21
家に帰ってきた僕は、仏壇がある和室へと向かい、本日あったことを報告する。
これもまた日課だ。
きっと天国で、僕が作家になることや超絶美人のファンがいることを知って驚いていることだろう。
報告をし終わると、僕は珠乃と一緒に風呂に入ってさっそくパソコンへと向かう。
もちろんプロット作りである。
日中さんに教えてもらったことを参考にして改稿をしていく。
そしてちょうど十時。
二時間近く集中していたようだ。
僕は完成したプロットを送り一息吐く。
やはり日中さんの意見はとても素晴らしい。自分だけで作ったプロットよりも、明らかに密度が濃く内容がしっかりしているものに仕上がっている。
編集者さんというのは凄いものだ。僕も負けていられないなという気持ちになった。
ちなみに明日は土曜で授業が休みなのでゆっくりできる。
とはいっても、畑の世話などもあるので結局早起きにはなるのだが。
その分、昼などに仮眠を取れたりするので問題ない。
「…………そういえば日曜日のことをお婆ちゃんたちに伝えておかないといけませんね」
街の清掃で出掛けることを、だ。
すぐに多華町先輩からもらったプリントを手にお婆ちゃんのところへ向かう。
僕の話を聞いたお婆ちゃんとお爺ちゃんは「これは都合が良かった」と笑う。
一体どういうことか説明を求めると、何でも道場に通っている子供たちにもボランティアとして手伝ってもらうことになっているという。
そして僕にも手伝うように言うつもりだったようだ。
ここは自分たちが住んでいる街であり、だからこそ自分たちで綺麗にしなければならないとお爺ちゃんは言う。
どうやら日曜日は家族総出で清掃活動の一日になりそうだ。
話を終え自室へ戻ると、不意にあることを思い出す。
「そういえばできればもっと人手が欲しいと多華町先輩は仰ってましたね」
僕にも誘えるような人材がいれば提供してほしいと。
ただ……残念ながら僕にそんな友人のような方は……!
そう考えた時にパッと思いついたのは、最近話すようになった人だ。
とはいっても二人しかいない。
桃ノ森さんと、繭原さんである。
桃ノ森さんに関しては、連絡先も知らないし、普段から社会に出て仕事をしている人気声優ということもあり多忙だろう。
「繭原さん…………一応聞いてみましょうか」
連絡先を交換したのはいいが、あれから一度もやり取りをしていない。
まあ元々自分からメールなどを送るような柄でもないし、ラノベのことも会って話ができたので問題なかったのだ。
「しかしご迷惑ではないでしょうか……?」
電話ならともかくメールくらいならば大丈夫だろうか?
まだ十時過だが、もしかしたらもう就寝しているかもしれない。
明日にした方が良いかと思ったが、一通くらいなら問題ないだろうと思い、
『突然のメールすみません。少しお聞きしたいことがありますので、よろしかったらご都合の良い時間帯を教えてください。日曜日までに。もし就寝されていたのでしたら申し訳ありません』
……こんな感じでいいでしょうか?
あまり長々とメールをしても、読む方が苦痛を感じるかもしれない。
僕は無意識に「すみません」と言いながらメールを送った。
※
――ブゥゥゥゥン。
テーブルに置いていたスマホが震えた。
どうやら誰かからメールが来たようだけど、心当たりの人物は残念ながら思いつかない。
うぅ……どうせ友達いないもん。
私こと繭原糸那は、現在今日の授業で学んだ復習をしていた。…………と、賢い行為を言えたなら良かったけれど、私はベッドの上で横になりライトノベルに没頭していたのである。
ちょうど本編を読み終わり、作者のあとがきを読んでいる時だったので、タイミング的には良い。
物語に集中している時は、スマホの音に気づかないことが多々あるので。
起き上がってスマホを手に取りベッドに腰掛ける。
「ん……誰だろ?」
スパムとかそっちかな、と思いつつ画面を見て思わずギョッとしてしまう。
――不々動悟老くん――
まったくもって予想だにしていない人物からの新着メールに、一分ほど頭が真っ白になって硬直していた。
そして――。
「え、ええぇぇぇぇぇぇっ!? ふ、ふふふふふ不々動くんからメールゥゥゥゥゥゥッ!?」
その驚愕さを声で目一杯表してしまった。
瞬間、タタタタタと激しい足音が近づいてきて、私の部屋の扉が勢いよく開く。
「うっさいわね糸那ぁっ! 今何時だと思ってんの!?」
「お、おおおお母さん! ご、ごめんなさいっ!」
「ったく、急に叫んで何だっての? 黒いアレでも出た?」
いえ、ゴキブリさんは出てません。というか出たら悲鳴になってると思うし。
「あ、あの……その、別に……何でもないから」
「んん? 今あんた、後ろに何隠したの?」
ギクッと心臓が鐘を鳴らす。何でそういつも鋭いの!?
