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先日入学式を終え、今日が新しい学年での初授業。
ピカピカの一年生はこれから訪れる高校生活に、それぞれ期待に胸を膨らませ浮かれており、二年生は初めてできる後輩の存在に興味津々といった様子。
三年生は受験まで残り一年を切ったことで、中には焦りを覚えている者や憂鬱を抱えている者だっているだろう。
そんな中、僕は二年生としてどう過ごしていけばいいのか少し迷っていた。
一年生の時は、ひたすら運動部の勧誘から逃げ回っていた気がする。さすがに一年間断り続けてきたので、もう勧誘をしようとは思わないだろうが。
というよりそろそろ諦めてほしいです。
僕が通う神奈川県にある【真志羽学園】は長い坂道の上にあって、結構通学にはしんどい道程だったりする。角度もそこそこあるので徒歩でも十分に疲れてしまう。
そのためバスを利用して通う生徒が多い。自転車通学の生徒も、そのほとんどは漕がずに押して歩いていた。
その中で、僕は一切の表情を変えずに一定速度で急な坂道を上っていく。
今日は天気も良いので上機嫌だ。こんな時は思わず鼻歌でも嗜みたいところ。
いや、ここは流れに身を任せ鼻歌を行おう。
「フン、フフンフン、フンフーン、ラララー、ララー」
気分良く僕が歌っていると。
「おい見ろよ、何かすっげえ怖い奴が呪文みたいなもん唱えて坂道を上がってくるぞ!」
「マジかよ。何だよあの図体にあの眼ぇっ、怖ぇぇぇ!」
「つーか自転車でこの道を何であんな平気な顔で、しかもその速度で漕げるんだってばよ」
「けどちゃんとヘルメットしてるあたり意外にも良い人だったり……?」
何か周りがザワついていますね。何かあったんでしょうか?
気になってキョロキョロを周囲を見回してみる。
「うわっ、目が合っちまった! 何だよあの眼力! 殺し屋かよ!」
「ヤ、ヤベエ……俺ってば、とんでもねえ学園に来たんじゃねえだろうな」
「さ、さすがはあの有名な『巨人』だぜ。新学期早々超目立ってやがる」
「ああ、それにあの額の傷は百人の不良と抗争した時についたって噂だし」
どうやら何か目立つ存在でもいるようです。
もしかして有名なアイドルや俳優がここを通ってるんでしょうか? あまり詳しくはないので僕には分かりませんが。
僕としてはアイドルの方よりは、ヒーローショーなんかに出てくる特撮ヒーローとかの方が盛り上がります。この前行かせてもらった【大角デパート】の屋上でのヒーローショーは良かったです。年甲斐もなくワクワクしてしまいました。
ただまあ、あまり近づくと子供たちが怯えてしまうので、建物の隅からこっそりと覗くことになってしまったのは残念でしたが。
そのあとに警備の人に見つかって少々問題になったのは忘れたい事実ですね。
おっと、そろそろ門へ着きました。
両端に植えられた立派な桜から美しい桃色の吹雪が生徒たちを歓迎する中、僕も皆と同じように門を潜り、自転車置き場がある方角へと進んでいく。
自転車置き場からはグラウンドを確認することができ、そこでは野球部などの運動部が朝練で声を出している。
確かこの学園ではバスケットボール部と剣道部が強かったはず。
家が剣道の道場を開いていることからも、やはり剣道部からの勧誘が一番猛烈だ。
確かに剣道は幼い頃から祖父母に鍛えられてきたが、学園の部活までビッシリと浸かるつもりはない。
何故なら僕にはもっとやりたいことがあるから。
「――あら、不々動くんじゃない」
自転車にロックをかけていると、不意に女性の声が鼓膜を震わせてきた。
振り向くとそこには一人の女子生徒が立っている。
「おはようございます、多華町先輩」
丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「ええ、おはよう」
彼女の名は多華町紗依。最上級生の三年であり、一年の頃から生徒会役員を務め、二年で生徒会長を就任し今年も続けて務めることになった。
眉目秀麗、文武両道、才色兼備などといった言葉は彼女のためにあると思わせるほど、人目を惹きつける美人だ。
まるで絹のような美しい黒髪が腰まで伸びている。ナチュラルメイクを施したその顔は、トップモデルにも負けないほど整っており、切れ長の瞳で見つめられるだけで思わず男子ならドキッとしてしまうかもしれない。
スタイルも女性が羨むほど豊満な胸を持ち、スカートから覗く折れそうなほど細長い脚は黒のパンストで包まれていてまさに美脚。
非の打ち所の無い完璧な美少女といえるだろう。
「ふふ、あなたは今日も大きいわね。少し小さい日もあっていいと思うのだけれど?」
「その日によって大きさが劇的に変動したりはしないと思いますが……」
「あらそう? そっちの方が面白いのに」
そんなことを言われましても……。相変わらずこの方はよく分かりませんね。
からかっているのだと思うが、そもそも彼女の言動のレベルが高過ぎてなのか、ほとんどついていけない。
「それはそうと不々動くん。続きは書けたのかしら?」
「えー何――」
「何をと聞くつもりじゃないでしょうね?」
「えっと……やっぱりアレ、ですか?」
「私が続きといえば、アレについてに決まっているでしょう? ああ、本当にイケナイ子ね、あなたは。これほどまでに私の心を魅了してしまっているというのに」
「は、はぁ……」
「しかもいまだにその惚けた顔。ではハッキリと言うわ」
おほんとわざとらしく咳払いをした多華町先輩がスッと右手を差し出してくる。
「さあ、あなたが書いた例の小説の続き、有無を言わさず渡しなさい」
そう、彼女が欲してるのは僕が書いた小説のことだった。
