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「おはようございます、多華町先輩」

「ええ、おはよう。今日は晴れて良かったわね。実に清掃日和だわ」


 清掃日和などというのは初めて聞いたが、確かに気持ちの良い晴れ晴れとした日になった。

 そのまま多華町先輩は、僕から視線を繭原さんへと移す。


「あら、もしかして助っ人を確保してくれたのかしら?」

「はい、一人だけですが」

「わ、わわわわ私は不々動くんと同じクラスの繭原糸那と申しますぅ!」


 慌てたように多華町先輩に自己紹介とともに頭を下げる繭原さん。

 そんな繭原さんを見て多華町先輩もまた姿勢を正し対面する。


「私は三年の多華町紗依よ。不々動くんから聞いていると思うけれど、参加してくれて感謝するわ」

「い、いえ! 精一杯務めさせて頂きます!」

「ええ、よろしくね。……ところで」


 今度はその視線が繭原さんの足に抱き着いている珠乃へと向かう。


「その子はもしかして繭原さんの妹さんかしら?」

「ああいえ、多華町先輩。この子は自分の妹の珠乃です。ほら珠乃、挨拶してください」

「う、うん。……えと、たまの……なの」

「まあ! その子が例の!? そういえば何となく不々動くんに…………似てないわね」

「ええ、本当にありがたいことに」


 ガッツリ美人の母親似で本当に助かった。

 僕や父はコワモテなので、よくぞ仕事をしなかったと遺伝子を褒めてやりたい。


「ふふ、珠乃さん、私は紗依っていうの。よろしくね。その髪型、とても可愛いわ」


 そう言いながら、膝を曲げて珠乃と視線を合わす多華町先輩が良い人だと察したのか、少し警戒していた珠乃はにんまりと笑みを浮かべ「うん! これね、にぃやんがしてくれたのー」と嬉しそうに言った。

 どうやら仲良くできそうでホッと息を吐く。


「ところで多華町先輩、彼らが助っ人ですか?」


 彼女以外に集まっているジャージ姿を見て聞いた。

 ちなみに僕の妹だと知り、ほぼ全員が目を剥いて固まってしまっているが。

 その中でも女子たちは珠乃の愛らしさに頬を緩めているみたいだ。


「そうよ。美化委員の子たちや他にも手の空いている子を誘ったのよ」


 結構集まってくれているようで、もしかしたら僕が気を回す必要はなかったかもしれない。

 いや、これも先輩の人徳あってのことだろう。

 挨拶のあとすぐに、お婆ちゃんとお爺ちゃんも、道場の子たちと駆けつけてきた。


 そして九時四五分になると、イベントの代表者が集まった人たちに挨拶をして、それぞれ清掃を行う場所の説明に入っていく。

 ちなみに僕たちの担当場所は公園内となっている。

 運営している人たちからゴミ袋を受け取り、家から持ってきた軍手を装着した。


「では手分けして清掃するわよ。みんな、【真志羽学園】の生徒である誇りを持った行動をすること。それと怪我などないようにしなさい」


 多華町先輩の言葉に、僕たちは合わせて返事をした。

 それから僕は珠乃と繭原さんと一緒に遊具がある区画へと足を延ばす。

 空き缶やタバコの吸い殻などを拾いゴミ袋に収めていく。


「こうしてみると結構ゴミがありますね」


 繭原さんの言う通りだ。せっかく憩いの場なのに、自分勝手な人たちが多いようだ。

 まだ夜は肌寒い気温だが、あちこち動き回りゴミ回収をしているとじんわりと汗が滲んでくる。


「珠乃、喉が渇いたらちゃんと水筒に入れてきたお茶を飲むんですよ?」

「うん! わかったー!」


 珠乃は首から下げている小さな水筒を掲げる。

 小さい子供は体温が高いし汗をかきやすい。脱水症状だけは起こさせてはならない。


「繭原さんも水分補給はこまめにお願いします」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 当然僕たちも自分たち用の水筒を用意してきている。


