15
「ハッホー、巨人くん!」
「桃ノ森……さん?」
「うんうん、桃ノ森ももりだよー」
「ど、どうしてここに?」
一瞬幻覚かと思ったが、どうもそうではないようで、彼女はいつものスマイルを携えてそこに立っている。
「ほらー、この前一緒にご飯とかどうって言ったっしょ?」
「…………?」
「うわ、マジで忘れてる顔だしこれ」
うわ、低い。声が圧倒的に低いです桃ノ森さん。
「え、えっと……すみません?」
「何で疑問形なのさ。まあいいけど。今回は別に先約とかないんでしょ?」
「先約? ありませんが」
「よし。じゃあ一緒に食べよ、いい?」
「それは止めておいた方が良いかと」
桃ノ森さんが意気揚々とした様子でベンチに腰を下ろそうとしたが、僕の発言を聞いて足を止めた。
「どして?」
「桃ノ森さんに良くない噂が立ちますから」
「良くない? ……ああ、そういう」
察しは良いのか、彼女は目を細めながら溜め息を吐きつつそう言った。
「まあ確かに巨人くんってば、いろいろ噂があるもんねー。中学の頃からずーっと警察のお世話になってるとかー、実は殺し屋だとかー、高一の時に不良三十人を無傷で病院送りしたとかー」
どれも事実無根です。
警察のお世話には小学生の時からなっていますので。
ただ小学六年生の頃、迷子の子供を見つけ一緒に親御さんを探していただけだったのに、すでに体格は高校生くらいで目つきも鋭かった僕を怪しんだ警察の人に、交番へ連れていかれ尋問を受けたのは衝撃的だった。
まあ誤解だったと分かり、ちゃんと謝罪はされたけれど。
「あ、そういや巨大な熊と素手で殴り合って勝ったーとかも? アハハ、さすがにこれは嘘だよねー!」
「…………」
「……え? う、嘘……だよね?」
「いえ、その……」
「マジなのっ!?」
あれは高校一年生の夏休みだ。
家族と一緒に山へハイキングに行ったのである。
そこで珠乃が迷子になってしまい探しに出掛けたところ、熊と珠乃が対面している状況に遭遇したのだ。
あとで調べて分かったが、ツキノワグマという熊の一種で、二メートルもない生物ではあるが、それでも一般人が素手でやりあえる相手ではない。
僕はすぐに駆け付け逃げようとしたが、熊は臨戦状態に入っており、その強靱な爪が彼女に襲い掛かろうとしていた。
カッとなった僕は、無我夢中で体当たりやら殴打などを繰り出す。
気づけば僕も熊も傷だらけになったが、相手が悪いと思ったのか熊はその場から逃げてくれた。
「…………熊殺し」
「いえ、殺していません。退けただけですから」
「そ、それでも凄いから! 何それどんな漫画のヒーローさ! まあヒロインが妹さんってところがちょっと惜しいけど」
「そんな柄じゃありませんよ。体中に傷を負いましたし、ボロボロでした」
「……そういえば去年の夏休み、私の友達が顔や腕に包帯を巻いた巨人くんを見たって言ってたけど、あれそういうことだったんだ……」
てっきりヤクザやマフィアの抗争に巻き込まれたとか思ってたけど、と身震いするようなことを追加してきた。
「……あ、もしかしたらその額の傷ってその時の?」
「え? ああこれは違います。熊にやられた傷で今も残ってるのは胸にあるものだけですから」
胸に縦に三本の爪痕が刻まれている。
いまだくっきりと残っているので、それを見る度に珠乃が悲しそうに謝ってくるのは辛いものがある。こっちはまったく気にしていないというのに。
珠乃は優しい子だから、自分が迷子になったせいだと思っているのだ。
ああ、思い出したら珠乃がもっと愛おしく思えてきた。今日の帰りに彼女の大好物の水羊羹を買って帰ろう。
「そ、そうなの? ふ、ふぅん……じゃあその傷っていつからあるの?」
何故かそわそわしながら聞いてくる桃ノ森さん。トイレでも近いのだろうか。
それにチラチラと興味深そうに傷を見てくる。やはり顔に大きな傷があるのが怖いのかもしれない。
「この傷、ですか? これは――」
その時だった。
校内放送のチャイムが鳴ったと思ったら、
『二年D組の不々動くん、至急生徒指導室まで来てください。繰り返します。二年D組の不々動くん、至急生徒指導室まで来てください』
と呼び出しを受けてしまった。
「すみません、桃ノ森さん。お話の途中で」
「う、ううん! 呼び出されたんならしょーがないって! あ、でも、またここに来てもいいかな?」
「……それは止めておいた方が良いかと」
「もう! それ二度目だから! ていうか来るったら来る! 聞きたいこともできたし!」
「……分かりました。では行ってきますので」
僕は弁当を片すと、すぐにその場をあとにする。
背後で「はっ、連絡先交換しときゃ良かった!」と聞こえた気がしたが多分気のせいだろう。
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