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昼休憩後の五時限目の授業が終わり、僅かな休み時間に僕は昼に考えておいたプロットを纏めるためにノートに物語の流れを書いていた。
そこへまたも桃ノ森さんが話しかけてきたのである。
「ねえねえ、お昼の時の話なんだけど」
「すみません桃ノ森さん。今少し立て込んでいますので、お話はまた後日お願いします」
「後日!? じゃあ次の休み時間とかもダメなの! 放課後も!」
「ちょっとやり切りたい作業が残っていますので」
仕事と口にするとややこしいことになりそうなので作業ということにしておく。
「それに放課後もすぐに帰ってやりたいこともありますから」
プロットをパソコンで完成させて日中さんにメールで送りたいし、畑仕事や珠乃の遊び相手など予定は見事に詰まっている。
「そ、そう……なんだ……」
ガックリと肩を落とし、トボトボと自分の席へ戻っていく桃ノ森さんを一瞥すると、僕はすぐにプロット作りに取り掛かる。
「お、おいマジか。また断ったぜ桃ノ森の要求を」
「ああ、つーか桃ノ森ってば、何でアイツに構うんだ?」
「それな。怖いもの知らずっていうか、桃ノ森すげえ奴だぜ」
など周囲から会話が聞こえてくるが、相手にせずにノートに字を綴っていく。
チャイムが鳴るまで書いていたが、やはり時間はまだ足りない。続きは次の休み時間になりそうだ。
とはいっても六時限が終わり、LHRまでの間のほんの僅かな時間ではあるが。
ただあと少しなので、恐らくは書き上げることはできるだろう。
そして予定通り、六時限目が終わったあとの休み時間で、先生が来るまで昨日作ったプロットの修正案はできた。
うん。実際は本文を書き上げてみないと分からないが、プロットを見ても申し分がない出来ではないかと思う。
これなら一巻分として立派なものが完成できそうだ。
ただもちろんこれで完成というわけではなく、ここからこのプロットを日中さんに送り、彼女の意見などを聞いてさらに完成度を高めていく。
そうして作家と編集者の二人三脚で、最高の作品を形作っていくのである。
僕は自分なりのプロット作りに満足感を得て、気分良くLHRを終えることになった。
すぐに席を立ち、急いで帰宅するために教室を出る。
「あ、待っ……もうっ! 何なのよぉっ!」
またも背後で桃ノ森さんの声が聞こえた。よく通る声だ。さすがは声優だと思った。
走っている間にスマホが鳴ったので手に取って確認する。
どうやら多華町先輩からのメールらしい。
『お疲れ様、不々動くん。明日の昼食、一緒にどうかしら? 少し頼みたいこともあるので、よりよい返事を期待します』
特に予定はないので、了承する旨をメールで送った。
するとすぐに返信がくる。
『あら、良い心がけね。私の好きな作家さんを己の自由にできる感覚は想像以上に快感ね。癖になりそうだわ。では気をつけて帰りなさい。PS 早く次話をアップしなさい』
相変わらずメールではどこかサディスティックさを感じさせる。いや、直接会っている時でもよくからかわれるので、メールだけとは言い難いか。
さりげなく……でもないが、ネットに次の話を載せるよう要求がきている。
こういうところは抜け目ないですね、先輩は。
思わず苦笑が零れてしまうが、作家としては嬉しいものだ。
僕は自転車に乗ると、安全運転でかつなるべく急いで家へ帰った。
そして帰宅後、すぐにパソコンに修正したプロット案を反映させると、再度見直してから日中さんに送る。
その直後、玄関から愛しい妹の声が響いてきた。
「にぃや~んっ! たっらいまー!」
元気よく僕の自室へ駈け込んできた珠乃を出迎えると、僕の膝にがしっと抱き着いてくる。
「お帰りなさい、珠乃」
「たらいまなのー! あのね、きょうね、たまね」
「それより珠乃。まずは手洗いうがいをしないと。ほら、一緒に行ってあげますから」
「うん! いっしょにー!」
手を繋いで洗面所へ向かうと、一緒に手洗いうがいをしてやる。
