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「……あっ、ふ、ふふふ不々動くんっ!?」

「おはようございます、繭原さん」

「おおおおおおおおはようございましゅ! ほ、本日はお日柄も良く!」

「いえ、今日は残念ながら曇りなのですが」

「えっ!? あ、あのその…………しゅみません」


 シュンとなる繭原さんを見ると、何だか指摘したことが非常に申し訳なくなってきた。

 ここは話題を変えるべきだろうか。


「……早いんですね、繭原さん」

「あ、えと……今日は日直ですから」


 僕は黒板に書かれている日直の名前を見る。確かに彼女の名前が記載されていた。


「それにしても早過ぎないですか?」


 日直の仕事は精々、花瓶の水やりや部屋の換気などである。

 そんなに早く来なくともできることばかりだ。


「ははは、その……動物たちのご飯も用意してあげないといけませんし」


 なるほど。彼女は飼育委員だった。

 ただ当番は今週ごとに決められていて、今週は彼女ではなかったはずだ。


「あ、あのですね。今週の当番さんが風邪で来られなくなったとかで……」

「そういうことでしたか。では今から向かうところですか?」


 繭原さんは「はい」と小さく頷く。


「なら自分もお手伝いします」

「ええっ!? そ、そんなの悪いですよ!」

「いえ、自分も飼育委員ですから」

「それは……でも、頼まれたのは私ですし……。それに不々動くんも用事があって早く来たんじゃないんですか?」

「気にしないでください。二人でやれば早く済むと思いますし」

「不々動くん…………いいんですか?」

「はい。それに繭原さんに薦めて頂いたラノベの感想もお話したいですし」

「!? それ本当ですか! じゃ、じゃあその……い、行きましょう!」


 嬉々とした表情を見せる彼女を見ると、本当にラノベが好きなんだなと思う。

 自分としてもこういう話ができる人は多華町先輩くらいなので嬉しいものがある。

 こうして二人で、飼育スペースが設置されている学園の西南へと向かった。

 いつ来てもやはりかなりの規模を取っている。


 学園長が動物好きなのが大きな理由だろう。

 牛は四頭、馬は三頭とそれぞれに舎が設けられてあり、ウサギ小屋や鳥小屋もある。

 少し離れたところでは、犬や猫が逃げ出さないように仕切られたスペースで何匹も寛いでいた。

 他にも池には鯉や亀などの姿も見える。


 前にも言ったと思うが、本当に小さな動物園だ。

 僕と繭原さんは、手分けして彼らの餌を用意し、サッとではあるが掃除をした。


「あ、ありがとうございます不々動くん。お蔭でいつもより早く終わりました」

「いいえ、僕も飼育委員ですから当然のことですから」

「……そう言える人だから素敵だと思います」

「はい? 言える人というのは?」

「にゃっ、にゃんでもにゃいでしゅよっ!」

「は、はぁ……」


 最近周りの女子たちが小声で話す現場に出くわすことが多い気がする。

 独り言のブームでも到来しているのだろうか。


「あ、ああそうです! ラ、ラノベ! ラノベの感想を聞いてもいいですか?」

「ええ、繭原さんに薦められた『転生したらドラゴンだった件』はとても面白かったですよ」

「本当ですかっ!」


 笑顔いっぱでグイッと接近してくる。


「あ、あの……近いです」

「!? ご、ごごごごごめんなしゃいっ! ああもう私ったら!」

「本当にラノベが好きなんですね。それにあなたの目利きも素晴らしかったです」

「あぅっ! そ、そんな……私はただのラノベバカというか、読書バカで……」


 確かに馬鹿という言葉は侮蔑する言語として使われるかもしれないが、一概にそれだけとは言えない。

 バカというのは僕に言わせれば求道者である。

 たった一つを真っ直ぐ突き進め追求していく一途な人物のことをいうと思う。

 だから場合によっては誉め言葉にもなる。


 作家に当て嵌めれば、創作バカと言われて怒る人はそうはいないのではなかろうか。少なくとも僕はそうだと認めているし、言われて嬉しい。

