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「……ふぅん。今日は本読んでないのね」
「……はぁ」
どういうことでしょうか。
多華町先輩と別れて、自分のクラスに入ったのはいいのだが、先程の先輩とのやり取りを思い出し、席に座って疲れを癒していた時、クラス……いや、学園のアイドルである桃ノ森さんが教室に入ってくるなり近づいてきてそんなことを言ってきた。
確かにいつもなら先生が来るまでラノベを読んでいるが、圧倒的威圧力を持つ多華町先輩に対し、終始タジタジだった自分を恥じてぼ~っとしていたのだ。
「えと、おはようございます」
「ん、おはよー。ねえねえ、巨人くんはさ、生徒会長と仲良いの?」
桃ノ森さんのその言葉に、すでに登校していたクラスメイトたちはギョッとなっている。
「仲が……良いですか?」
「うん、そう。たまたま一緒にいるとこ見たからねー」
ニコッと笑みを浮かべる桃ノ森さんだが、どこか無感情というか、やはり仮面のようなものを被っているような薄っぺらさを感じた。
まあ自分のような人間に、人気者の彼女が本気で相手をするわけがないと思うが。
「どうでしょうか。悪いというわけではないと思いますが。ただ特別親しい関係というわけでもないかと」
そもそも多華町先輩は、誰にでも変わらなく接する。
友人もたくさんいるだろう。しかし自分がその中にいるのかと思うと、さすがにそれほどの親しさはないような気が……。
う~ん……というか友人関係というのは、どこからどこまでのことを言うのでしょうか。
特に友達になりましょう、などと言われたことも言ったこともない。
考えてみると、先輩と自分との関係は作家と読者という細い繋がりでしかないのかもしれない。
ボッチの僕としては、それでも十分にありがたい関係ではあるけれど。
「……ふぅん。一緒にご飯食べる仲のくせして」
「あ、あの……何か?」
「ううん。何でもないよー」
若干声が小さく、かつ低くなり聞き取れなかった。
「あのさ巨人くんって、何か部活とか入ってる?」
「……いきなりですね」
「あー聞いちゃダメだった? だったらゴメンね!」
「いえ、そういうことは。……部活は入っていません」
「何で? 巨人くんってガタイとかいいから、スポーツやればいいのに。聞いた話だと、幾つもの運動部からスカウトが来てるって話だし」
「よくご存じですね」
「……! べ、別にわざわざ調べたってわけじゃないからね! ただその……そう! 巨人くんって結構目立つから、聞きたくない情報とかも入ってきたりするだけだし!」
そんなに慌てて説明しなくてもちゃんと分かっている。
目立ちたくはないが、やはりこの図体は嫌でも目立ってしまうから。
「すみません。自分のせいで不快な思いをさせてしまって」
「えっ!? あ、いや、べ、別に不快なんて思ってないから!」
「ですが聞きたくもない話なのは事実でしょうから」
誰が好き好んで自分の話など聞きたがるだろうか。
世界中探しても、家族以外は多華町先輩くらいではなかろうか。まあそんな彼女でも、僕自身の話というよりは作家としての自分についてだろうが。
「っ…………はぁ。巨人くんって、もしかしてネガティブ思考の人なの?」
「? 特にそういうわけではないと思いますが」
「…………なるほど。思ったよりめんどくさい人っぽいな。生徒会長は、何でこんな人と……」
ブツブツと、また何か小声で言い出す彼女をジッと見続けていると、そこへ担任の先生が教室へ入ってきた。
桃ノ森さんは「また話そうねー」と言って自分の席へ戻っていく。
どうも彼女のようなグイグイくるタイプは苦手だ。何を話せばいいか分からないし、きっと彼女を楽しませるようなこともできない。
『アンタは本当に無骨で、人の好意に鈍感よねー。そんなんだと、将来は孤独死しちゃうぞー』
以前母さんに言われた言葉を思い出す。
そもそも自分に好意を向けるような他人がいるとは思えないんですが……。
無骨なのは自覚しているけれども。
ただ孤独死はさすがに寂し過ぎる。
いや、自分には珠乃がいてくれます。だからきっと孤独ではありません……多分。
仮に成長した妹に「お兄ちゃん嫌い。妹離れしてよ」などと言われた日には、恐らく僕のガラスハートは砕け散り修復不可能にまで陥ることだろう。
…………珠乃に嫌われないように、良い兄でいましょう。うん。
孤独死だけは避けるために。
昼休憩に入ると、僕は弁当箱を持って真っ先に教室から出る。
途中桃ノ森さんの声で「待って」と聞こえたが、きっと僕のことではないはずなので、そのままある場所へと向かう。
そこは見晴らしの良い屋上で、その一角にあるベンチに腰を下ろす。
今日もこの席を取ることができて安堵する。
ここはいつも僕が昼食を摂っている場所で、憩いのベストプレイスだ。
日当たりが良くて、この時期は特に心地好い風が気分を上げてくれる。
屋上は生徒たちの格好の和み空間となっており、多くの生徒が利用する。
昼食時は、僕だけでなく他の生徒たちも我先にと数量限定のベンチを手にしようと駆け込んでくるのだ。
ただここはフェンスと物置に挟まれていて、周囲から隔絶された空間にもなっていて、周りの視線なども気にせず堪能できるので気に入っているのだ。
僕は自分で拵えた弁当を口にしつつ、日中さんに言われた一巻のプロットについて考える。
昨日も一応考えて大筋の流れをエクセルに打ち込んでおいたが、もっと精査してより良いものを作りたいので、自分の中で最高になるまで考え抜くつもりだ。
物語を構成する上で、人によって作り方は様々だと思う。
プロローグから順に、キーワードとなる言葉やあらすじなどを起承転結として当て嵌めていくやり方もあれば、最初からできるだけ事細かく決めないと書けないという人もいるだろう。
そんな中で、僕はまず物語のゴール――いわゆる〝結〟の部分を設定する。
そうやって結末を確定してから、そこに向かう道程を形作っていくのだ。
これはプロット作りだけでなく、小説創作そのものでもそうである。
自分の作る物語の終わりは、もう頭の中にあるのだ。
あとはどうやってそこへ導く話を綴っていくかどうか。
やはり終着点が見えていれば僕としては書きやすい。
ただこれはあくまで自分のやり方であって、正解などは存在しないと思う。
作家の数だけ作り方の色があり、だからこそそれぞれの物語には必ず書いた本人の特徴が出てくる。
それが本の面白いところなのだと僕は思う。
「う~ん……やはり事件のインパクトがこのままだと弱い気がしますね。山場としては物足りない気がします」
小説で盛り上がるのは、やはり〝転〟から〝結〟にかけた部分だろう。ここの書き方が悪ければ、いくら掴みが良くても読者は離れていってしまう。
特に自分のようなバトルファンタジーものは戦いが主軸となるので、そこをいかにカタルシスを感じさせるような書き方ができるかどうかだ。
「…………よし、決めました」
「何を決めたの?」
「物語の山場をどうするかです…………は?」
反射的に返事をしてしまったが、すぐにキョトンとしながらも僕は、聞こえてきた声の主に向かって顔を向けた。
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