園児服から可愛らしい青色のワンピース姿へと着替えさせると、キラキラとした目で「あそぼー」と言ってきた。
「じゃあ一緒に畑で野菜を収穫しますか」
「えぇー、それおもしろくないのー」
「手伝ってくれたら、今日買ってきた水羊羹を夕ご飯のあとに一緒に食べようと思っていましたが、残念、お預けですね」
「みずようかんっ! てつだう! たまね、いっぱいてつだうじょー!」
少しズルい言い方になってしまったが、本当に可愛い妹である。
二人で今日収穫できる野菜を収穫し終えたあと、約束通りに遊び相手となり、夕食の後に動物が出てくるテレビを一緒に観ながら水羊羹を堪能した。
そして寝る前にメールをチェックすると、日中さんから返信があった。
できるだけ早くプロットを確認して返事を出すとのこと。
僕は『お手数をおかけします。よろしくお願い致します。』とだけ返信し就寝した。
朝起きてメールをチェックすると、早いことにプロットに対する返事が日中さんから送られていた。
きっとあのあと深夜にかけてプロットを確認してくれたのだろう。しかも感じたことや、注意書きなどが細かく書かれており、それを見て脱帽せずにいられなかった。
彼女はいつ寝ているのだろうということよりも、僕が自信を持って送ったプロットの注意の的確さに感心したのである。
読者さんにより伝わりやすくする文章の書き方や、キャラクターの心情の部分をもっと増やした方が共感が得られるなどの、明確な読者目線で返事が書かれていた。
作家として文を書くと、やはりどうしても作家主体となる文となり、時折読者を置き去りにしてしまうことがある。
それは作家としては気持ちの良い言葉でも、読者にとっては分かり難かったり伝わらなかったりすることもあるのだ。
ネット小説ならそのままでもいいかもしれないが、より読者を意識しなければならない商業作品としては、やはりそういったところに注意が必要だと教えられた。
「そう……か。確かにそう言われてみれば、読者目線に立って書いてなかったかもしれないですね」
もちろん読んでくださる方々がいるのは分かっているので、当然意識はしているものの、どちらかといえば自己満足の気が強い書き方をしていたかもしれない。
それが悪いというわけではないと思うが、作家だけが理解できる物語では商業品としては成り立たないのだ。
やはり売れる、人気を取るためには、読者の気持ちをこれまで以上に大事にしなければならないということなのだろう。
「勉強になりますね」
ということで、今度はプロットの改稿である。
日中さんの意見を参考にし、さらに質の良いものを作っていく。
今までこういった作業は一人でこなしていたが、こうして誰かの意見を交えて一つの物語を作っていくというのも面白いものだ。
今日の休み時間もいつもの読書タイムを返上しなければと思うが、不思議と残念さはなく、それどころか楽しみでさえあった。
「そういえば今日は結構予定が詰まってますね」
休み時間はプロットの改稿に当てて、昼は多華町先輩に呼び出されている。
さらに放課後はその彼女と食事に行くことになっていた。
でも本当に彼女と二人で食事に行ってもいいのかと悩む。
せっかく築き上げてきた多華町先輩というブランドを、自分のせいで評価を落としてしまうかもしれない。
彼女はそんなことを気にしないと言っていたが、やはりそんなことになれば申し訳なく思ってしまう。
いっそ変装でもして……いえ、逆に目立ちそうですね。
そもそもこの大き過ぎる図体だけで衆目の視線を引き付けてしまうのだからどうしようもない。
本当にこの身体が恨めしい。こればかりは偽装しようにもできないからだ。
「考えても仕方ないですね。それより早く登校の準備をしなければ」
溜め息交じりにそう言うと、僕は学園へと向かう準備を整えると、家族に挨拶をしてから家を出た。
今日は結構早めに登校したので、教室へ入ると誰も……いえ、僕よりも先に来ていた人がいて少し驚く。
だが僕よりもその人物は驚愕の表情を浮かべる。
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