「か、かかかか隠してないよ?」
「そんな動揺して嘘言ってんじゃないよ。……はは~ん、さては男からメールでも来たとか?」
「べ、べ、別に不々動くんからメールなんてきてないからぁっ!」
「おやおや、あたしは不々動くんなんて言ってないけどねー」
!? は、嵌められた……っ!?
ニヤニヤ顔で見てくるお母さんに、私はあたふたしながら顔を真っ赤にしてしまう。
「でもまあ、今まで男と交流なかったあんたにしては良かったじゃないの。時間も時間だし、メールや電話をするにしても、あんまり長くするんじゃないよ」
すべてを悟ったような表情をしながらお母さんは部屋から出て行く。
と、思ったら扉を閉める前に一言。
「ああそうそう。……付き合うんだったらちゃんと言いなよ?」
「つ、つつつつ付き合うっ!?」
「ひひひ、じゃあおやすみ」
「も、もう! お母さんっ!」
……はぁ。ほんとにお母さんは意地悪だ。とても勝てる気がしないし……。
「で、でも……」
スマホをチラリと見る。
そこには間違いなく不々動くんの名前が記されていた。
「は、初めてメールだぁ……えへへ。あ、いけない! さっそく中身確認しなきゃ!」
思わずほっこりとした気持ちになるが、こんな時間に連絡するくらいだから急ぎの用かもしれないのですぐにメールボックスを開く。
そこには私に聞きたいことがあるという内容が書かれていた。
「わ、私に聞きたいこと? 不々動くんが……私に」
ま、まさか告白!? …………なんてことはないよね。
仮にそうだったとしても、あの実直な不々動くんがメールなんかで想いを告げるようなことはしないと思うし。
……っていうか、不々動くんが私のこと好きとか有り得ないだろうしなぁ。……はぁ。
彼と初めて会ったのは、彼にも以前言ったが飼育委員として一緒に仕事をした時だ。
その時に、逃げ出した馬に激突されそうだったところ、彼に助けてもらった。
ようやく最近そのことを話せてこうして連絡先を交換することができたことが嬉しかった……が、一体何を話せばいいのか分からず、結局一度もメールや電話はしていなかったのだ。
うぅ……ヘタレだなぁ、私ってば。
せっかくちょっとだけでも仲良くなれたんだから、もっと積極的にいかなければならないことは分かっている。
前に日直や飼育委員の仕事を手伝ってくれた時は楽しかったぁ。
彼を見る第三者のほとんどは、彼を怯え近づこうとしない。
すぐに暴力を振ってきそうだとか、ヤクザと繋がっていそうとか、根拠もない話ばかり信じて距離を取る。
本当の彼はただただ優しさの塊だというのに。
確かに見た目はちょっと大きいし威圧感があるけど、話してみればどんな人柄なのかすぐに分かる。
もっとも彼自身が他人と距離を取ろうとしている節が強いが。
それもきっと彼の優しさからくる行動心理だと私は思っている。
「………………で、電話してみてもいいかな?」
不々動くんについて考えていると、段々彼の声が聞きたくなってきた。
凄く。物凄く恥ずかしいけど、ちょっとくらい……大丈夫だよね?
「そ、それにお話だって直接聞いた方が早いし!」
明らかに自分に言い訳していることは分かっているが、そこは勘弁してほしい。
私は何度も何度も深呼吸を繰り返し、勇気をちょっとずつ溜めていく。
そして彼の番号へと発信ボタンをクリックした。
呼び出し音が定期的に鳴る。
ああ、やっぱり止めた方が良かったかな? 心臓がヤバイよぉ。顔が熱いよぉ。
ただ切る勇気もなく、私は流れに身を任せながら静かに待つ。
すると呼び出し音が途中で止まり――。
「――はい、もしもし不々動ですが、繭原さんですか?」
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