 その繋がりもあって、読書バカである彼女には好感しか抱かない。


「そのお蔭で素晴らしい本に出合えました。本当に感謝しています」

「はわわっ、そ、そんな恐縮ですっ! よ、喜んでもらえたなら私はそれで……!」

「つきましては近いうちに続巻を購入しようと思っています」

「あ、はい! 『転ドラ』は現在5巻まで出ていますから、取り置きしておきますね。はは、人気ですからすぐに売り切れてしまうので」

「よろしいんですか?」

「もちろんです! 予約という形で取っておきますね」

「それはありがたいです」

「と、ところでどんなところが不々動くん的に面白かったですか?」

「そうですね……」


 それからは時間の許す限り、彼女とラノベの話で盛り上がった。








 昼休憩に入ると、弁当を持って多華町先輩がいるであろう生徒会室へと急いだ。

 休み時間になると、桃ノ森さんがチラチラとこちらを見ながら「今日もかぁ」と肩を落としていたようだが、今はプロット作りに勤しみたいので対話は勘弁してもらった。


 そんなに僕に時間を割いてもメリットなどはないと思うが、桃ノ森さんはもしかしたらぼっちな存在を認められない人なのかもしれない。

 だからわざわざ話しかけて、僕を皆の輪の中に入れようとしているのか。


 だとしたらありがたい厚意ではあるが、それを受け入れることはできない。

 僕が輪に入ったとしても、それはきっと歪みになると思うし、他の人たちに受け入れてもらえるとも思えない。

 そういうのはすでに中学でも体験したことだ。


 だからもう――諦めている。


 桃ノ森さんはきっと優しい人なのだろうが、その優しさは必ずしも救いをもたらすことを約束されてはいない。

 逆に傷つけることだってあるのだ。


 ……とまあ、いろいろ言い訳めいたことを言ったが、要は集団生活に僕の性格上、溶け込めないというだけであって、根本的な原因を克服しない限り、桃ノ森さんの希望は叶わないだろう。

 生徒会室にノックして許可を取って入ると、中には多華町先輩……と、友枝先生の二人がいた。


「こんにちはー、不々動くーん」


 相も変わらず友枝先生はにこやかでフレンドリーである。

 一瞬何故彼女がここに、と思ったが、そういえば生徒会の顧問も担当していたことを思い出す。

 とはいっても多華町先輩曰く、たまに生徒会室へ来て茶会を開き談笑するだけで、変に口を挟んでこないマスコットキャラみたいな存在になっているらしい。


「こんにちは、不々動くん。どうぞ、席について」

「はぁ、失礼します。……友枝先生もこちらで昼食ですか?」

「うん! ちょっと生徒会に用事があってねー」


 見れば菓子パンを二つほどテーブルの上に見える。メロンパンとあんぱん、だろうか。


「その二つで足りるのですか?」

「十分だよー。身体もちっこいからねー。……そう、ちっこいから男の人に見向きもされないけれど……ぐす」


 ヤバイ。このままだとまたダークサイドに堕ちてしまう。


「そ、その! 良かったらうちで取れた野菜で作った漬け物を召し上がりますか?」


 そう言って小さなタッパーを彼女たちの目の前に出す。


「あら、不々動くんが直々に手掛けた野菜たちね。とても美味しそうだわ。先生、せっかくだから御馳走になりましょう」

「わー、確か不々動くんって料理もできるんだよねー。うんうん、キッチンに立つ男の子はモテるぞー!」


 友枝先生の言葉はありがたいが、そういうスキルもすべて外見が壊してしまうので意味がない。


「はむ……んんー! このコリコリとした触感に、ほどよい塩加減。ご飯がほしくなるね!」

「ん……あら本当に美味しいわ、この大根。それに柚子の香りも効いて絶妙よ。さすがは私の見込んだ不動先生ね、ふふ」


 いや、料理の腕は作家の腕と比例しないと思いますが……。

 しかしどうやら先生が闇に沈むことは止められたようだ。







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