「にしても本当にここの公園の遊具って結構ありますよね。滑り台にジャングルジム、砂場に鉄棒、雲梯にブランコも」

「そうですね。繭原さんも小さい頃はお世話になったのでは?」

「あー私はその、どちらかというと外に出て遊ぶというよりは家で本を読んでるような子だったので。ていうか今もそうですけど」

「それは奇遇ですね。自分もどちらかというと家にいる方が多かったですね」

「……ここの公園も来たことはなかったんですか?」

「いえ、何度か。とはいっても、夏休みとか長期間の休みに、この街に来た時だけですが」

「? ……もしかして不々動くん、この街の出身じゃないんですか?」

「はい。生まれは他県ですよ。父が他界して、それがきっかけでこちらに住む祖父母の家に住まわせてもらうことになりました」

「!? ご、ごめんなさい……」

「ああいえ、父のことはお気になさらないでください。自分には母や祖父母、それに珠乃もいますから」


 そう、寂しくはない。

 ただたまに……たまにだが、〝あの時〟のことは夢に見る。


 一生忘れることのないあの出来事のことを――。


「あ、あの不々動くん?」

「! は、はい?」

「どうかしましたか? 何だか悲しそうな顔をしていたので……」

「い、いえ、ちょっと昔のことを思い出しただけです。この公園には、それほど良い思い出がなかったものですから」

「えっ……大丈夫なんですか?」

「ああ大丈夫ですよ。心の傷とかそんなことではないですから。ですから安心してください」

「そう、ですか? なら良かったですけど」

「にぃやーん、こっちにもゴミあったぁー」


 茂みの近くに四つん這いになりながら珠乃がこちらに向けて手を振る。


「ふふ、行きましょうか不々動くん」


 僕はチラリと視界に映ったブランコを一瞥すると、そのまま珠乃のところへ向かう繭原さんを追って行った。

 







 もうすぐ昼を迎える頃、僕たちに任された遊具エリアはかなり綺麗になっていた。

 普段掃除などしない遊具も、雑巾やデッキブラシなどを活用して大分輝きを増しているような気がする。

 これで子供たちも気持ちよく遊ぶことができるだろう。


「にぃやん、おなかへったぁ」


 珠乃もずいぶんと働いてくれた。途中鳩や野良猫を追いかけたりと脱線した部分もあったが、動き回ったせいでエネルギーをかなり消費したと思う。


「そうですね。そろそろ戻りますか。炊き出しも用意されているかもしれませんし。繭原さんもそれでいいですか?」

「あ、はい。問題ありません」


 ということで三人で炊き出しが行われるエリアへと向かうことになった。

 その途中、お爺ちゃんとお婆ちゃんとも遭遇し、彼らも道場の子たちを連れて炊き出しへ向かうところだったらしい。


「「「「ちゅーすっ!」」」」


 道場の子たちが、僕の姿を見て元気よく挨拶をしてくる。

 まさに体育会系の挨拶に、僕も丁寧に一礼を返す。


「ゴローさん! 今度型を見てくれよ!」

「ダメだっつうの! ゴローさんは家のこととか珠乃ちゃんの相手とかで忙しいんだから! だから見てもらうのは俺だけだ!」

「そういやこの前、先生と打ち合ってたゴローさん、めっちゃカッコ良かったけどなぁ」

「だよなだよな! 先生の強さは知ってっけど、ゴローさんも強かったよな!」


 などなど、子供たちが寄ってきて賑やかになる。

 確かにたまに身体を動かしたい時に、道場でお爺ちゃんと打ち合うことはあるのだ。

 いつも邪魔にならないように子供たちが来ていない時を見越してお爺ちゃんに相手してもらうが、その時はたまたま子供たちが遊びにやってきていたのである。

 そこで僕の動きなどを見て感動したのか、よくこうして声をかけてくれるようになった。


「こらっ! あんま悟老くんを困らせんなっ!」


 子供たちの中で、一際ガタイの良い少年が子供たちを叱った。







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