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小学生っ!? それってやっぱり!
アタシの大切な思い出のシーンが蘇ってくる。
忘れもしない。アタシが小学二年生の頃だ。
今とは比べられないほど地味で、友達一人すら作れなかった黒歴史のような自分。
でもそんなアタシを変えてくれる人に出会ったのである。
それが同い年の少年だった。
いつも一人で公園のベンチに座って、楽しそうに遊んでいる子供たちを見て羨ましがることしかできなかったアタシに、
『いっしょにあそぼ!』
と言って手を引いて、いろんな楽しいを教えてくれた初恋の子。
だけどアタシの軽はずみな行動で大きな怪我を負わせてしまった男の子でもあった。
そして二人だけの誓いをした、大切な思い出を共有している人。
半信半疑ではあった。いや、面影はとてもよく似ている。身体も同年代よりずっと大きかった。
名前……というか、その子のことをアタシは『どーくん』って呼んでた。
ただその子はよく笑う子だったので、巨人くんは違うかもしれないと思っていたが。
こ、この人が……っ!?
だ、だって『どーくん』って、よく考えたら不々動の〝動〟から来てるんじゃないの!
いや、でもまだぬか喜びかも。
だからアタシは極めて重要な質問をしてみることにした。
「あ、あのね巨人くん。……小学生の頃は、こっちに住んでいなかったりする?」
「よくご存じですね。実は他県に住んでいました」
「!?」
「ですが小学生の頃は、夏休みや冬休みなどにちょくちょくこちらにある祖父母の家には来ていました。まあ今は祖父母の家に世話になっていますが」
思わずゴクリと喉が鳴った。
その男の子もまた、夏休みの時期に数日間この街に来ていたのだったから。
会えた。ようやく会えた。会いたかった人に!
きっと彼はまだ気が付いていないだろう。何せあの頃の地味な自分と今の派手なアタシとリンクさせるのは相当難しいだろうし。
でもこれだけ条件が符合するということは…………そう、だよね。
「……あの、どうかされましたか?」
「えっ、あ、な、何?」
「いえ、突然黙られたので。それと……顔が真っ赤ですから」
「!? にゃっ、にゃんでもないからっ! ってか見るなバカッ!」
アタシは顔を彼に見られないようにクルリと踵を返して背中を見せる。
ヤッバイ、嬉し過ぎて顔に出ちゃってたか。
だってしょうがないじゃん! いつか会いたいって思ってた人に会えたんだし!
で、でも……。
チラリと半身になって、彼――巨人くんの顔を見る。
バチッと目が合うと同時に顔から湯気が出るほどの熱を感じた。
「桃ノ森さん?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
「大丈夫ですか? もしかして体調でも悪いんじゃ」
「だ、だだだだだ大丈夫だからっ! ああ、話はそれだけ! じゃ、じゃあアタシあれだから! ちょっと用事とか思い出しちゃったから! それじゃ!」
アタシは急に話を続けるのが恥ずかしくなってその場から逃げるように教室を出た。
途中、友達から「もうすぐ授業始まるよ!」などという声が聞こえた気がしたが、それを真正面から受け止められるほど正気ではいられなかった。
アタシはトイレに駆け込むと、高鳴る心臓が治まるまで何度も何度も深呼吸をする。
「っ…………巨人くんが…………あの子……どーくん、なんだ」
確信を持てると、つい頬がニヤケてくる。
マズイ、このまま教室に帰ったら絶対変な子に思われてしまう。
実際飛ぶように逃げてきたし、かなり変だったよねアタシ。
「どーくん……。不々動……悟老くん」
彼の名前を呟き、軽く人差し指で自分の唇に触れる。
「ねえ覚えてる? アタシ……頑張ったよ。約束……守ったからね」
今は衝撃的事実過ぎて、彼にそう告げられないが、落ち着いたらいつかそう伝える。
だから…………だから君もアタシのことを思い出してほしいな。
これからのことを想い、思わず笑みが零れる。それは普段の慣れた営業スマイルなんかじゃなく、心からの笑顔だ。
「…………で、でも……今日は心の準備が必要ってことで…………サボってもいいよね?」
そしてアタシは、不々動くんと近づくのが恥ずかしくて、仕事もないのに仕事があるということにし六時限目をサボることになってしまったのであった。
※
――放課後になり、僕は自転車置き場へと足早に向かう。
そこで多華町先輩と会う約束があるからだ。