「ああもう! 昨日から続きが気になって気になって眠れないのよ! 肌が荒れたらあなたに責任取ってもらうわよ」
「いや、それは……」
「そんなことよりどうしてあんな気になる終わり方をするのよ! 互いに想い合っていた主人公とヒロインが敵同士になってモヤモヤしてたっていうのに、さらに戦場で出遭ったところで終わるなんて反則よ!」
「す、すみません……」
僕は一年前ほどから『小説家になれぃ!』というWEB小説投稿サイトを利用し、『不動ゴロー』という悟老をゴローにしただけのペンネームを使い、無料で小説を書いて投稿してきたのだ。
昔から俳句やら短歌、そして感想文などで賞をもらったりしてきたこともあり、中学に入ってからはノートに自作の小説などを書いては楽しんでいた。
高校生になった時、件のサイトの存在を知り、興味本位ということもあって利用したのである。
すると今まで一人だけで終わっていた小説創作だったが、直に読者たちから反応を受け取ることでかなり衝撃的だった。
感想をもらった時は嬉しさでその日はずっと鼻歌を歌いっ放しだったのである。
特に一番最初に感想を書いてくれた『ハナハナ』さんは、一話投稿するごとに熱心に反応をくれるので僕も凄くありがたかった。
それからこの一年、自作小説を書き続けてきたというわけだ。
そんなある日のこと、スマホでサイトの中のマイページを開き、今後の物語の設定などを書いていた時だ。
不意に背後から気配がしたと思い振り向くと、そこに彼女――多華町先輩が立っていた。
学園でも一、二を争う有名人の登場に僕はしばらく固まってしまっていたが。
そんな僕よりも驚いた表情をしながら、
『あ、あ、あなたはもしかして、ふ、不動ゴローなのっ!?』
と、そこら中に響き渡るような大声で言ってきた。
当然間違っていないので、『一年の不々動悟老ですが』と返したが、多華町先輩はビシッと僕のスマホを指差して言う。
『違うわよ! 私が言っているのは、あなたが『小説家になれぃ!』で小説を投稿している不動ゴローなのかってことよ!』
マイページに映されているのは、間違いなく『不動ゴロー』というペンネーム。このページを開くことができるのは、パスワードを知っている本人くらいだ。
つまりこのページを見ているということで、僕が『不動ゴロー』だと多華町先輩は気づいたということである。
バレてしまっては仕方ないと、『そうです』と認めた直後、多華町先輩がすぐさま自身のスマホを取り出すと、少し操作したのち画面を見せつけてきた。
その画面は僕が開いていたページと同じ構成になっていて、名前の欄に『ハナハナ』と刻まれていたのである。
『……え? も、もしかして先輩が……『ハナハナ』……さん?』
半信半疑ではあったが、多華町先輩もまた自分がそうだと認めた。
信じられない偶然だが、まさか『ハナハナ』さんが多華町先輩だとは、あまり感情を表に出さない僕だが、その時は愕然としたものである。
そんな奇妙な出遭いから僕たちは会話をするようになった。
そしてことあるごとに多華町先輩は、僕の書く小説を要求してくる。
何でも投稿する前に書き溜めしているであろう小説の続きを読ませろとねだってくるのだ。
確かに僕は小説を投稿する前に、余分で二回か三回分程度の投稿文をすでに書き上げている。
何かあった時に続きを書けないかもしれないので、時間がある時に保険として書き溜めしているのだ。
その事実を知った多華町先輩は、誰よりも僕の小説の続きを読みたいと要求してくるようになった。
「あの多華町先輩、続きは今日の七時に投稿されますので」
「待てないわ! データならあなたのスマホに入っているでしょう? それを要求するわ」
確かに時間がある時に誤字などをチェックするために、パソコンで書き上げた文をメールでスマホにデータとして送っている。
「授業とかありますし」
「あなたの小説を読めるなら授業なんて価値は低いわ」
それは言外に授業中に読むという宣言でしょうか。それはさすがに学生として間違っているのでは?
そもそも生徒会長が率先して授業をサボるような発言はいかがなものでしょうか……。
そこで周りが少しざわつき出したことに気づく。
誰にも慕われる生徒会長が、こんな不愛想で強面の自分と二人っきりでいたら、明らかに良くない誤解される。
下手をすれば警察が出動する事態になりかねない。
「あ、あの多華町先輩、とにかく話はまたあとでということで」
「はあ? どうして……はぁ、仕方ないわね」
僕が周囲をチラチラと視線を送ることで、熱くなっていた彼女も周りを見てくれたようだ。この場が賑やかになるのは彼女にしても面倒ごとだろう。
以前多華町先輩が僕のクラスに来て直に小説の続きを催促をした時は大騒ぎになった。
僕はこの見た目だから大丈夫だったが、先輩は周囲から数多くの質問を投げかけられたらしい。そのせいで普段の十倍以上の疲れを感じたという。
だからできる限り目立つ行為を避けようとしているみたいだ。
「じゃあ放課後――――逃げちゃダメよ?」
若干不機嫌さを表情に露わにしながら、最後にそんな言葉を残して去っていった。
やれやれ……先輩は熱心ですね。
それが自分の小説に対してなのだから正直に言って嬉しい。しかしただでさえ目立つ存在である自分なので、これ以上話題になるようなことはあまりしたくないというのが本音だ。
できれば多華町先輩とは直接会ったりせずにメールとかだけでやり取りしたい。その方が穏やかに過ごせそうだから。
考えててもしょうがないですね。早く教室へ向かいましょう。
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