえ、さすがにそれは……。ていうかまた変な名前を」
「ふふふ、冗談よ。……ただちょっと聞きたいことがあるのだけれど?」
「? 何か?」
今までの和やかな雰囲気から一転し、少し探るような目つきを向けてくる。
「あの……子、繭原さんとは仲が良いのかしら?」
「仲が良い……かは分かりません。ああして話し合うようになったのも数日前からですし。まあ向こうは以前から自分のことを知っていたようですが」
「……どういうこと?」
僕は一年前、繭原さんが同じ飼育委員で、馬の暴走から助けたことを教える。
「っ……何やそれ、まるでヒーローやんか……! ま、まさかあの子、不々動くんのことを? いや、そうとは限らへんけど……」
今度は思案顔で少し焦りを見せながらブツブツと小声で話し始めた。
今日の多華町先輩はいろいろな表情を見せてくれる。
「不々動くん!」
「あ、はい!」
急に名前を呼ばないでほしい。ビクッとしてしまうから。
「いいかしら不々動くん! 金、酒、女! 男をダメにする三禁よ! 特に女には注意すること!」
「え? あの……お酒は飲みませんし、お金も物欲がそうないので散財することもありません。それに女性に関しても……」
「いいから返事!」
「は、はいっ!」
思わず直立不動で応えてしまった。だって彼女から並々ならぬ気迫を感じたからだ。
「うん、良い返事よ。私の忠告を努々忘れないようにね。では私は連れてきた子たちに挨拶をしてくるわ。今日は本当にお疲れ様。ほら二人とも、行くわよ」
「あ、はーい。じゃあねー、不々動くぅん!」
秋灯さんが大きく手を振り、夏灯さんが恭しく一礼をしてから、二人は先導する多華町先輩を追って行った。
そこへ珠乃と一緒に繭原さんがやってくる。
「お疲れ様です、繭原さん。そろそろ解散ですね」
「はい。いい汗かきましたね。街も綺麗になって清々しいです。ねー、珠乃ちゃん」
「うん! たまね、い~っぱいキレイキレイしたよ?」
「あはは、偉い偉い」
繭原さんに褒められながら頭を撫でられ「にへへ~」と喜ぶ珠乃。こうしてみると、二人は姉妹のように見える。
あ、いくら繭原さんの頼みでも妹は渡しませんよ、はい。
シスコン魂を滾らせていたところで、ふと珠乃に違和感を覚えた。
「……珠乃、水筒はどうしたのですか?」
「すいとー? …………あれ?」
首から下げていたはずの水筒がない。
「そういえば戻って来る時も持ってなかったかも。わ、私探してきますね!」
「ああいえ、お疲れでしょうから自分が行きます。多分遊具エリアで掃除している時に落としたのでしょう。繭原さんもお昼から用事があると言っていましたので、お爺ちゃんたちに珠乃を預けて解散してください」
「え、でも……」
「本日は急な頼みにもかかわらず、力を貸してくださりありがとうございました。それでは」
「あ、不々動くん!」
僕は一度頭を下げたあと、遊具エリアへ向かって走り出した。
「――――ちょっ、危ないから止めなさい!」
遊具エリアに辿り着いた時、女性の声が響き渡っていた。
見るとブランコの近くだ。
子供二人がブランコを漕いで遊んでいて、その傍らにいる自分と同じジャージ姿の少女が心配そうに声をかけていた。
「あれは――――桃ノ森さん?」
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