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「ところで多華町先輩、メールで何かお話があるとのことでしたが」

「ええ。生徒会から、というよりは先生」


 先輩が友枝先生の方に視線を向けた。どうやら発信元は先生のようだ。


「うん。あのね不々動くん、今度この街のクリーン週間があって、うちの学園からも何人か助っ人として手を貸すことになったんだよね」

「なるほど。それで生徒会の人たちを手伝いに、ですか?」

「おー察しが良いね。本当は生徒会や美化委員の人たちだけで十分だったんだけど……」

「実は当日だけれど、生徒会で参加できるのは私だけなのよ」


 前に会ったことがある柴滝姉妹は、揃って家の用事があるとのこと。他の生徒会役員も軒並み私用が重なってしまっているらしい。


「それで多華町さんに他に誰か手伝ってくれる人がいないかなーって相談したんだよ」

「その……例の件もあってあなたが忙しいのは重々分かっているつもりなのだけれど、働き者で信頼できる人材といったら私の中ではあなたくらいしか思い浮かばなくて」


 申し訳なさそうな表情を浮かべる多華町先輩だが、そういうことならこちらとしても断る理由はない。


「構いませんよ。いつですか?」

「! いいの? 執筆作業とか忙しいのではなくて?」

「うん。頼んだのはこっちだけど、無理なら無理って言ってくれていいからね?」

「いえ。特に切羽詰まっているといった事態でもありませんし大丈夫です。それに、多華町先輩が頼ってくれたのは嬉しいですから」

「! 不々動くん……!」


 僕の一番のファンでいてくれる彼女だ。 

 相談にも乗ってくれるし、彼女の存在はとても心の支えになってくれている。

 だから恩返しの意味でもできる限り力になりたい。


「もう! 先生感動しちゃった! そんな良い子にははいっ、あんぱんを半分あげるね!」

「えっと…………ありがとうございます」

「わ、わわわわ私も今日は精一杯おもてなしはさせてもらうわね!」


 おもてなし? ……ああ、放課後のことか。


「およよ? 今日? おもてなし? どゆこと?」

「え? あ、その……別に深い意味はありませんよ?」

「あの多華町先輩、大丈夫です。友枝先生は事情を知っていますので」

「そ、そうなの? ……おほん。先生、実は私も不々動くんが作家デビューすることを知っています」

「おおー、そうなんだね! さっき多華町さんが執筆作業って言ってたからもしかしたらって思ったけど」

「はい。それでお祝いとして放課後に食事でもと約束しているのです」

「わおっ、もしかして密会!?」

「ちゃ、ちゃいますよ! ただのお祝いパーティですから!」


 そうですよ友枝先生。密会などという怪しげなこと、僕がするわけがないですよ。そんなことをすれば多華町先輩に迷惑になりますから。


「んんっ、とにかくパーティのことは置いておいて。本当にクリーン週間を手伝ってくれるのね? 日にちは今週の日曜日なのだけれど」

「問題ありません。実は自分も何度か清掃イベントに参加したことありますし、今回も参加する予定でしたから」

「ああ、そうだったのね」

「ですから詳しい時間や用意するものがありましたら教えてください」

「じゃあこれを」


 と多華町先輩に渡されたのは一枚の紙。

 そこには日曜日に行う街の掃除に、必要なものや時間帯などが書かれていた。


「ですが先生、自分一人が助っ人になったところで大して変わらないかと思いますが?」

「う~ん、だよねー。できればあと数人ほど欲しいんだけど…………不々動くん、当てとかある? 友達とか」

「すみません。そういった方々が自分の傍にはいなくて」

「「…………」」


 な、何だか凄く居たたまれない空間が生まれた。

 先生、その可哀そうな人を見るような目はちょっとキツイです。

 それと小声で「ご、ごめんね」って言うのも止めてほしい。


「んんっ、心外ね。では私は不々動くんの何なのかしら?」

「多華町先輩? 先輩は先輩ですよ?」

「そ、そうではなくて……少なくともこの学園で私に最も近しい男性はあなたで、私もまた親しくさせてもらっていると認知しているのだけれど?」

「……それは恐縮です」

「…………」

「…………」

「……………………って終わり!? 今の話に続きとかないの!?」

「え?」

「え? ではなくて、ほら、自分も実は先輩のことを愛しい友人以上だと思っているとか!」

「い、いえ、そんなおこがましいことは言えませんよ」


