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 ほっ、ほっ、ふっ、ふっ、ほっ、ほっ、ふっ、ふっ。


 リズミカルに呼吸をしつつ足を交互に出していく。

 たまにこうして身体を動かすのを日課としている。

 小説の話が思い浮かばなかったり、小説の話に感化されて興奮した時などは、汗を流して発散するのだ。


 まあ起因がすべて小説に関することなのが僕らしいと、お婆ちゃんたちには言われるが。

 昔から体力はある方だったけれど、ちょっと走ってくると言って軽く十キロ走破して帰ってきた時は、お婆ちゃんたちは酷く驚いたものである。

 同時に何で武の道に向かわないのか甚だ残念だとも言っていた。

 これだけ身体が熱くなったのは、きっと珠乃が生まれて以来だろう。

 あの時も小さな珠乃を見て興奮し、外で全力疾走してしまい警察官に注意を受けたのを覚えている。


「ふぅ、ふぅ、はぁぁ~ふぅぅぅ」


 どれほどの時間走っていたのか分からないが、全身は汗だくとなり、たまに吹く風がとても心地好い。

 いつも走っている土手からは、綺麗な夕日を拝むことができるのだが、今はまだその時間ではないのは残念だ。

 相変わらず前から来る歩行者たちには、あからさまな距離を取られてしまうが。


「そろそろ帰りますか……ん?」


 少し先からこちらに向かってダッシュしてくる小さな影があった。

 あれは……。


「た、珠乃!?」

「にぃやぁぁぁぁ~ん!」


 間違いなく愛しい妹だった。

 満面の笑みで駆け寄ってくると、彼女は僕の足にギュッと抱き着いた。


「にへへ~、にぃや~ん」


 グリグリと小粒の頭を押し付けてくる。


「汗臭くないですか、珠乃?」

「ん~ん! にぃやんのにおいスキなのぉ!」


 汗のニオイが好きとは、変わった子ですね。これも武を極めた祖父母の血がそうさせるのでしょうか。

 しばらく珠乃に好きにさせていると、珠乃が通った道からお婆ちゃんがやってきた。


「あらまあ、ゴローさんてばそんなに汗だくになって。ふふふ、相変わらず集中すると周りが見えなくなるんですね」


 微笑ましげに笑うお婆ちゃんに対し、照れ臭さを感じて僕は頭をボリボリとかく。

 聞けばいつまで経っても帰ってこないので、珠乃と一緒に散歩がてら探しに来たらしい。

 僕たちは珠乃を真ん中にして、手を繋いで並んで歩く。


 傍から見たら異様な光景に見えるのか、すれ違う人々は見入るようにして視線を送ってくる。

 まあ優し気なお婆ちゃんと、天使のような珠乃と一緒に歩くのがフランケンシュタインみたいな大男なのだから気持ちは分からないでもない。


 はぁ、自分で言ってて悲しくなりますね。

 でもまあ珠乃が嬉しそうなので、それだけで僕も大満足ですけど。


 ああ、お母さんにも今日のことを報告しなければなりませんね。それと多華町先輩にも。

 きっと二人なら喜んでくれると思うと、自然と頬が緩む。

 幸せな気持ちを抱きながら、僕たちは家族一緒にお爺ちゃんが待つ家へと戻っていった。







 ――翌日。


 いつも通りに学校に向かい、自転車置き場へと辿り着くと、一人の女子生徒が待ち構えていた。


「待っていたわよ、不々動くん。いいえ、不動先生」


 クスリと綺麗な笑みを浮かべて出迎えてくれたのは多華町先輩だった。


「お、おはようございます」

「ええ、おはよう。これで晴れてあなたはプロのライトノベル作家ね。おめでとう」

「あの、ありがとうございます。ですが多華町先輩、できれば書籍化の話はまだ内密にお願いしたいのですが」

「!? ど、どうして?」


 僕は書籍化に関して、日中さんに注意されたことを説明する。

 詐欺ではなく本物の編集者さんで、確実に書籍化すると約束をしてくれたが、まだ公に発表はしないでほしいとのことだった。

 情報を流すタイミングは、日中さんが指示を出すとのことで、ネットなどにも情報流出は防ぎたいと彼女は言っていた。


「なるほど。確約されているといっても、何があるか分からないのが世の中だものね。まだイラストレーターも決まっていないのでしょう?」

「はい。日中さん……ああ、自分の編集担当の方が、現在交渉中とのことです」

「へぇ、それは楽しみね。ライトノベルはもちろん内容が一番だけれど、カバーイラストを見て判断する人も多いわ。まあ私はジャケット買いはしないのだけれど」


 表紙に描かれたイラストだけを見て購入することをジャケット買い(通称:ジャケ買い)という。

 実際にイラストが可愛い、綺麗、カッコ良いという理由だけで買う人もいる。世の中には内容は二の次で、イラストがすべてだと断ずる人もいるのだ。


 ただそれだけイラストは非常に重要視されるということ。だから日中さんも、僕の作品の世界観にピッタリの絵師さんを見つけて、何が何でも描いてもらうように交渉しているらしい。