少しでも待たせてしまうのは申し訳ない。
……それにしても、六時限目前の桃ノ森さんは変でしたね。
いきなり突拍子もないことを聞いてきたかと思いきや、顔色を真っ赤にして慌てて教室を出て行った。
しかもそのまま帰ってこなかったのだ。
やはり体調を崩したのだろう。アイドル声優として、そして学生として過ごすのは思った以上に大変なのかもしれない。
僕は自転車置き場へ着くと、周囲を見回しまだ誰も来ていないことを知るとホッと息を吐く。
するとスマホが震えたので確認してみると、多華町先輩からのメールだった。
『すっぽかしたらお仕置きよ』
そんなに念を押さなくても約束は破らないというのに。
僕は「もう自転車置き場にいます」とだけ送っておく。
数分後、多華町先輩がやってきた。
「ごめんなさい。少し先生に書類を届けて遅れたわ」
「いえ、お気になさらないでください」
「そこは『自分も今来たところ』と言うべきなのではなくて?」
「ですがメールですでに送っていましたので」
「ふふ、それもそうね。それにあなたは待ち合わせで時間ギリギリに来るような人ではないものね」
確かに誰かと待ち合わせをした場合、基本的には十分前には到着しておきたい。
今回は別に時間の示唆があったわけではないが、それでもできる限り早く来るべきだと思っていた。
「それでは行くわよ。ついてきなさい、ゴンザレス」
「あの……ゴンザレスではなく不々動なんですが……」
「あら、ふふ、ごめんなさい。私が飼っているゴールデンレトリバーに似ているからつい間違えちゃったわね」
犬……それにしても凄いネーミングセンスだ。今時ゴンザレスは…………ない。
ていうかまた先輩のお茶目モードが炸裂だ。こうなれば、いつもからかわれるのは目に見えている。
ただこういう時の先輩は上機嫌ということも知っているので、下手なことを言わなければ問題なく済む。
僕たちは肩を並べて歩く。
しかし当然というべきか、この異様な光景に下校途中の生徒たちは目を丸くする。
「やはり現地集合の方が良かったのでは?」
「愚問ね。私の隣に立つ者は、私自身が決めるだけよ。あなたはくだらないことを考えず、素直に尻尾を振りながら横にいなさい」
「ですからゴンザレスではないのですが」
「そう? では改名するというのはどうかしら。不々動ゴンザレス、と」
「何やら強そうなプロレスラーが出てきちゃいましたね」
「ふふふ、いいわね。きっと連戦連勝、不敗神話の悪役よ」
「あ、そこは悪役なんですね」
「ヒーローが良かったかしら?」
「…………いえ」
どう考えても僕の身形でヒーローはないだろう。
特撮ものでも僕に似た怪人などはいるが、やっぱり悪役である。
「でもヒーロー役のゴンザレスもいいわね」
「そうでしょうか?」
「だって――」
多華町先輩が一歩二歩と、僕よりも先に進んでサッと振り返って上目遣いでこう言う。
「あなたはとても優しい人だもの」
優し気に笑う彼女を見て少し照れ臭くなる。
お爺ちゃんには、男は優しく、逞しくあれと言われて育ってきた。
自分が優しくあれているかは分からない。
ただ自分のせいで誰かが傷ついたり悲しむのが嫌だから。
できれば笑っていてほしいから。
そして――――ある人にそう誓ったから。
「……自分よりも多華町先輩の方が優しいです。自分はそんな優しさが好きですから」
「! …………ほんま不意打ちばっかやねんから」
「はい? 何か仰いましたか?」
「……別に何でもないわよ。ほら、さっさと行くわよゴン――」
「ゴンザレスではありませんよ?」
「!? ……先回りとはやるわね」
そうして僕たちは二人だけの世界を創り、和やかに会話をしながら多華町先輩が予約してくれた店へと向かった。
『シュティレ』という店で、主に洋食を中心とした料理を提供している。
多華町先輩がたまに家族と一緒に来るということで常連となっているらしい。
店内はシックな造りとなっており、心地の良いクラシックなBGMが流れていて大人な雰囲気があり少しばかり緊張してしまう。
そこの個室では、豪勢な料理やらケーキやらが次々と出されて驚いたが、どれもとても美味しく満足のいくものだった。
そうして多華町先輩と一緒に小説の話などをしながら楽しく食事をしていく。
誰よりも僕のファンだと言い、こんな形でお祝いしてくれる彼女に感謝して、僕はこれからも彼女が喜んでくれるような物語を書こうと決意したのであった。
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