 こうして気にかけてくれるだけで僕としては奇跡のようなものなのに、友人以上だなどと自惚れるつもりはない。

 それに多華町先輩も人が悪いです。愛しいなどと僕が口にできるわけがありません。そんなことを言えば迷惑をかけてしまうこと間違いないですから。

 それに僕が愛しいと思っているのは家族――特に妹ですしね。


「…………はぁぁぁぁ」

「あはは……はぁ」


 何やら二人して溜め息を漏らし肩を落としている。


「ね、先生。こういう人だからいつも踏み込めないのよ」

「う、うん。まあ……不々動くんらしいっちゃらしいけどねー。でも多華町さんも苦労してるんだね」

「分かって頂けますか。はぁ……」


 二人のやり取りの真意が分からない。これってガールズトークというやつなのだろうか。だったら下手に会話に入るのは邪魔になるので止めておこう。


「……まあとにかく、清掃メンバーについては私も当たっておきます。不々動くんも、できたらでいいから誰かに声をかけてほしい」

「……善処します」

「政治家なのかしらあなたは?」


 いえ、ごくごく一般の生徒です。ですがその声をかけるという行為が僕にとっては非常に困難なミッションなんです。

 下手をすれば悲鳴を上げられるし、その場で気絶なんて人もいた。特に女性は。


 男性に限っても怯えられるし、適当に「あっ、用事があったの忘れてたわ!」とか「ご、ごめんなさい、命だけは取らないで!」などと言って、颯爽と僕と別れていく。

 これまで人の命なんて奪った経験はないのですが……はぁ。


 それから一緒に昼食を摂ったあとは、多華町先輩と放課後に自転車置き場で待ち合わせすることを確認して自分の教室へ戻った。







「――ああもう、巨人くん!」


 教室へ入ると、いきなり桃ノ森さんに声をかけられた。

 何だか膨れっ面で、怒っている様子だが……。


「どうかされたのですか?」

「どうかされたじゃないしっ! 何で屋上にいなかったの! 何、そんなにアタシと一緒にいるの嫌? アタシってば君に何かしたの!」

「はぁ、いえ。お昼に会う約束をしていた方がいたので」

「また先約!? むぅ……それってさ…………生徒会長?」

「もしかして見られていたのですか?」

「へ? あ、そ、そうよ! たまたま君が生徒会室に入っていくのを見たの!」


 はぁ。授業が終わり、いの一番で足早に生徒会室に向かったつもりでしたが、どこで僕が生徒会室に入るのを確認したのでしょうか?

 まさか追って……? いえ、そんなことをするメリットはないと思いますし。


 だったらどうして……。


 いくら考えても分からなかったが、別にどうしても謎解きをしたいわけでもなかったので思考を止めておく。

 もしミステリーものを書くことになった時にでも参考にさせてもらおう。


「でもそっかぁ……また生徒会長なのね」

「また?」

「う、ううん、何でもないわよ! ところでそのね、君に聞きたいことがあったんだけど……」


 だがそこへチャイムが鳴ってしまい、僕は「お話はまたあとで」と自分の席へと戻った。

 不貞腐れたような表情を浮かべる彼女だが、こればかりはタイミングなので仕方ない。

 いつまでも話していると、先生が入ってきて僕だけではなく彼女も叱られてしまう。そうなれば申し訳ない。


 五時限目が終わり、待ってましたとばかりに桃ノ森さんが僕の方へ向かってきた。

 できればプロット制作に勤しみたいが、先程何か話したいことがありそうだったので、プロットは帰ってからにして、今は彼女の話を聞こう。


「ちょっとだけ話してもいい?」

「はい、構いませんが」

「! ほ、ほんと!?」

「ええ。授業が始まる前にも何か自分に聞きたいことがあるようなことを仰っていたので」

「うん、そうなの! えっとね……その額の傷なんだけど」

「……ああ、コレですか」


 僕は自分の額に軽く触れて応える。

 傷のことを聞かれると、あの出来事を思い出しつい眉をひそめてしまう。


「すみません、お見苦しいものをお見せしてしまい」

「ち、違うし! 別に見苦しいとかそんなんじゃないし! アタシがその聞きたいのは……」


 何か聞きにくいことなのか、若干目が泳ぎ僅かに口ごもっている。


「……そ、その傷ってさ…………もしかして小さい頃に怪我した……とか?」

「? どうしてそのようなことを?」

「え? あ、その……ちょっと気になって」

「はぁ……確かにこれは小学生の頃の傷ですが」






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