「安心しなさい。まだ誰にも自慢はしていないわ」


 自慢て……。どうして誇らしげに胸を張っているのかは分からない。


「でも書籍化発表すると、きっとサイトの感想欄は荒れるわね。ふふ、楽しみだわ」


 僕は読者さんの感想には必ず一言返事している。

 荒れるということは、ビックリするほどの反響があるということ。

 そうなれば嬉しいが、返事をするのも大変である。喜ばしい困惑さではあるが。


「不動先生、実はね」

「あ、あの多華町先輩、その……先生は勘弁してください」

「あら、真っ赤になって可愛いわね。冗談よ、ごめんなさい不々動くん」


 どうやらからかわれていたようだ。本当にこの人はもう……。


「実はね、書籍化のお祝いをしたいのだけれど」

「お祝い……ですか?」

「ええ、だってとてもおめでたいことですもの。だからあなたの都合の良い日を教えてほしいのよ」

「えっと……お気持ちは嬉しいのですが、さすがにそこまでして頂くのは……」

「どうして? いちファンとしてこれほど嬉しいことはないわ。できれば今すぐにあなたを世界一周旅行にでも連れていってあげたいくらいだわ」

「大げさ過ぎませんか?」

「そうかしら? お祝いされるのは嫌?」

「そういうわけではありませんが……」


 彼女が言うには、本当はもっと大々的にパーティでも開催したいが、それだと僕がいたたまれなくなるだろうとのことで、もう少しこじんまりとしつつもしっかり祝福したいとのこと。


「あ、あの……拒否は……」

「そんな権利、あると思う?」


 とても良い笑顔です。だけど目の奥が笑っていない。ハイライトもしっかり働いてほしい。

 こうなった多華町先輩に何を言ったところで受け付けてもらえないことを、短い付き合いではあるが知っている。


「………………分かりました」


 こちらが折れるしかなかった。


「その言葉を待っていたわ。そうね、不々動くんは駅前の商店街にある『シュティレ』ってお店を知っているかしら?」

「いえ、初耳です」

「では当日は一緒に行く方が良いかしらね。今週の金曜日の放課後は時間取れる?」

「特に予定はありません」

「そう。ならその日は、放課後ココで待ち合わせして、一緒に『シュティレ』へ向かいましょう」

「えっ、コ、ココでですか?」

「何をそんなに驚いているの?」

「いえ、ですが……自分と一緒にいると多華町先輩に良くない噂が……」


 悲しいことに学校の噂で、僕に関して良いものはないだろう。

 殺し屋とかバケモノとか言われているのだから。

 そんな存在と、こうして話すだけでもイメージが悪いというのに、一緒に帰るなど多華町先輩の綺麗な評価に傷がつくかもしれない。

 それを心配しての言葉だったのだが、多華町先輩は大きな溜め息とともに鋭い眼差しをぶつけてくる。


「前にも言ったと思うけれど、周囲の評価などどうでもいいわ。私は私の欲望のままに行動をするの。今までもこれからも、ね。それで認められなければ、それはそれでいい」

「先輩……」

「それにそんな下卑た噂しか信じない者たちの評価なんていらないしね」

「あ、あの先輩何か?」

「ん? 別に何でもないわ。それよりも不々動くんは、そんな自分本位な考えをする私は嫌い? 傍にいてほしくない?」

「い、いいえ! 自分はそういうつもりで言ったわけじゃ……」

「じゃあその…………嫌いじゃないのね?」

「え? あ、あの……」

「ど、どうなのかしら?」


 せ、先輩……どうして顔を赤らめて、少し近づいてくるのでしょうか。


 ああ、フローラルな香りが先輩から漂ってきて、少しクラリとしてしまう。


「せ、先輩……その……」

「嫌い? 好き?」

「き、嫌い…………ではありません」

「じゃあ好きなのね?」

「で、ですから嫌いではない……と」


 どうしてそこまで嫌いか好きかを明確にしたがるのか。正直心臓に悪い。

 こんな自分が誰からも好かれる先輩を好きと口にするのもおこがましいし、良い人なのに嫌いなんて口が裂けても言えない。


「…………もう。ホンマにガード固いんやから」

「? 何か言いましたか?」


 顔を背けてブツブツと何か言われたみたいだが聞き取れなかった。


「……別に何でもないわよ。とにかく金曜日の放課後はココで待ち合わせ。そして一緒にお店へ向かうわ。これもう確定事項よ。返事は?」

「………………はい」

「よろしい。では本日も学業をともに頑張りましょうね、不々動くん」


 それはとてもとても良い笑顔を浮かべながら、彼女は上機嫌で去っていった。

 何故かドッと疲れた僕は、思わず深い溜め息を零すのであった。







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